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縁の下のバイオリン弾き
84 銀シャリ
2013年12月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ サンディエゴ・バルボア公園内の日本庭園「三景園」で
「和食」が世界無形文化遺産になると聞いて最初に思ったのはここ数十年来の日本食ブームがとうとう頂点に達したのか、という感慨だった。アメリカでは日本食のレストランやスシ・バーがいたるところにできている。

ところがよく新聞記事を読んでみるとこれは日本の側から登録を申請するものだそうで、私が考えていたように外国のほうからぜひに、と頼まれるものではないらしい。そしてその申請をした理由というのが、日本から「和食」のよさを発信するということもさることながら、むしろ国内での和食離れに歯止めをかけたい、という点にあるそうだ。

これは私には意外なことだった。そんなに和食離れが進んでいるのか。

日本で生まれ育って日本で暮らしている人々には日本料理はあたりまえで少しも珍しくない。人間は普段目にしている物には価値をおかないものだ。それだからこそ頭では日本料理の優秀さがわかってはいても多彩な外国の料理体系に心を奪われて「和食離れ」が進行するのではないか。そういう人には海外で暮らしている者が日本料理に対して持つやみがたい、それこそ身を切られるような渇望(かつぼう)は理解の外だろう。

私は日本を出る時に「日本料理に恋々(れんれん)とするまい」とひそかに心に誓った。自分の選択で外国に行くのだ。大いに外国のものを食べて人生を豊かにしようじゃないか。その意気込みはさかんだった。ただ行ったところが悪かった。

香港は今も昔も中国料理のメッカだ。現在のカリフォルニアとちがって当時の香港では日本食は食べられなかった。「食べなかった」のではない。「食べられなかった」のだ。それはなぜかというと中国人も西洋人も日本料理に理解も関心もなかったからだ。

日本料理が食べられなかっただけではない。私は中国料理も食べられなかった。無理もない。私はそれまで日本で本格的な中国料理を食べたことがほとんどなかった。食べたにしたところで何を食べているのか、なんという料理なのか、何の知識もなかった。ラーメン、焼きそば、チャーハン、酢豚ぐらいしか知らなかった。

アメリカやヨーロッパに行ったのだったらたとえ食べ物が異質だったとしても何を食べているのか見当ぐらいはついただろう。西洋料理はまがりなりにも日本に根付いていたからステーキを前にとほうに暮れる、などということはなかったにちがいない。

ところが中国料理はメニューを読んでもなにやら漢字の美辞麗句がつらねてあるだけで、材料が何か、どうやって料理したものかわからないことが多いのだ(のちにはわかるようになったが)。しかも日本で経験したような味はいっさいなかった。見も知らない強烈な味とにおいだった。だからうまいまずいを言う前にまず「異様だ」という感覚に襲われるのがつねだった。

しかも私は香港で天涯孤独だったからいつもひとりで食事をしていた。中国料理はひとりで食べるものではない。何人もでたくさんの料理を注文して分け合って食べる。それでバラエティを楽しむのだ。それがひとりだと一皿の料理を持て余しながらどこまでも同じ味を追究するか、麺やかゆなどを食べるほかない。麺やかゆでは栄養がかたよってしまうのである。

なお悪いことに私は香港のご飯が食べられなかった。それまで日本で「外米」を食べたことがなかったのではじめて食べてそれがのどを通らなかった。

いつも夏目漱石で恐縮だがかれの小説に「坑夫」というのがある。それにこう書いてある。主人公が始めて飯場で食事をする場面だ。

「例のはげ箸をとりあげて、茶碗から飯をすくいだそうとする段になって―――おやと驚いた。ちっともすくえない。指のまたに力を入れて箸をうんと底までつっこんで、今度こそはと、持ち上げてみたが、やっぱりだめだ。飯はつるつると箸の先から落ちて、けっして茶碗のふちを離れようとしない。十九年来(主人公の年齢のこと)いまだかつてない経験だから、あまりの不思議に、このしくじりを二三度くりかえして見た上で、はてなと箸をやすめて考えた。おそらく狐につままれたようなふうであったんだろう。見ていた坑夫どもは又ぞろ、どっと笑い出した。自分はこの声を聞くやいなや、いきなり茶碗を口につけた。そうしてつやのない飯を一口かきこんだ。すると笑い声よりも、坑夫よりも、空腹よりも、舌三寸の上だけへ魂が宿ったと思うぐらいに変な味がした。飯とはむろんうけとれない。まったく壁土である。この壁土がつばきにとけて、口いっぱいに広がった時の心持はいうにいわれなかった。
『面(つら)あ見ろ。いいざまだ』と一人が言うと、
『ご祭日でもねえのに、銀米の気でいやがらあ。だから帰れっておせえてやるのに』とほかの者が言う。
『南京米(なんきんめえ)の味も知らねえで、坑夫になろうなんて、頭っから料簡違(りょうけんちげえ)だ』とまた一人が言った。(中略)
自分が南京米の味を知ったのは、生まれてこれが始めてである」

南京米というのは外米のことだ。私の経験もこれとまったく同じだった。読んだ時には実感できなかったのが、香港に来てこれが恐ろしい迫力をもって記憶にのぼってきた。

私はとうとう「飯だと思うから食えないのだ、無理でもなんでもパンだと思えばいいのだ」という結論に達した。ご飯も食べられないのだと思うと涙が出た。

上海料理には「客飯」という定食がある。料理一皿、飯が二椀、スープがつく。安いにも安くないにも香港ドルで2ドルいくらだったろう。メニューにのっている料理を毎日一つ注文して、一巡したら二度と食べる気にならなかった。


