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僕の偏見紀行
171 越南二人旅(5)フエのファミリービジネス
2014年3月28日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ツアーで乗船したボート
▲ ベトナム伝統家屋見学。左から2人目がガイドの若者。熱弁を振るっている。
▲ ボートでのランチ風景。手前はテーブルでご一緒したオーストラリアからきたご夫婦たち。
日帰りツアーに出かけることにした。旅行社の係はどこで予約しても料金とツアーの内容は同じよ、とこともなげに言う。いろんな仲介業者がいるものの実際にツアーを催行するところは決まっているのだろう。

2年前はバスでフエ郊外を巡り歴代皇帝の霊廟を見学したが、今回はそれにボートクルーズがついているという。前回はツアーの終わりにベトナム伝統武術を見学し、その迫力に圧倒された記憶がある。係りに尋ねたが現在はそれはやってないらしい。家内にも見せたかったのに残念。

約束の時間にホテルに来たバスに乗ってツアー出発。いつも思うけど、この種のツアー料金の安いのには感心する。ホテルへの送迎、ボートクルーズ、バスによる霊廟巡り、ランチ付きでたしか7ドル前後だった。見学場所の寺院や廟の入場料は別途自己負担だが。それにしても安い。

バスに乗り込むと欧米系・アジア系いろんな顔つきの客でほぼ満席だ。ガイドの若者が立ち上がり説明を始めた。まずボートに乗り込んで川沿いのベトナム伝統家屋や寺院等を巡る。ランチの後バスに乗り換えて歴代皇帝の霊廟を見学、フエ市内へ戻り宮殿跡で夕陽を眺める。

このガイド、若いけどなかなかのものだった。訛りはあるものの達者な英語を駆使した。小柄だが堂々と胸を張りよく通る声で自信たっぷりに喋る。人前で喋るのが楽しそうだ。そういえばアイルランドのガイドにもこんなタイプがいた。

バスが川岸の船着場に到着すると派手な飾りのクルーズ用ボートが並んでいた。船首の巨大な竜の装飾の脇にある操舵席には既に船頭が座っている。客はその後方の船室に置かれたパイプイスにおもいおもいに座る。5〜60人は座れそうだ。

ガイドは乗り込むと船頭と打ち合わせを始めた。かたわらにはヨチヨチ歩きの幼児を抱いた若い女が立ち時折ガイドに声をかけている。彼女はガイドの妻、そして船頭は父のようだ。そう思い船内をあらためて見回すと、船頭の妻や娘と思われる老若の女たちが出発の準備に忙しく立ち働いている。よく関係が分からないが、一家の娘・息子その配偶者達のようだ。

準備が整いボートが動き出した。船頭の妻が素早く動いてボートと川岸をつなぐ舟板をはずして収納する。よく働くお母さんだ。息子のガイドがコースの説明を始めると母と妻、そして姉妹達は客の間を回り始めた。飲み物やお土産、さらにランチの注文をとり始めた。

確かランチは含まれているはず、僕はそう母親に尋ねた。すると所定のランチは豆腐料理と野菜炒めだけなので、何か一品料理を追加しないか、というのだ。豆腐と野菜か、ちょっとさびしい、そう思って麺と肉料理を追加した。周りの欧米人たちも一応注文している。ケチな彼らにしては珍しい。

ボートはフエを流れる大河フォーン川をゆっくりと遡上して行く。乾期とはいえ豊かな水量で川幅は100m以上ありそうだ。心地よい川風が吹き、太陽の輝きに両岸の緑がまぶしい。時おり吃水線ギリギリまで砂利を積んだ運搬船と行き交う。建設ブームのフエに上流から運んでいるのだろう。

ベトナム古来の伝統家屋見学のため上陸する。瓦葺平屋建ての家はどこか日本の地方で見られる武家屋敷を思わせた。広い庭には豊かな樹木と池が配置され、その奥に簡素だけど手の込んだ造りの建屋がひっそりとあった。

