1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
老舗の店頭から
106 白毫寺(びゃくごうじ)
2010年1月1日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
新年おめでとうございます。

年々忙しくなるような状況の中、ご無沙汰気味で申し訳ありません。今年は1ヶ月に1本の投稿を、という目標を持って、ささやかですが参加させていただきます。皆様のエッセイも楽しみにしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

ところで、タイトルの「白毫」は、普通の人には、あまり馴染みがあるとは思えませんが、「びゃくごう」と読みます。意味は、仏(仏陀)の眉間にある「ほくろ」のように見える点のことです。仏教の教えでは、「光明を放って、悩める人々を救う」という仏様の慈悲の智恵を表現しているのだそうです。仏像では必ず珠玉などを使って表現されていますね。あれ実は、仏陀の額に生えた白い毛なのだそうです。ほくろではないのだそうですよ。

なぜ突然こんなことを言い出したかと申しますと、奈良にこの白毫の名を取った「白毫寺」という古寺があり、私はかつて、そのお寺といささかご縁があったのです。そして数年前に40年ぶりくらいにその寺を訪問し、住職さんと久しぶりの再開ができたことを、新年最初の記事でご報告しようかと思った次第です。

1967年2〜3月と申しますと、今からほぼ43年前になります。私が大学1年生から2年生になる早春のことでした。やや騒然としつつあった当時の大学にあって、長い春休みにふと古寺巡りをしたくなった私は、京都と奈良へ2ヶ月近く出かけました。もちろんお金など潤沢にあるはずもなく、京都では当時住んでいた大学寮の先輩の高校時代の同級生で、京都大学に在籍していた方が、春休みで帰郷されたあとの下宿に居候させていただきました。

でも奈良にはそんなコネクションがなくて、かと言ってお金のかかる施設に泊まることもできず、困ってたどり着いたのがこの「白毫寺」だったのです。どういうルートで調べたのか、もう自分でも覚えていないのですが、ともかくこのお寺に直接手紙を書き、食費程度でなんとか居候させていただきたい旨お願いしたわけです。条件としては、実費程度で朝晩の2食を食べさせていただきながら、どんな部屋でもけっこうですから1部屋に寝泊まりさせていただきたいこと。そしてその代償として私がお堂や庭の清掃をすること、等であったと思います。

観光的に賑わっているお寺がそんなめんどうなことを引き受けてくれるはずはないと、学生ながら考えた私は、多分さびれたお寺を探していて、ここに行き当たったのだと思います。でもまあ、今から比べたらはるかにのどかな時代だったから可能なことであったと思います。

白毫寺は奈良市の東端、若草山、春日山と続く山の南側にあります、高円山(たかまどやま)の麓の小高い場所にある、真言律宗の小さなお寺です。ご住職は当時も今も宮崎さんご一家です。

当時は現住職の宮崎さんが、お母さん、妹さんと3人で暮らしておられました。宮崎住職さんは、その頃は独身で、たしか法務省関係の職場に勤務し、毎日生駒山を越えて通勤しておられました。つまり、寺院としては、フルタイムの住職業に励めるほどの収入がなかったのだと思います。

このお寺は奈良市内がほぼ一望できるすばらしい眺望を持っており、その先には生駒山が真正面に見えます。ご興味がおありの方には、ぜひお奨めします。仏像もなかなかのものですし、庭には奈良県の天然記念物「五色椿」があります。

住職さんも妹さんもお勤めしておられましたから、日中は住職のお母さんである、おばあちゃん1人になります。訪れる人はほとんどいない状態でしたから、それでも別に困っていなかったようです。私が居候させていただいていた3月頃で、参拝客は1日平均数人というところだったでしょうか。1人も来ない日もありました。

私はほぼ1ヶ月くらい、ここにお世話になったのですが、たいていは朝食後、庭や本堂の清掃を終えると、しばらくして下の集落まで石段を下り、「高畑住宅前」バス停で市内循環バスに乗り、気の向くままに1日中、大和、飛鳥の寺院を訪ねて歩いておりました。思えば優雅な日々でした。

下の集落からお寺までは本当に何もなくて、竹やぶ、お墓、火葬場の間を抜けて石段を登って庫裡まで帰って来るわけで、暗くなってからは、正直に言って、素人の私などは通るのが怖かったことを覚えています。でも宮崎さんの皆さんは、生まれた時からそうしておられたわけですから、当時20歳代前半であった妹さんなども、たまには帰宅が遅くなるわけですが、苦にもしていなかったようです。

ながながと私的な思い出を書き連ねましたが、久しぶりの訪問で、このお寺と周辺の環境があまりにも激変していて、本当にびっくりしました。境内は整備され、拝観料を頂戴する受付と専属の人間が配置され、下の集落などは、もうまったくわからないくらいに変化し、おまけに夜はお化けが出そうだった石段のあたりまで、なんと住宅ができておりました。

