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104 ブラジリアン・マジック
2009年10月30日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。



























ブラジリアン・マジック


先頃、2016年に開催されるオリンピックの開催地を巡って、東京、シカゴ、マドリード、それにリオデジャネイロの4都市が熾烈な誘致競争を行い、みごとと言うか、当然と言うか、ブラジルのリオデジャネイロが開催地に選ばれたことは、記憶に新しいところですね。私見では、まあ順当な選抜であったと思っております。

ところで、7年後に開催されるこのオリンピックのことはまだだいぶ先のことでもあり、私にはピンと来ませんが、この資源大国ブラジルの1都市が選ばれたと聞いた時、私はあまり人が考えないであろうと思われる、一風変わった連想をいたしました。それが今回のおしゃべりのテーマです。まったくの私見ですが、名付けて、ブラジリアン・マジック(ブラジルの魔法)とでもいうべきものです。

この魔法の対象は、リオデジャネイロと並ぶ、ブラジルを代表する都市、サンパウロにあるサンパウロ美術館です。正式名称は、Museu de Arte de São Paulo Assis Chateaubriand(サンパウロ・アシス・シャトーブリアン美術館)と言います。もちろん、私はまだ行ったことはありませんし、飛行機でもほぼ丸一日かかるこの地へ行くことは、たぶんないと思います。

この美術館は、その所蔵絵画の内容と成立の過程から、「南米屈指の美術館」とか、「奇跡の美術館」とか呼ばれています。でも私見ですが、内容は「南米屈指」どころか、ヨーロッパとアメリカの超一流のいくつかの美術館以外で、これほど質が高くまとまった西洋美術のコレクションを持つ美術館は他にはないと思っています。また南米どころか、南半球では最高ですし、日本の国立西洋美術館だって、質量共に、とてもかないません。しかもこの美術館の最初の開館は1947年で、現在の建物(上段の写真)が完成したのは、1968年(昭和43年)ですから、まだ歴史が極めて浅いのです。下段の写真はその内部です。

でもそのコレクションの内容はすごいのです。詳細はよく知らないのですが、私にわかっている範囲でざっと挙げてみますと、こんなふうになります。(数が不明なものは○と表示しました。あいまいで、すみません。)

ラファエルロ    ○点
ヴェラスケス    1点
ティツィアーノ   1点
レンブラント    ○点
ゴヤ        5点
アングル      2点
コロー       ○点
マネ        4点
モネ        ○点
ルノワール    14点
セザンヌ      4点
ロートレック   10点
モディリアーニ   6点
ドガの彫刻    73点
ピカソ       ○点

などなど、6500点を超えるコレクションを持っているのです。そしてその核となる約千点の作品を、第2次世界大戦直後に、ブラジル人で新聞記者出身の1人の男が、わずか2年間のうちにヨーロッパを中心とした地域で買い集め、地球の反対側に電光石火の如くに運んでしまったことが、サンパウロ美術館が「奇跡の美術館」と呼ばれる所以なのです。

悲しいことですが、たしかに美術品の収集は、戦争直後がベスト・タイミングであることはたしかです。この直前の記事で取り上げました「寄贈返還」された、松方コレクションはその典型的な例です。

松方氏の場合は、第1次世界大戦中の造船需要で大もうけをした資金力を元に、戦争で疲弊したヨーロッパで美術品を買いあさったのですが、ブラジルのこの人物は、新聞記者から出発し、いくつかの新聞社や放送会社を経営するようになってはいたのですが、決して大富豪ではありませんでした。つまり、買い付け資金はたいして持っていなかったのです。それではどうやってこれだけの美術品を買い集め、そして美術館まで作ることができたのか、それが「ブラジリアン・マジック」なのです。

大戦直後の欧州各国では、大量の美術品が売りに出されていました。また各国政府も、戦後処理に追われて、美術品の国外流出の防止にまでは気を配る余裕がありませんでした。まさに絶好のチャンスだったのです。ちなみに、ナポレオン戦争以来この時まで、戦争は美術品大移動のきっかけとなっていましたが、でももう、こんな移動はこれからはないと、希望大半、失望ちょっぴりの気持で私は確信しています。