ガイドは声を張り上げ、池や木々の配置から建物の構造についてとうとうと語った。中国文化の影響を色濃く受けたフエ王朝末期の家は、陰陽五行や風水の理に基いて建てられ、建屋の向きや池の配置は太陽の動きを考慮したものという。

さらにガイドの話はヒートアップし、宗教から哲学・文化にまで及んでいった。ベトナムでは古来からのアニミズムに加え、外来の儒教・キリスト教・イスラム教などが信仰されてきた。

しかし1975年のベトナム戦争終結以来、社会主義国となり国家的な宗教は無くなった。現在のベトナム国民の70〜80%は無宗教といえる。しかし各家庭では設けられた祭壇に土地の守護神や先祖の霊を祀り祈りを欠かさない。

しかし、と彼は一段と張り上げて言う、これは宗教ではない、これはベトナムの文化だ。なるほどそうか、そういわれれば日本も似たようなものだ。僕は感心した。日本語で聞いても難しい話だがなかなか面白い。観光ガイドが宗教や文化・哲学までこんなに熱く語るのは初めてだ。

次の寺院でボートを降りた。太陽がまぶしくとても暑い。階段を登りつめ、寺院の庭を歩いていたら、車庫に1台の車が展示されている。古い年式のアメリカ車のようだが、なんでお寺にこんなものが、と思いつつ説明板を読んで驚いた。

ベトナム戦争当時、南の独裁政権とアメリカに抗議し、路上で焼身自殺を図った僧侶が使用した車だった。彼はこの車で現場にやって来てガソリンをかぶったという。はるか昔の新聞や報道やテレビの報道を思い出し、僕は愕然とした。おのれを焼き尽くすほど激しい怒りと抗議、僕は暫く言葉を失った。車はピカピカに磨きあげられ、今にも動き出しそうだった。

何箇所かの寺院に立ち寄った後ランチタイムとなった。僕は、どこか川沿いの眺めのいいレストランだろう、と期待していた。ところが船室にテーブルがセットされ、お皿や料理が並べられた。このままここでランチか、ちょっと当てが外れた。しかしこの人数分のランチ、いつどこで用意したのだろう。

そういえば船尾のトイレに行った時、四畳半くらいの狭い部屋を通り抜けたが、あそこだろうか。船室の背後にあるその部屋は、板張りの床に炊飯器・まな板・食器等が雑然と置かれ、女たちが忙しげに炊事中だった。それを見た僕はてっきり船頭一家の食事の支度だと思い込んでいた。ところがこのファミリーそんな金にならないことはしないのだ。

僕らのテーブルはオーストラリアから来た3組のご夫婦と同席だった。テーブル中央にはご飯をもった洗面器のような容器と豆腐の煮込み、野菜と肉の炒め物の大皿が並んでいる。これがツアーについている料理だろう。そしてすぐに各自が追加オーダーした料理がそれぞれの席まで運ばれてきた。

50人は下らないと思われる、これだけの数の客に基本の料理人数分、さらに追加分を短時間に正確に作りあげるとは、この一家の女達は大したものだ。船頭やガイドの男たちに負けてはいない。

料理はずれも船上の不便なキッチンとは思えない味だった。特に基本の豆腐煮込みと野菜煮込みが旨かった。これと白いご飯にスープ、僕にはこれで充分だった。ベトナムで豆腐という食材はすでに一般化しているようで、町の食堂でも豆腐料理がメニューに載っているのをよく見かけた。

食後の片づけが終わると、一家の女達は再び客席を回り始めた。手につめたい飲み物や土産のしおりを抱え、売り込みに余念が無い。かたわらではガイドの若者が熱弁を振るい、船頭は悠然と舵をとる。

ボートクルーズの後はバスに乗り換えて、歴代皇帝の霊廟をさらに巡った。バスが郊外からフエ市内に戻ったのはもう夕暮れ時だった。次は宮殿跡で夕陽を眺めるという予定だったが、僕らはそれをキャンセルしてホテルへ戻ることにした。宮殿には明るい時間にゆっくりと行きたかった。(続く)
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21 春の東北ローカル線の旅
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