1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
老舗の店頭から
101 シャントルイユの「空」
2009年10月17日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
シャントルイユの「空」


前回、ここに書き込んだのは、2009年1月19日のことでしたから、もう9ヶ月も前のことになります。本当にご無沙汰してしまいました。私の「エッセイ」は、手前勝手な雑文なのですが、それまでお読みいただきました方には、たいへん申し訳なく存じております。

中断(お休み)の理由は、たしかに昨年秋以降の市況の著しい悪化に加えて、私的な事情もあって多忙を極めていたことが主因なのですが、何と言ってもやはり怠け心が出始めますと、どんどんふくらみ、そうすると「去る者は日々に疎し」の心境になってくるのです。大いに反省しております。ごめんなさい。

本日、畏友の雨宮さんからメールで叱咤され、はっと我に返った心境です。とりあえず、リハビリのつもりで、まずは絵のことから書かせていただきますね。

前にもこのエッセイの中で何度か書いたことがあるのですが、私は絵についてのおしゃべりが大好きなのですが、実はちょっと変わった視点で絵を見ているのです。それは絵画を純粋なアートとして楽しむというよりも、絵画と社会を対比させて、絵の中に盛り込まれている画家の気持や画家の人生を読みとることに、なんとも言えない喜びを感じているのです。

絵画をこういうふうに見るということは、感性の芸術である絵画を、いわば理性で楽しんでいるわけです。しかし、その私でも絵に対峙する時、絵から受ける第一印象で、その絵が好きか嫌いかを判断しているのはたしかです。つまり、どのような理屈よりも、その絵から受ける感覚が最も大切であり、絵の価値の真髄もそこにあると私も思っています。

上段の1枚をご覧ください。これは、19世紀のフランスの画家、アントワーヌ・シャントルイユ (Antoine Chintreuil  1814年 〜 1873年)の作品で、「空」 (L’espace 1868年) です。現物は現在、パリのオルセー美術館に展示してあります。理屈抜きに昔から私が好きな絵のひとつです。下段はオルセーの館内の様子です。奥の正面にかかっている大時計は、かつてここが鉄道の駅であった時代に設置されたものです。

この絵をオルセーで最初に見た時、私は奇妙な感動におそわれました。絵画技法や絵画史的に飛び抜けた価値を持っている絵ではありませんし、もしも絵画市場に出回ったとしても、安くはないでしょうが、オークションで何十億円とかいうような、びっくりするような値段がつくものとも思えません。

でも私はこの絵を感覚的に好きになったのです。後述しますが、作者シャントルイユがこの絵の中で最も強調したかったのは「空」です。(タイトルの通りです)

青から緑っぽく変わり、そして白へと様々な変化を見せる空を描きわけています。それは作者の目に映ったその瞬間の空の色をそのまま素直に表現したものです。

しかし私が惹きつけられたのは、日に照らされたイル・ド・フランスの広大な大地と、雲で日の光を遮られた大地との対比とその広さでした。理屈ではありません。極めて感覚的なものだったです。

ちなみに、この風景の舞台は、パリの西の郊外にある、ミルモン (Millemont) という集落です。インターネットで調べましたら、現在でも人口が200人足らずでした。パリからヴェルサイユを通って西に進む、N12という道路沿いにある村です。このあたりは、パリを中心とするイル・ド・フランスという地域でして、フランスらしい広大な農地、牧草地が延々と続いています。こういう所を見ると、フランスは農業国だなあと、あらためて痛感しますね。

シャントルイユは、バルビゾン派を代表する画家のひとり、コローに弟子入りしていたことがありますので、コローの影響が強いと言われていますが、私にはこの絵が描いている圧倒的な大地の広さがなんとも心地よく感じられ、見るたびに心がふくらむような気がするのです。本当に理屈ではありません。

この画家が亡くなったのは、1873年です。その翌年の1874年には、あの有名な「第1回印象派展」が、パリのナダール写真館で開催されています。絵画史的に見ますと、シャントルイユは、時代的にも、そして技法的にも「絵画の革命派」であった印象派と、それ以前をつなぐ画家達のひとりだったと言えると思います。

それではこの絵の標題となっている「空」について、ついでですから、少しだけ理屈をおしゃべりさせていただきます。

19世紀初めまでの絵画においては、風景画であれ人物画であれ、対象が見られた時間をあいまいにすることによって獲得できる永遠性、恒久性、普遍性が追求されました。つまり、ある特定の瞬間に見られたものではなくて、いくつかの瞬間に見られたものの総合的、平均的なイメージをキャンバスに表現することが絵画だと思われていたのです。ですから、人物にせよ風景にせよ、描かれたものはいつでも変化なくそこにあるという安心感を与えることが絵画の使命だったのです。

そのため絵画上では、特別な光とか様相は排除され、戸外では曇り空、室内なら太陽の影響が最も少ない北向きの窓から入る光が好まれました。たとえばモナリザを思い起こしていただくとわかりやすいと思います。あの絵の背景からは、天候や時間を読みとることはできませんよね。