ところが香港に何年も住んで中国料理になじんでみると(ご飯もそのころにはおいしく食べられるようになっていた)私はだんだんに中国料理こそが世界一の料理体系だと信ずるようになった。これは私にとってコペルニクス的転回だった。あれほどのどを通らなかったのに。あれほど日本料理が恋しかったのに。

香港にいた時にすでに漠然とそう考えていたが、アメリカであるエッセイを読んでなぜ私がそう考えるにいたったかという理由がわかったような気がした。

私と同年輩の方は「英語に強くなる本」というベストセラーを覚えているだろう。その本のイラストを描いた真鍋博(まなべ・ひろし)が書いたエッセイを読んだのだ。

真鍋さんは若いとき貧乏画学生で、同じく苦学していた池田満寿夫(いけだ・ますお)といつもつるんでいた。あるとき新宿の駅前で池田が木片を拾い、「これをたきつけにして今夜君にごちそうする」といったのだそうだ。たきつけとは火をおこす時に最初に燃やすものをいう。

池田満寿夫はそのときすきやきを作った。ところが肉は羊肉で、かれは真鍋さんにさかんに「食べろ、食べろ」とすすめるのだが、5、6片しかない羊肉はすぐになくなってしまう。すると池田は「どうだ、だしがきいているから菜っ葉がうまいだろ」と自慢したというのだ。

「私はすきやきをめったにたべない。すきやきを作ると当時を思い出して深刻な顔になるからだ」という文章でエッセイは終わっていた。

この話には感銘をうけた。池田の「だしがきいているから菜っ葉がうまい」ということばは私には料理の神髄を伝えるものだと思われた。そうなのだ、料理とはだしをきかせて菜っ葉をうまくたべさせることなんだ、と。

「だしをきかせて菜っ葉をうまく」食べさせる料理といったら中国料理の右に出るものはない。中国料理は肉と野菜を切っていため合わせる。別々の調理をしなくてよいということがいかに野菜を食べやすくするか。そのシステムが健康を保証するのだ。

一般化はできないけれど、西洋料理では野菜が優遇されているとは言いがたい。現在ではずっとよくなっているが、アメリカでの野菜の扱いといったら煮すぎて緑が灰色になったようなものが多かったし、サラダはすぐれた料理だけれど、なんといっても量をたくさんとることができない。

日本では昔野菜の摂取量はいまよりはるかに多かっただろう。戦前の、たしか奈良県の農家の毎日の献立を本で見たことがある。ほとんど毎日野菜の煮付けを食べている。おそろしく単調な食事だったのだろう。そんなふうだから「雨ニモ負ケズ」の「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」という言葉が現実感を持つのだ。

でも現在の日本で日本料理を食べた時にどれだけ野菜をとれるだろう。会席料理なんかだったら野菜料理がたくさん出てくるにちがいない。でも鍋物は別として、日常食べる食事にほうれん草のおひたしぐらいがあれば上々なのではないだろうか。早い話、寿司屋にいって野菜を思うさま食べることはできないし、うな丼なんかなら食べられる野菜はわずかにたくわん二切れだ。


日本料理は私にとってこそこの上もないおいしい料理ではあっても、それは素材が新鮮なこと、そもそもその素材が手に入ることを前提条件としている。つまりうまい日本料理は究極的には日本以外では不可能なのだ。

中国料理はそんなことはない。それは「開かれた」料理体系だということができる。どん欲になんでも食べてしまうしそれをおいしく食べる料理法が確立している。素材が新鮮なことはもちろん重要でそれにこしたことはないが、どんな素材であれ手に入るものは中国料理にしたてあげてしまうという態度が一番大事なのだ。中国料理の全世界における浸透といったらいかな日本料理でも太刀打ちできるものではない。

このことが一番よくわかっているのは我々海外にいる日本人だ。私は日系二世が缶詰のサーディンを醤油で煮付けにしたという昔話を聞いたことがある。あの油漬けにしたサーディンですよ。日本にいる人にはとても想像できないことではないだろうか。それでも魚が手に入らない地方にいればそういうこともあり得る。新鮮な素材が手に入らないということは日本料理の場合、すぐさま「悲惨」につながってしまうのだ。それを「悲惨」だと思う事自体、日本の料理体系の限界をあらわしていると思う。


6月のはじめに首相官邸で食事をしたオランド仏大統領は「エリゼ宮に阿部首相を迎えたときどのような料理を出すか検討したい」と語ったそうだ。そんなことを言わせるほどこの日のフランス料理は絶品だった、ということだろう。

しかし外国の要人を招待する時の食事はなぜいつもフランス料理になるのだろう。日本のフランス料理の実力が非常に高いのだろうということはわかる。日本人はだいたい凝り性だから、いったんある目標にむかって修行をつめば、必ずといっていいほど高い水準に到達する。

でも、フランスの大統領をまねいてフランス料理で接待することがいかに彼を喜ばせたとしても、それが日本の自慢になることだろうか。政府が率先して「和食離れ」の音頭をとっているようなものではないか。

中国人は自国の料理に絶対の自信を持っている。だから世界の王侯元首をむかえて中国料理でもてなすのはあたりまえのことだ。ニクソンもキッシンジャーもなれない箸をあやつりながら中国料理を食べた。はるばる中国まで来て中国料理を食べないのでは何のために来たのかわからない、と政府側も要人側もひとしく思っている。 中国人がフランス料理を出す、なんてことは考えられもしない。

文化遺産というのはそういうものではないのだろうか。
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