上段の画像は、白毫寺の本堂で、中段は白毫寺から見える奈良市内の眺望、下段はもっとも変化していなかった石段です。訪問時に少し薄暗くなってから撮ったもので、邪魔な人物が写っていて恐縮ですが、山門のすぐ下に住宅の屋根が見えるのがおわかりでしょうか? 当時は、こんなことはその気配もなかったものです。

3月12日〜14日に行われる東大寺二月堂のお水取りの儀式も、歩いて行けなくはない距離ながら、帰りが深夜になるため、そんな時間にあの道を通らなければならないのか、ということで諦めて行かなかった記憶があります。もったいないことをしました。

というわけで宮崎住職さんも、かすかな記憶の底から、そんな変人の学生のことを思いだしてくださり、とても懐かしいひとときを過ごしました。昔から生真面目であった宮崎住職さんは、私がお堂や境内が当時とは比較にならないほどりっぱになったことを讃えますと、こんなふうにおっしゃいました。「これで本当によかったのかどうか、まだわかりません。当時のようなくずれかかった古寺のままにしておいた方が仏教の精神から見ると、よかったのではないのかな、と思うことがよくあります」と。

お母さんはすでに他界され、妹さんは嫁がれて他所に出ておられるとうかがいました。そう言えば、同じ宗派で、しかもご親戚筋なのが、奈良郊外の浄瑠璃寺(九体寺)の佐伯住職さんでした。私も何度か白毫寺でお会いしたことがありました。般若湯(つまりお酒)の好きな方でしたが、今でもお元気なのでしょうか? お聞きするのを忘れてしまいました。

私がほぼ毎日掃除していた本堂はそのままでしたが、別にりっぱな宝物蔵が出来ておりました。何度かおばあちゃんに教えていただいて、拝観者に説明した(私がお寺の関係者になりすまして!)ご本尊の阿弥陀如来座像(平安−鎌倉時代、重要文化財)は、今は本堂ではなくて、宝物館に収納されておりました。