でも、シャントルイユ達は違っていたのです。屋外に出て、自分の目に見える風景を、素早い筆使いで、表情豊かにイキイキと描き始めたのです。風景画にも永遠性や崇高さを追求した、それまでの画風とは明らかに異なります。

そしてこうした流れがさらに発展して印象派の誕生に結びついていくわけですが、振り返ってみますと、芸術のこうした変化は、科学技術の発達、産業の発達、社会の変化と実に密接に関わり合っています。というよりも、そうした変化の影響を強く受けたと言ってよいと思います。

工業技術の進歩は、それまでは羊の皮袋に入れて室内で大量に保存せざるを得なかった絵具を、現在のようなチューブ式に変えました。ですから、画家達が絵具を持ち運び、アトリエだけでなく、戸外で制作することが可能になったのです。当時のハイテクのおかげです。

また写真技術の発明と進歩は、瞬間的視覚のすばらしさを人々に教えました。瞬時性が与える美的快感は、画家達に大きな影響を与えました。第1回印象派展が、ナダール写真館という写真家のお店で開催されたことは、決して偶然だけではなかったと思います。

マルクスが資本論第1巻を刊行したのは、1867年のことでした。産業革命による社会の変化とその影響は、社会の大半の人々に自我や個の意味を否応なく問いかけて来ました。

社会の変化を敏感に感じ取ってそれを表現する手段としては、私見ですが、絵画の方が音楽よりも早いと思います。絵画の世界では、印象派は1870年代に旗揚げされましたが、たとえばドビュッシーの一部の音楽のように、印象派を感じさせる音楽は、少なくともそれから10年以上経ってから作曲されています。絵画は早いのです。

シャントルイユは、晩年まで世に認められることの少ない画家でした。亡くなる5年前に制作されたこの絵の頃になって、ようやくスポンサーもつき、絵も売れるようになりました。この絵は、1968年に制作され、翌1969年のサロン(官展)で大好評を得て、即座に国家が買い取ったとのことです。

アントワーヌ・シャントルイユ。あらためて見せられなければ、ほとんど知る人は居ない画家だと思います。私の書き込みのリハビリに当たり、理屈抜きに好きだということでご紹介させていただきました。こうした好みは、まったく個人的なものですから、これをお読みくださったあなたが好きになる必要はまったくありませんので、念のため。

