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102 ジュール・シュレ美術館の盗難事件
2009年10月20日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
ジュール・シュレ美術館の盗難事件


今から2年余り前のことです。2007年8月7日の読売新聞社会面にこんな記事が掲載されました。

<シスレーなど4点盗難> 
仏の美術館 「被害額算定できない」  【パリ=林路郎】

フランス南部ニース中心街にあるジュール・シェレ美術館に5日、覆面をかぶって武装した4人組が押し入り、16〜17世紀フランダース地方のバロック絵画を代表するヤン・ブリューゲルや印象派の巨匠クロード・モネ、アルフレッド・シスレーの油絵計4点を奪って逃走した。

4つの作品は、いずれも値が付けられないほど高額で、同美術館は「被害額が算定できない」としている。

奪われたのは、ブリューゲルの「水の寓話」と「地の寓話」、モネの「ディエップの断崖」(1897年)、シスレーの「ポプラの小道」(1890年)。

AFP通信によると、同美術館はこの日、無料開放されていたが、入館者は6人しかおらず、押し入った4人組は館員を脅して絵画を外させたという。

モネとシスレーの2作品は1998年にも盗難被害に遭ったが、有名なことから市場で売りさばけず、1週間後に近くの港に係留中の船の中で発見、回収された経緯があるという。

(2007年8月7日 読売新聞)

また同時期のネット上のニュースでは、こんなふうに伝えておりました。

<南仏ニースの美術館からモネなどの名画盗まれる>

南仏ニースにあるジュール・シュレ美術館から5日の日中、クロード・モネ、アルフレッド・シスレー、ヤン・ブリューゲルの名画計4点が盗まれた。同美術館では過去にもモネとシスレーの同じ絵2枚が盗まれたことがあり、捜査を開始している。

バカンス真っ盛りのニースで午後、関係者の話によれば、覆面をした4、5人の男が美術館に入り、白昼堂々と4枚の絵をバッグに入れて持ち去ったという。

警察当局の発表で、盗まれた作品は、印象派を代表する巨匠モネの『ディエップ近郊の崖、1897』、同時代のシスレーの『モレのポプラ並木、1890』、フランドル派を代表するヤン・ブリューゲルの『水の寓意』『地の寓意』の計4枚だ。

同美術館は私設美術館で、当時館内には6人しか人がいなかったと関係者は証言している。1998年にも盗難にあった2点の作品は、当時1週間後には発見され、同美術館の学芸員の男の犯行が明らかになり、禁固5年の実刑判決を受けた。バカンス・シーズンで集客力を持つ名画4点を盗難され、同館は困惑している。

(2007年8月7日 世界日報 電子新聞)

ニースにはいくつもの美術館があり、そのことが街の魅力を高めているのですが、この美術館は、Musee des Beaux-Arts (Jules Cheret) という名称ですから、元々の発音に近いのは、読売新聞のように「ジュール・シェレ」ではなくて、電子新聞のように、「ジュール・シュレ」だと思いますが、私などよりもフランス語に通じておられる方のご意見はいかがでしょうか?

まあともかく、この美術館は南仏を代表する美術館のひとつでして、19世紀に建てられたルネッサンス様式の邸宅を利用しているのだそうです。あのナポレオン3世のコレクションを譲り受けた美術品が中心なのだそうでして、17〜19世紀の絵画が充実していると聞きました。私自身は行ったことはありません。

フランスには、お国柄から国家警察の中に <美術工芸品防犯局> なる部門があり、そこが国際刑事警察機構(ICPO)と協力しながら、犯人達を追うわけですが、なんでも、盗難に遭った絵画の約8割はいずれ戻って来るのだそうです。おまけに絵が有名であればあるほど、街で売りさばくことができないために、戻る確率はさらに高くなるとのこと。ですから、今回の4枚もいずれ戻って来るに違いないと私は考えています。

ところで、上に引用させていただきました2つのニュース記事で、盗難に遭った4枚のうち2枚はこんなふうにちょっと異なって表現されています。

モネの「ディエップの断崖」 (1897年)    (読売新聞)
モネの「ディエップ近郊の崖」 (1897年)   (電子新聞)

シスレーの「ポプラの小道」 (1890年)     (読売新聞)
シスレーの「モレのポプラ並木」 (1890年)  (電子新聞)

制作時期は同じなのですが、タイトルが微妙に違います。読売新聞と電子新聞のどちらかが、記事を書く際の詰めが甘かったのでしょうか? 「ジュール・シュレ」を「ジュール・シェレ」と書いていた読売新聞の方を、私的には疑ってしまいますが・・・。

