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縁の下のバイオリン弾き
79 白無常(はくむじょう)
2013年9月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 「べっかこう」と呼ばれる静岡の唐人だこ。
▲ 白無常。「一見生財」と書いてあるのは「一見発財」と同じ。
▲ 加藤清正のえぼし形かぶと。
サンディエゴ美術館に「アジア美術協会」という団体がある。アジア美術の愛好家が集まって研究会などをしている。月に一回講師を招いてアジア美術に関連のあるトピックについて公演してもらう。私もメンバーで、一度「日本の木版本の挿絵について」という題で講演したことがある。

アジアといっても中国、韓国、日本が主な対象で、それにインド、ペルシャ、アラビア、トルコなどのイスラム圏が加わる。ベトナムやフィリピンなどの美術が取り上げられることはあまりない。そういう国の美術に詳しい人がいないのだ。

先月の講演はニューヨーク州にあるアディロンダック美術館の館長をしているデビッド・カーンさんが講師だった。題は「Tako kichi」。何のことかわからないかもしれないが、この人は日本の凧(たこ)の研究家であり収集家だ。つまり「たこきちがい」なのだ。ニューメキシコ州サンタフェで彼の収集を中心としたたこの展覧会がひらかれている。その関係でサンディエゴに立ち寄ったわけだ。

私はたこが美術として鑑賞の対象になっているということすら知らなかった。カーンさんは日本に行っては古いたこを買いあさっている。といってもたこはいわばおもちゃだし、たこ合戦なんてのもあって最後は破れてしまうのがつねだから
消耗品もいいところだ。古いものが現存しているというのは奇跡に近いだろう。

まれには明治大正のものが手に入ることもあるが、たいていは1950年代から60年代のもので、要するに私がこどもだった頃のたこが「古いもの」だ。

カーンさんが集めているのはもっぱら肉筆のたこ絵だ。しかしそういう肉筆でたこ絵を描く職人さんが現在ではほとんどいなくなっている。現在のたこはたいてい古い絵を写真にとって印刷したものだそうだ。

職業としてのたこ絵描きは少なくなるいっぽうだけど、趣味としてたこ絵を描く人がでているという。昔ながらの職人さんにとっては厳しく守らなければならないものだったはずのたこ絵の伝統がその人たちによって維持されていくのか、あるいは創意を加えて新しい発展をみせるのかはまだわからない。堕落してただの遊びになってしまうのかもしれない。

たこのスライドをたくさん見せてくれた。その種類の多さといい、内容の芸術的なことといい、すばらしいの一語につきる。やっこだこ、武者絵、役者絵、だるま、金太郎、弁慶、龍の一字などたしかに昔見た覚えがある。

最初のほうにサンタフェの展覧会の写真があった。その多数のたこの中に私は「おや、これはなんだろう」と思うものを見た。それは烏帽子(えぼし)のようなものをかぶった男の顔なのだが、特異なのは舌をだらんと長く口からたらしていることだ。

講演のあと聴衆からの質疑応答があった。私はまっさきに手を挙げて「たこの中に舌を長く出した男の顔の絵があったが、あれは何か」と聞いた。カーンさんは「あれは『唐人だこ』とよばれているもので外国人の顔だ」という。

「唐人だこ」と聞いて私は興奮した。「唐人」には「外国人」という意味もあるけれど、もともとは「中国人」という意味だ。ということはあのたこのデザインは中国できだということだろう。

もしあのデザインが中国に由来するならば、私にはぴんとくるものがあるのだ。

昔香港に住んでいたころ、長洲という島で行われた祭りを見に行ったことがある。香港の祭りというのはほとんどが道教のお祭りで、道教というのは中国の民俗宗教だから我々にはなじみのない神様ばかりだ。たとえば物語の主人公であるはずの孫悟空が「斉天大聖(せいてんたいせい)」という名前で信仰の対象になっていたりする。

その祭りで私は妙なものを見た。はりぼてでできた大きな像なのだが、全身が白装束で、えぼしのようなとんがり帽子をかぶり舌を長くのばした男なのだ。帽子には「一見発財」と書いてある。「一見発財」は「見れば金持になる」という縁起のいいことばだ。

「あれは何ですか」とまわりの人に聞くと「幽霊だ」という。私はその時まで中国の幽霊がどんなものなのか、何も知らなかった。だからこの像のイメージは強烈に心に残った。

あとで調べてみるとあの像は「白無常」(はくむじょう)というのが通称で、幽霊は幽霊でも黒無常という同僚と亡者(もうじゃ)をつかまえて地獄に護送するいわば「死神」なのである。無常というのは仏教のことばだけれど、要するに人生のはかなさを表すことばだから、はかなくなった亡者、つまり幽霊だと解してかまわないと思う。「この幽霊を見れば金持ちになる」というのは妙な話だが、地獄に連れて行くのが仕事の白無常をやり過ごすことができたならそれはとほうもない幸運で、そんな運があれば金を作るのは造作(ぞうさ)もない、ということなのだろう。

