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105 2人のラ・トゥール
2009年11月8日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。


































































2人のラ・トゥール


ラトゥール (La Tour) という言葉はフランス語ですが、英語で言えば、The Tower、つまり「塔」のことです。この「ラトゥール」をという言葉を含む固有名詞として、私がまず思いつくのは、

A) ワインの世界の「シャトー・ラトゥール(Chateau Latour)」と

B) レストランの世界の「ラ・トゥール・ダルジャン(La Tour d’Argent)」

といったところでしょうか。ワインの方は、塔そのものの名前ですが、レストランの方は、アルジャン (Argent) が銀という意味ですから、つまり「銀の塔」という名前です。パリのノートルダム寺院が見える5区のセーヌ川沿いにある老舗レストランで、鴨料理が有名ですね。日本では、ホテル・ニューオータニの中にあります。

ボルドーワインの頂点にある5大ワインのひとつ、シャトー・ラトゥールにつきましては、例によってこのエッセイのワインカテゴリーでご紹介しておりますので、よろしければ、記事番号52番でご覧いただけたら幸いです。

ところで、この記事は、上記の2件とは、全く無関係な同名の2人の画家について書こうとしております。その2人とは、

1) ジョルジュ・ド・ラ・トゥール (Georges de La Tour 1593 〜 1652)

2) モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール(Maurice Quentin de La Tour 1704 〜 1788)

です。上の写真の上段は、1)のラ・トゥールの作品で、「夜伽のマドレーヌ」(ルーブル蔵)です。この画家に関しては、度々で恐縮ですが、当エッセイ内の記事番号84番、

「一度は消えた画家」

でかなり詳細にご紹介しておりますので、よろしければ是非ご覧ください。ここでは主に、2)のラ・トゥールについておしゃべりをさせていただきます。

まず、2)のラ・トゥールの没年をご覧いただけますか? 1)のラ・トゥールの没後、半世紀ほど経ってから生を受けた彼は、1788年に84歳で亡くなっています。当時としては、たいへんな長寿だったと思いますが、没年は、あの1789年のフランス革命の前年です。

2)のラ・トゥールは、フランス革命前の社会的諸矛盾の中で、まるであだ花のように絢爛豪華な世界を形作ったロココ美術の典型的なアーティストの1人でした。上の写真の中段は、彼の代表的な作品「ポンパドゥール侯爵夫人の肖像」(Portrait de Mme Pompadour 1755年)です。これもルーブルにあるパステル画です。

そう、2)のラ・トゥールは、光と闇の画家、1)のラ・トゥールと違って、ロココ様式を代表するパステル画家・肖像画家だったのです。

彼が探求したパステルの軽やかでスピード感のあるタッチは、油彩以上に、繊細で柔らかな表現を可能にしました。そしてまたパステル独自の、輝きを帯びたような色彩は、社会不安の存在に気づきながらも、生を謳歌する当時の貴族社会の人々の気持によく合ったのだと思います。代表作となった「ポンパドゥール侯爵夫人の肖像」を始めとし、名だたる上流階級の人々の肖像画を手がけ、画家としての確固たる地位を確立しました。

彼の肖像画の精神は、「顔は心の鏡」だったのだそうです。肖像画を描くことについて、ラ・トゥールは、「私は彼らの中にこっそりとはいり込み、その全てを持ち帰るのだ」と語っています。

また、彼のモデルになった人達はこんなことを言っています。「彼は表面ではなく、私の言っていること、考えていること、感じていることを描こうとしている」と。つまり彼は、外見だけではなく、肖像画を通じて、人間の心の奥底を描き出そうとしていたのです。

そう言えば、ポンパドゥール侯爵夫人と言えば、ルイ15世の愛人として歴史に名を残した女性ですね。太陽王と呼ばれ、ブルボン王朝の最盛期を作ったルイ14世。そのルイ14世の曾孫にあたるのがルイ15世でした。

ルイ15世は、1715年に曾祖父ルイ14世が亡くなると、わずか5歳で即位したのです。(その間に王になれずに、とばされた2代が居たわけですが、それがこの王朝の複雑さを暗示していますね。)

もちろんそんな年齢の子供に何ができるわけでもありません。彼自身はその後、長じてからも政治には無関心で、すべて摂政や枢機卿達、取り巻き任せで、国民の不満が高まったのですが、かと言ってそんなことは彼の手に負えることではありませんでした。

ルイ15世が熱中したのは、狩、珈琲、刺繍、そして情事でした。ある時期からは、国事を動かしていたのは愛人のポンパドゥール侯爵夫人でした。宮廷で飽くことなく続けられる浪費の宴と権力を巡る果てしない権謀術数の諍い。その一方で、宮廷の外では明日のパンにさえこと欠く人々が大勢発生していたのです。

ちなみに平民出身の彼女は、徴税請負人と結婚していたのですが、ルイ15世の目にとまり、公妾となるに際して、ポンパドゥール侯爵夫人という称号を与えられて、平民の夫と別居したのです。(1745年) ですから、ポンパドゥール侯爵と結婚していたわけではないのです。

やがて権勢を誇ったポンパドゥール夫人が、肺炎をこじらせて42歳で亡くなると(1764年、フランス革命まであと25年でした)、ラ・トゥールの描く肖像画はますます凄みを増していきました。そして夥しい数の人々を描き続けたのです、相手の心の中を覗き込むように。

しかし、彼の心は次第に崩壊していきます。真実を求めるあまり、完成した作品に新たな線を加えたり、最後には台無しにしてしまうこともありました。制作を途中で投げだしたりしたこともあったようです。

結局、ラ・トゥールは晩年、親族の手で故郷のサン・カンタンに連れ戻され、少し気の触れた老人として生涯を閉じました。それが1788年。パンをよこせと叫ぶ民衆がバスティーユや宮殿に押し寄せたフランス革命のわずか1年前のことでした。

それにしても、1)、2)のラ・トゥールの双方とも、ずいぶんと厳しい状況の中で生きたのですね。1)は戦争と疫病の中で、そして2)は迫り来る社会変革の波を感じながら、あだ花の中で狂気に向かって。

私見ですが、アートとしては、絵画は社会の影響を音楽よりもずっと早く受けると思います。上の写真の下段は、2)のラ・トゥール自身が書いた自画像です。

昔何度か読んだ本のひとつに、柴田翔氏というドイツ文学者の書いた、芥川賞受賞作品「されどわれらが日々」という小説があります。朝鮮戦争をはさむ時代の学生達を書いた本でした。それはこんな一文で締めくくられておりました。

「やがて、私たちが本当に老いた時、若い人たちが聞くかもしれない、あなた方の頃はどうだったのかと。その時私たちは答えるだろう。私たちの頃にも同じような困難があった。もちろん時代が違うから違う困難ではあったけれども、困難があるという点では同じだった。そして私たちはそれと馴れ合って、こうして老いてきた。だが私たちの中にも、時代の困難から抜け出し、新しい生活へ勇敢に踏み出そうとした人がいたのだと。そしてその答えを聞いた若い人たちの誰か一人が、そういうことが昔もあった以上、今われわれにもそうして勇気を持つことは許されていると考えるとしたら、そこまで老いて行った私たちの生にも、それなりの意味があったと言えるのかも知れない。」

2人のラ・トゥール氏は、それぞれの困難の中で生きて、仕事をしました。それから200年以上経った現在を生きている我々にも、それなりの困難があります。人生とはそうしたものだとあらためて感じたことが、2人のラ・トゥール氏を今回比べて見て、実感したことでした。


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