それではこの、極めてブラジル的な魔法を使った人物について、ちょっとご紹介いたします。

アシス・シャトーブリアン(Francisco de Assis Chateaubriand Banderia de Mello,1891−1968)は、ブラジル東北部に生まれました。大学で法学を学んだあと、リオデジャネイロでの新聞社勤務をから始まり、次第にラジオ・新聞・雑誌・テレビなどマスコミ関係の会社の経営をするに至りました。ブラジルを代表する知識人経営者となっていったのです。彼はその後、ブラジル上院議員となり、駐英ブラジル大使まで務めたのですが、それはこの買い付けの後の話です。

彼が次第に意識し出したのは、「歴史の浅いブラジルには、何か文化活動の核となるものが必要だ。それには美術品がよい。」という信念でした。このあたりは、日本の松方幸次郎氏に共通するものがあります。

1945年に第2次世界大戦が終わり、シャトーブリアンは彼の信念を実践するチャンスの到来を確信しました。でも問題は買い付け資金でした。そこで彼はまず親友であった、アメリカのチェース・マンハッタン銀行頭取を個人的に動かして、当時の金額で4百万ドルを借りました。現在の金額ではいったいいくらになるのか、よくわかりませんが、とても彼自身が返済できるような金額ではなかったことだけは確かです。その他、世界大戦で直接の被害を受けなかったブラジル国内で、巨額な寄付をかなり強引に集めました。

こうして集めた買い付け資金の総額は現在の金額で百億円近くになったと想像されますが、ともかくその時に買い集めた美術品の価値は、現在では買値の数十倍以上にはなっているはずですから、結果としてはすばらしい投資であったことはたしかです。

そしてここからが、「ブラジルの魔法」なのですが、その時にシャトーブリアンが作った莫大な借金をその後、彼はもちろん、周辺の誰もが返済した形跡がまったくないのだそうです。シャトーブリアンは、現在の美術館の建物を建設し、それを見届けるように、その年、1968年に亡くなっているのですが、間違いなく返済はしていませんでした。

猛烈なインフレや、通貨の切り替えを度々経験しているブラジルのことですから、経済がひっくり返っている中で、こうした借金などどこかへ飛んで行ってしまったのでしょうか。

ともかく、この借金の処理については、現在ではブラジルでも誰も知らず、また関心も持たれていないのだそうです。大切なことは、多くの名画がブラジルに現に存在し、ブラジルの宝物になっていることであり、その手段であった借金のことなど、どうでもよいではないか、という感じなのです。これぞまさしく、ブラジリアン・マジックの真髄です。噂によると、ブラジルの某銀行が借金を引き受け、政府が宝くじの益金でその一部を埋めたという話もあるようですが、今となっては、もう誰も知らないのだそうです。

現在のサンパウロ美術館の建物は、1968年に完成し、開館式が行われましたが、この建設と開館に際しても、シャトーブリアン氏らしい逸話があります。

氏は大戦後、まだエリザベス女王が若い頃、駐英ブラジル大使を何年か務めました。大使としてロンドンに赴任直後の信任状奉呈式で、このブラジル的野武士は、若い女王に近づき、ほおに「チュッ」とやったのだそうです。外国大使から、そんなことをされた前例がないことで、女王もびっくりしたことでしょうが、このことは大いに記憶に残ったのでしょう。以来、品格ある英国女王とブラジルの野武士は、変わらぬ友情で結ばれていたのだそうです。

美術館建設に際しても、資金集めや工事がすんなりと運ぶわけはありませんでした、なにせブラジルですから。(余計なお世話だと思いますが、オリンピックだって、けっこうたいへんだと思いますよ。)

そこでシャトーブリアン氏は、まずエリザベス女王を開館式に招待する約束を早々に取り付けてしまったのだそうです。通常なら、英国が旧宗主国であったわけでもなく、英国の美術品を多く保有するわけでもない南米の1都市の美術館の開館式に、女王が出向くことはあり得ないことなのでしょうが、そこが氏の人徳であったわけです。

資金集めや、工事のもたつきに対して、「エリザベス女王が見えた時、美術館が未完成だというようなぶざまなことでよいのか!」と関係者に猛烈なハッパをかけて、資金集め、工事、開館式を無事にやってしまったということです。そしてその終了を見届けるように、氏は77歳の生涯を終えたと聞きます。

今度のオリンピックでも、何かこれに類するような魔法が起きるのではないかな、というのが、実はリオデジャネイロ当選の報を聞いた時に、私が最初に思ったことなのです。という次第で、まずは2016年までは元気で居て、ちゃんと見届けることにいたします。どんなブラジル的な魔法を見ることができるのか、大いに楽しみです。


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