伝説によると白無常も黒無常ももとは人間で警察官のような仕事をしていた。あるとき二人は橋の下で会うことを約束したのだが、白無常はその約束の時刻におくれてしまった。たまたまその日は大雨で、洪水が起こったが黒無常は約束を破ることをおそれ、白無常を待ちながらおぼれ死んでしまった。(黒無常は黒装束で顔が黒いがそれは土左衛門になったことをあらわしている)。それを知った白無常は自責の念に駆られ、首をつって死んでしまったのだという。それで舌がながくつきでているわけだ。二人は地獄で閻魔(えんま)大王の配下となった。

この話は道教の中の話で日本には伝わっていない。

しかし「唐人だこ」とはっきり中国由来のものだとことわっているたこに舌のながい男の顔が描かれているのだ。これは白無常にちがいないと思ったので、カーンさんにその話をした。

カーンさんもおもしろいと思ったようだったが、細かい話ができなかったので、その場ではそれだけに終わってしまった。

私はその晩カーンさんにメールをだして白無常の詳しい話を送った。カーンさんからはすぐに返事がきて、日本の資料を送ってくれた。それによるとあのたこは日本では「べろ出し閻魔」とよばれているそうだ。閻魔が嘘つきの舌をくぎぬきで抜く、ということがあの長い舌に関係があるのではないかとも書いてある。

でも私が調べたところでは会津の唐人だこを作る竹細工の店ではあれを「べろくんだし」とよんでいて、閻魔とはいっていない。「べろくんだし」はたぶん「べろ繰り出し」のなまったものだと思う。

閻魔は舌を抜くという刑罰を与えるのであって、自身が舌を抜かれるのではない。それなのに舌を長くのばしている、というのは私には納得がいかない。その点はカーンさんも賛成してくれた。

唐人だこは約400年前に中国から長崎に伝えられたそうだ。長崎をはじめとして各地で作られている。有名なのは会津のものだ。中国の民俗宗教の幽霊が日本に伝わってあの「べろくんだし」のたこになったというのはけっして突飛な想像ではないと思う。

白無常が日本と関係があるのはじつは唐人だこだけではない。白無常は加藤清正と関係があるのではないかと私は年来考えているのだ。

突然加藤清正がでてきて驚かれるかもしれません。加藤清正は「べろくんだし」とは何の関係もない。しかし白無常とはある一点でつながりがあるのだ。

加藤清正(かとう・きよまさ、1561-1611)は秀吉の朝鮮侵略(文禄・慶長の役、1592-1598)の武将だった。この戦争は秀吉が当時の明朝を征服するための前哨戦だった。明の属国だった李氏朝鮮は明に援軍を求め、明は大軍を送った。このために明の屋台骨がゆらいだと言われる。その結果、清正は中国・朝鮮の連合軍と戦わなければならなかった。

彼は敵から「鬼上官」と呼ばれて恐れられたという。これは「きじょうかん」と読む。「おに上官」と読まないでください。というのは中国にも朝鮮にも頭につのをはやし、虎の皮のふんどしをつけた日本の「おに」はいないからだ。

芥川龍之介に「金将軍」という朝鮮の民話に材をとった短編がある。加藤清正が出てくる。芥川は「鬼上官」にわざわざ「おにじょうかん」とルビをふっている。あの博識の芥川が、と驚くけれどこれはあやまりだ。

日本では鬼(おに)監督とか鬼(おに)軍曹とかいってその人のきびしさをあらわすことがあるけれど、鬼(き)というのは中国語でも韓国語でも「おに」ではなく「幽霊」をあらわす。

今ではあまり使わない言葉かもしれないが、人がなくなることを「鬼籍(きせき)に入る」という。これは赤鬼青鬼の群れに入ったということではなく、幽霊つまり亡者の仲間になった、ということだ。

だから読み方は「きじょうかん」でなければならない。意味は「幽霊将軍」ということだ。

清正は合戦の時にえぼし形のかぶとをかぶった。これは有名で、彼以外にこんなかぶとをかぶった人間はいない。

また白無常のとんがり帽子も中国のかぶりものとしては異様である。「えぼし」は中国にない。

清正が勇猛で残虐だったのは確かなようだが、敵から恐れられた真の理由は彼のえぼし形のかぶとがとんがり帽子をかぶった白無常を思わせたからではないだろうか。白無常は「死神」だから中国兵も朝鮮兵もふるえあがったにちがいない。だから「幽霊将軍」とあだ名されたのだろう。

カーンさんとのメールのやりとりは今もつづいている。あの「べろくんだし」が「白無常」であることを証明するものがでてくればいいと思っている。
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