40年という時の移り変わりをあらためて痛感した旅でした。たいそうお世話になったおばあちゃんのご冥福を心から祈りながら帰路につきましたが、また今度、早春のあの時期に出かけてみようと思っております。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
NEW
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
166 京都名刹めぐり その30 梨木神社 Part 2
165 京都名刹めぐり その30 梨木神社 Part 1
164 優れた作家の感受性のすごさ
163 「アウトドア般若心経」
162 紫紺の闇 (しこんのやみ)
161 言論を奪われ、異論を排除した時、戦争は止められなくなる。
160 法の精神(8月15日に際して)
159 戦争は、防衛を名目に始まる。
158 平泉 澄(きよし)
157 アンビグラム (Ambigram)
156 白虹事件
155 山崎と大山崎 その4 (ニッカウヰスキーと大山崎山荘 後編)
154 山崎と大山崎 その3 (ニッカウヰスキーと大山崎山荘 前編)
153 山崎と大山崎 その2 (大山崎山荘の誕生)
152 山崎と大山崎 その1
151 修学院離宮 Part 2
150 修学院離宮 Part 1
149 「漢詩のリズム」
148 最澄と空海 その3 (まとめ) 両雄並び立たず
147 最澄と空海 その2 薬子の変
146 最澄と空海 その1 還学生と留学生
145 桂離宮と豊臣秀吉
144 「漱石枕流」
143 忘れられない写真
142 松方コレクションと国立西洋美術館
141 カタロニア讃歌 (Homage to Catalonia)
140 「乱」と「変」
139 パナマ運河疑獄事件
138 水晶栓 (Le bouchon de cristal)
137 シュール・リー (sur lie)
136 「斉藤」、「斎藤」、「齊藤」、「齋藤」
135 宋靄齢・宋慶齢・宋美齢
134 マカオ今昔 その4 (最終回)
133 マカオ今昔 その3
132 マカオ今昔 その2
131 マカオ今昔 その1
130 四神(しじん)
129 森 恪 (読みにくい名前を、もう1件)
128 大給 恒
127 ローマの休日 (Roman Holiday)
126 ラファエル前派
125 京都名刹めぐり その29 大覚寺
124 京都名刹めぐり その28 金戒光明寺
123 京都名刹めぐり その27 清閑寺
122 京都名刹めぐり その26 山科の毘沙門堂
121 京都名刹めぐり その25  正伝寺と圓通寺の借景
120 BYO ワインクラブ
119 「懐石料理」と「会席料理」
118 ナイト・ホークス
117 景徳鎮・有田・マイセン
116 瑠璃光院の不思議
115 葭と葦 (永源寺にて)
114 「プラハの春」、「ベルリンの秋」、「ウィーンの冬」
113 アルクイユ (Arcueil)
112 カンパリ (CAMPARI)
111 耕論 「ミシュラン、おいでやす」
110 美術展作品の輸送について
109 エトルタの針は空洞か? 
108 「無縁社会」
107 秋艸道人
106 白毫寺(びゃくごうじ)
105 2人のラ・トゥール
104 ブラジリアン・マジック
102 ジュール・シュレ美術館の盗難事件
101 シャントルイユの「空」
100 白凛居へ行って参りました。
99 イコン異聞 (日本人イコン画家 山下りん)
98 新たな気持で
97 セザンヌ、その光と陰
96 「マキシミリアン」の謎解き
95 マキシミリアン (Maximilian)
94 土佐派
93 カトリーヌ & マリー
92 真珠の 「耳飾り」 と 「首飾り」
91 ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル
90 私と絵画
89 八点鐘 (はちてんしょう)
88 五山の送り火クイズ
87 白い送り火
86 春 (La Primavera)
85 カラバッジオ (Caravaggio)
84 一度は消えた画家
83 マニュエル・ゴドイ (Manuel Godoy)
82 フリーダ・カーロ (Frida Kahlo)
81 ジョージア・オキーフ (Georgia O’Keeffe)
80 ラ・リュッシュ (La Ruche)
79 マルディ・グラ (Mardi Gras)
78 接吻 (Der Kuss)
77 ワイエス
76 ラス・メニーナス (Las Meninas)
75 オールドホーム (The Old Home)
74 私と村 (Moi et le village)
73 メデューズの筏
72 破戒僧と尼僧
71 遠近法とパオロ・ウッチェルロ
70 オシュデ (The Hoschede)
69 アプサント (L’absinthe)
68 草上の昼食 (Le dejeuner sur l’herbe)
67 オランピア (Olympia)
66 ジオットとEU
65 オルナンの埋葬
64 フェルメールの魅力
63 レカミエ夫人の肖像
62 コタン小路
61 上七軒(かみひちけん)
60 祇園のお座敷便り その1
59 サント・ヴィクトワール山 (La Montagne Sainte-Victoire)
58 ワインのホワイト・ホース、シュヴァル・ブラン
57 京都花街概論
56 ネゴーシアン (negociant)
55 オノレ・ドーミエ (Honore Daumier) のカリカチュア
54 AOC
53 世田谷美術館へ出かけませんか?
52 シャトー・ラトゥール
51 セーヌ川をはさんで
50 グランド・ジャット島の日曜日の午後
49 ムートン・ロートシルト
48 ポール・デュラン−リュエル (Paul Durand-Ruel)
47 イケーム (Yquem)
46 タリスマン (Le talisman)
45 アリスカン (Les Alyscamps)
44 月と六ペンス (The Moon and Sixpence)
43 京都名刹めぐり その24 古知谷 阿弥陀寺
42 オルセー美術館にある方が模写なのです (ガシェ医師の肖像)
41 シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 本編
40 シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 前置き編
39 パリ市民とバリケード (barricade)
38 シャトー・ペトリュス (Chateau Petrus)
37 返却されなかった名画 <アルルの寝室>
36 真夏の夜のワインの夢 in ロンドン   
35 ヴィンセント・ファン・ゴッホとオーヴェールの教会
34 Ullage (アリッジ)
33 複雑な素朴派、アンリ・ルソー
32 フランス・ワイン通史 その2
31 フランス・ワイン通史 その1
30 風の花嫁
29 カナの婚礼
28 切り分けられた名画、ショパンとジョルジュ・サンド
27 「都会の踊り」 と 「田舎の踊り」
26 京都名刹めぐり その23 高台寺
25 京都名刹めぐり その22 法然院
24 京都名刹めぐり その21 平等院(宇治)
23 京都名刹めぐり その20 東福寺
22 京都名刹めぐり その19 泉涌寺
21 京都名刹めぐり その18 智積院
20 (突然ですが・・・)ドレフュス事件とエミール・ガレ
19 京都名刹めぐり その17 六波羅蜜寺
18 京都名刹めぐり その16 実相院
17 賀茂一族
16 京都名刹めぐり その15 正伝寺
15 京都名刹めぐり その14 六道珍皇寺
14 閑話休題 「I have a reservation.」 
13 京都名刹めぐり その13 狸谷山不動院
12 京都名刹めぐり その12 安井金比羅宮
11 京都名刹めぐり その11 圓光寺 (えんこうじ)
10 京都名刹めぐり その10 金福寺 (こんぷくじ)
9 京都名刹めぐり その9 東山大文字の火床はこうなっておりました。
8 京都名刹めぐり その8 五山の送り火異聞
7 京都名刹めぐり その7 大河内山荘
6 京都名刹めぐり その6 京都五山の送り火(大文字焼き)体験記
5 京都名刹めぐり その5 上賀茂神社の斎王代
4 京都名刹めぐり その4 祇王寺
3 京都名刹めぐり その3 光悦寺
2 京都名刹めぐり その2 善峯寺
1 京都名刹めぐり その1 西山光明寺
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 5 9 4 7 7 1
昨日の訪問者数0 3 6 6 2 本日の現在までの訪問者数0 3 3 4 9