という事情に加えて、モネもシスレーも同名か、それに近い絵を複数枚描いていることがありますので、2年前に盗難に遭ったものも、実際どれなのか、ちょっと迷っております。でも2人とも大好きな画家ですので、まずはちょっとそれらしい絵をご紹介させていただきます。

上段がモネの「ディエップ近郊の崖」(1897年)で、中段がシスレーの「モレのポプラ並木」(1890年)です。2人とも印象派を代表する画家ですが、作風の違いは歴然としています。(はたしてこれが2年前に盗難に遭ったものか否かは、上記の理由で断言できません。申し訳ありません。)

ところで極めて私的な好みで恐縮ですが、実は私は「印象派の中で、一番好きな画家は?」と問われると、多分、アルフレッド・シスレー (1839 〜 1899) を挙げることになると思います。そこで今回は、この盗難事件をご縁にして、シスレーについてちょっとおしゃべりをさせていただきたいと思います。どうせ盗難に遭った絵は、いずれ戻ってくることでしょうから。

シスレーは、モネやルノワールほどの知名度はないのですが、最初から最後まで、もっとも印象派らしい節を守り通した画家でした。

シスレーは名前(アルフレッド・シスレー)から見当がつくように、フランス人ではなくてイギリス人です。たまたま父の仕事の関係でパリで生まれたのですが、両親とも英国人でした。したがって、フランスにおいては彼は、所詮は異邦人(エトランジェ)の画家だったのですが、その彼がフランスで生まれ、フランスで発達した印象派絵画をもっとも純粋な形で守り続けたというのは、なんとも皮肉なことのように思えます。

たとえばルノワールやセザンヌが印象派を乗り超えて進んで行ったり、モネが印象主義を徹底化する中で、抽象絵画的な主観性を強めていったのに対して、シスレーは人生の最後までとても節度のある印象派の画家でした。

実は私のような凡人には、この彼が持っていた節度が、ある意味では彼の絵をとても心地よく感じさせる一因となっているような気がするのです。

そもそもシスレーが描く風景には特別エキサイティングなものはありません。ごくごく普通のフランスの風景画ばかりです。そしてたとえば、同じ印象派の画家、ピサロに比べると地平線の高さが、はるかに低くとられています。(下段の絵は、ピサロの代表作のひとつ、「白い霜」です。)地平線の高さを比べてみてください。これもシスレーの絵の静けさを表現することになっています。

また、彼の多くの仲間達が、たとえば浮世絵の奇抜な構図から学んで、自作のトリミングに工夫を凝らしているのとは対称的に、むしろヨーロッパ絵画の伝統的な構図と言ってもよい、バランスのよい画面を作り出しています。

シスレーは他のユニークな印象派の画家達に比べると個性や大胆さに欠けるという点はたしかです。でも形と色彩上の正統的な平衡感覚は、他の画家達とは違うシスレー独自のものだという気がします。

シスレーの父は、裕福な商人でした。ですから両親の期待に反して画家の道に入ったあとも、父からの経済的援助は続いており、作品の販売という点に関しては本腰を入れなくてもなんとなったというのがそれまでの実情であったようです。

ところがその父が普仏戦争の間に病に倒れ、事業も不振に陥り、そして亡くなってしまいました。上の絵(中段)は、1890年の作品ですから、当時はすでに父を亡くして経済的なスポンサーを失い、妻(フランス人でした)と2人の子供達を自分の手で養わなければならなくなっていたのですが、なかなか絵が売れず生活は亡くなるまで厳しいものでした。

でもシスレーの水と光の世界には、常に静寂があります。人物は描かれていても物音ひとつ聞こえない静謐があるように私には感じられます。寂しさや暗さはありませんが、透き通るような清らかな空間表現があります。激しさや強さとはまったく無縁の世界がここにはあるのです。

豊かな感受性と詩情を持ちながら、ついに生前は大きな成功を知らなかった画家シスレー。でも彼は好きなことを、自分流にやり通したわけで、苦しいながらも、まずまずの人生だったと私は思っております。そんな彼が亡くなってから1世紀ちょっと経った世界で、自身の作品が、「値が付けられないほど高額」で、「被害額が算定できない」などということになっているとは想像もしなかったことでしょうね。

シスレーのように晩年を生きられたら、というのが私の夢なのですが、果たしてどうなることでしょうか? 

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