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ボーダーを越えて
134 訴訟顛末記(1)まず弁護士を
2008年7月9日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ トーマスがまだこんな状態だったときに、弁護士との第1回目の会見は行われた。
ご無沙汰しました。実は民事訴訟に関わっていて、6月前半は毎日裁判所に出かけておりました。宮沢賢治は「雨ニモマケズ」で、「北に喧嘩や 訴訟があれば つまらないからやめろと」言うような者になりたいと言っていますが、本当にそうだと思いつつも訴訟に関わったのは、煩悩でいっぱいだからだろうと自分でも思います。

去年の末からその準備で、心が重かったのですが、いくら嫌だと思ってもこれがアメリカ式問題解決法なのだから、と言われて、弁護士に言われた通りに(すべてそう動いたわけではありませんが)しぶしぶ最後まで付いて行きました。でもいざ公判が始まり、陪審員が選ばれ、審理が進められると、自分たちの弁護士のやり方はもちろん、相手側の弁護士の方にも感心してしまい、陪審員裁判はこんなふうに進まれるのかと、他人事のような気持で、裁判を観察するようになっていきました。そうして事が済んでみると、すべて私たちの願っていた通りになったわけではないのですが、とってもいい勉強をしたという気になったのです。

そんな顛末を、ここでお話ししましょう。

*** *** ***

そもそもの始まりは3年前の連れ合いトーマスの交通事故。この欄の第13回「思わぬ道草(2)目撃者」で事故について説明したので、その繰り返しになるが、連れ合いの命取りにならなかったのが不思議なくらいの大事故だった。夕方の交通ラッシュの時刻に、2車線の坂道で見通しの悪いカーブの地点に大きなバスが止まって動けなくなり、たちまちバスの後ろには車の長い列ができてしまったことが始まりだ。バスの後ろに来た車は1台ずつ、センターラインを越えてバスの横を通って抜けていった。ところがバスの後ろの2番目にいた小型トラックは、バスとそのすぐ後ろの車の2台の横を通ろうと、対向車線に入り、向かい側の下り坂から来た連れ合いの大型トラックにぶつかったのだ。その弾みでトーマスはガードレールを飛び越えて10メートルほど転落し、首の骨を折ったのだった。

事故の翌日、私は保険会社に連絡した。弁護士の友人からは何でもできるだけ記録を取っておくようにと言われたが、連れ合いの怪我のことや急に切り盛りしなくてはならなくなった農園のことで、私の頭はいっぱい。それ以外のことは考えるだけでストレスになった。友人は契約作成専門なので、弁護士仲間で事故専門のゲアリー・サーナカーという人を紹介してくれた。

ゲアリー・サーナカー氏は病院のすぐ近くに事務所を構えていて、トーマスがまだ入院中に会いに来てくれて、基本的な事情を聞いた後、私たちのケースを引き受けると言った。引き受けるとはいっても、その時点ではまだ何をするかは皆目見当もつかなかったのだが、とにかくまず弁護士に相談するというのがアメリカのやり方なのだ。

アメリカではとにかくやたらと弁護士が多い。その数は人口100万人につき31.7人だそうで、6.2人だという日本の5倍。フランスも6.2人。イギリスは15.4人でアメリカの半分だという数字をどこかで見た。数が多いだけでなく、細かく専門化もされているので、1人が複数の弁護士を抱えていることも珍しくない。紛争を法律で解決しようとする事が多いのだろうが、その理由の1つは移民国だからだろう。いろいろな不文律や慣習が世界中から持ち込まれているので、それを統一するには合理的な法律に頼るしかないのではないかと思うのだ。

それと同じようなことが、道路標識にも言える。アメリカの道路標識はヨーロッパや日本のよりずっとわかりやすい。その理由を、ある日本人中年夫妻は、アメリカの一般庶民の程度が低いからだ、と言ったものだ。日本のバブル経済がはじける前の80年代後半のことで、日本人が相当驕っていたときだったからそんなことを言ったのかもしれないが、これはもちろんこのご夫婦の思い違いだ。(そういえば、当時の中曽根首相も「アメリカ人は程度が低い」なんて言いましたっけね。)私もヨーロッパで運転して痛感したのだが、道路標識にはその土地の考え方や表現の仕方が反映されていて、そのことを知らないとわかりにくいことがある。世界のあちこちからやって来た移民で成り立つアメリカではそれでは困るのだ。誰にでも通用するような共通項でくくって表現しないといけない。だから誰にでもわかりやすいのだろう。

とは言っても、アメリカという国の理念の骨子はアングロサクソン系で、イギリスに近い。それをみんなに行き渡るようにするには、法律を解釈する専門家がいつも必要なのではないか、というのが私の良心的なアメリカ司法制度観です。しそしてまた、法律はどんなに細かく書いても、その解釈適用は百人百様、とまではいかなくても、同じ様にはいかないので、その違いを交渉する専門家、つまり弁護士が必要だ、ということです。

なにはともあれ、サーナカー氏に事故の処理を任せることになって、私はトーマスの看病に専念できたのだった。(続く)


(註)こういう場合、英語では「弁護士を抱える」(retain a lawyer)という言い方をします。 

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