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ボーダーを越えて
135 ペイリンから見えるアメリカ
2008年10月1日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ オバマを応援する女性だけのパーティーを自宅で開いたパティーさん。
▲ そのパーティーで出された食べ物はすべて「O」の形。
すっかりご無沙汰してしまいました。訴訟顛末記を書き始めたばかりなのに、それもほったらかしたまま、7月から8月末まで猛烈な忙しさでアタフタしていました。9月に入って、ほっと一息、と思ったら、もう9月も終わり。アラアラ、大変。ちょっと覇気を入れてエッセイを再開させなければ…と、とにかくまた書き始めますね。本来なら、始めた訴訟顛末記を続けるべきなのですが、昨今ずっと気にかかっていることがあるので、きょうはそれについてちょっと書かせてください。

今年は最初から大統領選挙のことでアメリカ中が沸き立っていますけど、どうもそれが私には重苦しいことです。いえ、オバマが勝つかマケインが勝つかという競馬中継のような報道もうんざりですが、選挙戦でますます顕著になってきたアメリカ社会の分断がうんと気になるのです。特にサラ・ペイリンの登場で、アメリカ社会の分断をいやというほど見せつけられ、ますます気分が滅入って来ます。

「普通の母親」だけれど力強くて有能で勇気があるというイメージを看板に、副大統領候補に選ばれて大喝采を浴びたサラ・ペイリン。彼女に対する熱狂的な声援は長続きはしないだろうとは思いましたが、進化論を否定する立場から天地創造論を学校で教えるよう主張し、自分の信条に合わないような本は学校の図書館から排除しようとしたペイリンを「普通」だと感じるアメリカ人の存在に、私は唖然としてしまいました。このままではアメリカ社会は両極端に分解していくのではないかという思いに捕われてしまったくらいです。

自分の住む小さな世界の外に一度も足を踏み入れたことがないどころか目を向けたことすらないペイリンを、どんな政治的計算からにせよ、マケインが副大統領候補に選んで人気稼ぎをしようとしたこと自体、彼女のようなアメリカ人がかなりいることを物語っています。正直言って、そういうアメリカは私には全く馴染みがありません。新しいものをどんどん受け入れるカリフォルニアにしか住んだことがないからでしょう。さまざまな人種や民族が入り混じっていて世界に関心を持つ人の多い東部と西部の両海岸地帯と、ペイリンが代表するような「小さな町思考」(small town mentality)の人たちが多い中西部の穀倉地帯や西部山岳地帯とは、まるで別世界のような感じなのです。

アメリカ社会に流れる反知性志向はいま始まったことではありませんが、それと「小さな町思考」とが重なって、ペイリンの政治基盤を固めているのでしょう。恐ろしいと私が思うのは、そういうペイリン支持者は反権力的な個人主義を唱える一方、威勢のいい言葉とは裏腹に内容はちっとも反権力でもなければ個人主義でもない空っぽな言葉だけのスローガンに引っぱられるばかりで、じっくり自分で考えようとしないことです。ブッシュが9-11テロ事件を口実にイラクを侵略すると、実はイラクは9-11とは関係なかったとブッシュが認めた後でも、9-11のテロ行為はイラクがやったと信じる人たちが一向に減らないのがその一例だと思います。

先週、ペイリンはテレビのインタビューで、世界情勢に関しても財政危機に関しても、見ていてこちらが恥ずかしくなるほどの無知ぶりを披露してしまいました。(しかもそのことにご本人は気付いていない。)呆れるというか、恐ろしいと感じたのは、リベラルな人たちだけではないようです。保守陣営からでさえ、ペイリンは副大統領候補から辞退してマケインを救うべきだという声が、上がってきたくらいです。でも、そういう声を上げるのは知的保守であって、自分で考えて自分で判断するということをしない人たちは、むしろ自分と同じようなペイリンに親近感を覚えるらしく、相変わら声援を送り続けているのです。

この木曜日には副大統領候補同士のディベートが予定されていて、ペイリンは目下特訓を受けているとか。そのディベートのテレビ中継を一応見ようとは思っていますが、気が重いです。もともと私はディベートというのが好きじゃありません。ディベートでは、考え方とか実際の施策提案とかという内容の善し悪しよりも、嘘をついてでも、また揚げ足を取ったり、言葉尻を揶揄したりしながら、強引に相手を言い負かすテクニックを持っている側の方が、考えることをしない、あるいは考え方を二の次、三の次にする人たちにはアピールするからです。ラムズフェルド前国防長官がそのいい例でした。彼の議論の仕方は、相手がグーの音も出ないような言葉のあやを駆使して押し通すもので、そこには深い思索を重ねた論理などは微塵も見られませんでした。ペイリンはそういうディベートがうまいと言われていますが、きっとそうだろうと思います。それで私は、ますます気が重くなる…

私はオバマに投票するつもりです。彼の言うことすべてに賛成なのでは決してありません。たとえば私はアメリカはアフガニスタンでの軍事介入を止めるべきだと考えますし、オバマがパレスチナ人に背を向けるようになったのは強大なユダヤ人政治力を考慮のためとはいえ非常に残念だと思います。でも、マケインが大統領になったら、アメリカは冷戦時代やベトナム戦争時代のやり方に逆戻りし、国内では格差拡大がますます進むことでしょう。その上に、ペイリンのような狂信的な要素が加わったら、ブッシュ政権下で新しい形で展開されて来たマッカーシズムの再現も進むのではないと思います。

そういうことを考えもせず、憲法で保障されている自由を自ら放棄していくアメリカ人の存在をペイリンに見せつけられ、本当に何とも気が重い毎日です。
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