ちなみにこの絵の大きさは、タテ102cm、横202cmです。思ったよりも大きな絵ですよ。オルセーに行くチャンスがありましたら、是非現物をご覧いただけたら幸いです。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
NEW
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
166 京都名刹めぐり その30 梨木神社 Part 2
165 京都名刹めぐり その30 梨木神社 Part 1
164 優れた作家の感受性のすごさ
163 「アウトドア般若心経」
162 紫紺の闇 (しこんのやみ)
161 言論を奪われ、異論を排除した時、戦争は止められなくなる。
160 法の精神(8月15日に際して)
159 戦争は、防衛を名目に始まる。
158 平泉 澄(きよし)
157 アンビグラム (Ambigram)
156 白虹事件
155 山崎と大山崎 その4 (ニッカウヰスキーと大山崎山荘 後編)
154 山崎と大山崎 その3 (ニッカウヰスキーと大山崎山荘 前編)
153 山崎と大山崎 その2 (大山崎山荘の誕生)
152 山崎と大山崎 その1
151 修学院離宮 Part 2
150 修学院離宮 Part 1
149 「漢詩のリズム」
148 最澄と空海 その3 (まとめ) 両雄並び立たず
147 最澄と空海 その2 薬子の変
146 最澄と空海 その1 還学生と留学生
145 桂離宮と豊臣秀吉
144 「漱石枕流」
143 忘れられない写真
142 松方コレクションと国立西洋美術館
141 カタロニア讃歌 (Homage to Catalonia)
140 「乱」と「変」
139 パナマ運河疑獄事件
138 水晶栓 (Le bouchon de cristal)
137 シュール・リー (sur lie)
136 「斉藤」、「斎藤」、「齊藤」、「齋藤」
135 宋靄齢・宋慶齢・宋美齢
134 マカオ今昔 その4 (最終回)
133 マカオ今昔 その3
132 マカオ今昔 その2
131 マカオ今昔 その1
130 四神(しじん)
129 森 恪 (読みにくい名前を、もう1件)
128 大給 恒
127 ローマの休日 (Roman Holiday)
126 ラファエル前派
125 京都名刹めぐり その29 大覚寺
124 京都名刹めぐり その28 金戒光明寺
123 京都名刹めぐり その27 清閑寺
122 京都名刹めぐり その26 山科の毘沙門堂
121 京都名刹めぐり その25  正伝寺と圓通寺の借景
120 BYO ワインクラブ
119 「懐石料理」と「会席料理」
118 ナイト・ホークス
117 景徳鎮・有田・マイセン
116 瑠璃光院の不思議
115 葭と葦 (永源寺にて)
114 「プラハの春」、「ベルリンの秋」、「ウィーンの冬」
113 アルクイユ (Arcueil)
112 カンパリ (CAMPARI)
111 耕論 「ミシュラン、おいでやす」
110 美術展作品の輸送について
109 エトルタの針は空洞か? 
108 「無縁社会」
107 秋艸道人
106 白毫寺(びゃくごうじ)
105 2人のラ・トゥール
104 ブラジリアン・マジック
102 ジュール・シュレ美術館の盗難事件
101 シャントルイユの「空」
100 白凛居へ行って参りました。
99 イコン異聞 (日本人イコン画家 山下りん)
98 新たな気持で
97 セザンヌ、その光と陰
96 「マキシミリアン」の謎解き
95 マキシミリアン (Maximilian)
94 土佐派
93 カトリーヌ & マリー
92 真珠の 「耳飾り」 と 「首飾り」
91 ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル
90 私と絵画
89 八点鐘 (はちてんしょう)
88 五山の送り火クイズ
87 白い送り火
86 春 (La Primavera)
85 カラバッジオ (Caravaggio)
84 一度は消えた画家
83 マニュエル・ゴドイ (Manuel Godoy)
82 フリーダ・カーロ (Frida Kahlo)
81 ジョージア・オキーフ (Georgia O’Keeffe)
80 ラ・リュッシュ (La Ruche)
79 マルディ・グラ (Mardi Gras)
78 接吻 (Der Kuss)
77 ワイエス
76 ラス・メニーナス (Las Meninas)
75 オールドホーム (The Old Home)
74 私と村 (Moi et le village)
73 メデューズの筏
72 破戒僧と尼僧
71 遠近法とパオロ・ウッチェルロ
70 オシュデ (The Hoschede)
69 アプサント (L’absinthe)
68 草上の昼食 (Le dejeuner sur l’herbe)
67 オランピア (Olympia)
66 ジオットとEU
65 オルナンの埋葬
64 フェルメールの魅力
63 レカミエ夫人の肖像
62 コタン小路
61 上七軒(かみひちけん)
60 祇園のお座敷便り その1
59 サント・ヴィクトワール山 (La Montagne Sainte-Victoire)
58 ワインのホワイト・ホース、シュヴァル・ブラン
57 京都花街概論
56 ネゴーシアン (negociant)
55 オノレ・ドーミエ (Honore Daumier) のカリカチュア
54 AOC
53 世田谷美術館へ出かけませんか?
52 シャトー・ラトゥール
51 セーヌ川をはさんで
50 グランド・ジャット島の日曜日の午後
49 ムートン・ロートシルト
48 ポール・デュラン−リュエル (Paul Durand-Ruel)
47 イケーム (Yquem)
46 タリスマン (Le talisman)
45 アリスカン (Les Alyscamps)
44 月と六ペンス (The Moon and Sixpence)
43 京都名刹めぐり その24 古知谷 阿弥陀寺
42 オルセー美術館にある方が模写なのです (ガシェ医師の肖像)
41 シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 本編
40 シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 前置き編
39 パリ市民とバリケード (barricade)
38 シャトー・ペトリュス (Chateau Petrus)
37 返却されなかった名画 <アルルの寝室>
36 真夏の夜のワインの夢 in ロンドン   
35 ヴィンセント・ファン・ゴッホとオーヴェールの教会
34 Ullage (アリッジ)
33 複雑な素朴派、アンリ・ルソー
32 フランス・ワイン通史 その2
31 フランス・ワイン通史 その1
30 風の花嫁
29 カナの婚礼
28 切り分けられた名画、ショパンとジョルジュ・サンド
27 「都会の踊り」 と 「田舎の踊り」
26 京都名刹めぐり その23 高台寺
25 京都名刹めぐり その22 法然院
24 京都名刹めぐり その21 平等院(宇治)
23 京都名刹めぐり その20 東福寺
22 京都名刹めぐり その19 泉涌寺
21 京都名刹めぐり その18 智積院
20 (突然ですが・・・)ドレフュス事件とエミール・ガレ
19 京都名刹めぐり その17 六波羅蜜寺
18 京都名刹めぐり その16 実相院
17 賀茂一族
16 京都名刹めぐり その15 正伝寺
15 京都名刹めぐり その14 六道珍皇寺
14 閑話休題 「I have a reservation.」 
13 京都名刹めぐり その13 狸谷山不動院
12 京都名刹めぐり その12 安井金比羅宮
11 京都名刹めぐり その11 圓光寺 (えんこうじ)
10 京都名刹めぐり その10 金福寺 (こんぷくじ)
9 京都名刹めぐり その9 東山大文字の火床はこうなっておりました。
8 京都名刹めぐり その8 五山の送り火異聞
7 京都名刹めぐり その7 大河内山荘
6 京都名刹めぐり その6 京都五山の送り火(大文字焼き)体験記
5 京都名刹めぐり その5 上賀茂神社の斎王代
4 京都名刹めぐり その4 祇王寺
3 京都名刹めぐり その3 光悦寺
2 京都名刹めぐり その2 善峯寺
1 京都名刹めぐり その1 西山光明寺
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 5 9 6 7 5 0
昨日の訪問者数0 4 0 6 3 本日の現在までの訪問者数0 1 2 6 5