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寄り道まわり道
76 悲運の詩人 許蘭雪軒
2017年8月10日
吉田 美智枝 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]

福岡県生まれ、横浜市在住。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在に至る。自作のアクセサリーをBeads Duoというブランドで販売しながら、韓国の主に女性たちについてエッセーを執筆中。『朝鮮王朝の衣装と装身具』(共著)、韓国近代文学選などの翻訳がある。
▲ 許蘭雪軒(ホナンソロン)の生家跡を囲むように広がる松林。歩けば、松の香りに包まれ心安らぐ。

写真:JeongGyu Gim (김 정규)江陵市
▲ 近くには鏡浦湿地があり美しい蓮池が広がる。

写真:JeongGyu Gim (김 정규)江陵市
▲ 許蘭雪軒と弟の許筠(ホギュン)の生家といわれる古宅

悲痛な思いに眠れない夜を重ねた経験は、人の痛みも自分のものとさせ、人を成熟させると同時に、時に優れた芸術作品を生み出すことがある。

朝鮮を代表する女性詩人といわれる許蘭雪軒(ホ・ナンソロン)は、早くから詩の才能を発揮し、自分の胸のうちを綴った詩だけでなく、貧しさに喘ぐ人々や社会の不合理にも思いを寄せた詩を多く書いた。

今や、夜空に明星のように光り輝く詩人、許蘭雪軒。死後、ひと部屋を埋め尽くすほどおびただしい数の詩と文章を残した彼女の生涯とはどんなものだったのだろう。

昨年のちょうどこの時期、韓国江原道を訪れた私は、宿泊先の江陵船橋荘から彼女とその弟の許筠(ホギュン:小説「洪吉童」の著者で思想家・政治家)の生家といわれる記念館を訪れていた。気温36度を超える暑さのなか訪れたその生家は松の香り漂う松林に囲まれひっそりとしたたたずまいで私の前に現れた。

許蘭雪軒(1563−1589)は、朝鮮王朝の文化が盛りを迎えた16世紀、申師任堂、黄真伊とほぼ同時代にもに生きた。詩と文章という違いはあるものの、日本史における紫式部に例えられる悲運の天才詩人である。

本名は許楚姫(ホ・チョヒ)、長年文臣の要職にあった草堂・許曄(ホ・ヨプ)を父に持ち、当時の女性としては破格の学問を身につけて育ちながら、16歳で、家柄は両班(貴族階級)とはいえ、生家の知的な雰囲気とはかなり異なる家風の家に嫁いだ。

1歳年上の夫金誠立は、弘文館(王宮書庫に保管された図書の管理を任された朝鮮の行政機関及び研究機関)で詩文著述の仕事に就くが、才能ある妻に嫉妬し、士官として任地に赴いたまま家に寄りつこうとしなかったといわれる。

嫁いで10年余りの間にこどもを2人立て続けになくし、姑からの厳しい視線と態度と、好きな読書や詩作も思うようにならない婚家の雰囲気の中で、彼女の孤独感は少しずつ絶望へと変わっていった。その絶望が、彼女の肉体を蝕んでいったのだろうか。26歳という若さで彼女は病に倒れこの世を去った。

自由奔放に男性を愛して生きた、同時代の詩人(妓生)黄真伊とは異なり、教育を受けた知性ある詩人でありながら、妻を遠ざけ顧みない夫への思慕に孤独な日々を送った、一人の女性の姿が見えてくる。不合理な生を儒教社会の厳格な掟の中で、その時代の朝鮮女性として求められた節操と品性を守りながら生きた詩人だった。

報われなかった彼女の人生を思うとき、若い頃に読んだ旧約聖書の「ヨブ記」が脳裏に浮かぶ。クリスチャンでもない私にとって語学勉強のための教材であったが、心の奥深くに刻み込まれた。
「例え誰も苦しみから救ってくれなくても、神を恨むことなく、自分に与えられた生を甘受し命の最期の日まで生を全うする」
ヨブ記を、若い私はそう理解し、それはこれまでの私の人生のよりどころとなった。

流刑になった兄を思い、その悲しみと怒りの心情を綴った詩や社会の矛盾に目を向け訴えようとする詩とは別に、女性としてのいじらしさを偲ばせる詩がある。

月樓秋盡玉屏空
霜打蘆洲下暮鴻
瑤必一彈人不見
藕花零落野塘中

月楼に秋も終わり玉屏も虚しくなり、
霜は中州の庵に降り、鳥もねぐらに
帰る。
コムンゴ(琴)を一弾きしてもあの人は戻らず
蓮の花も堤の上に枯れ落ちるのみ。

便りのない夫を待つ身の辛さが、この詩となったのか...。

歳を重ねた今、許蘭雪軒の人生を思うとき、彼女の胸の痛みと苦痛はいかほどだったか想像に難くない。内なる思いを吐露し文字にせずにはいられなかった一人の女性。死を前に、日々考え感じたことを書き留めたひと部屋分の詩すべてを焼き捨てるように言い残したといわれる。赤裸々な胸のうちを綴った文章を残すことを潔しとしなかった、誇り高い朝鮮女性の魂が感じられる。

死後17年、彼女の弟、許均(ホ・ギュン)と親交のあった明の使臣、朱之蕃たちによってその詩稿が持ち帰られ、中国で「許蘭雪軒集」として刊行され広く反響を呼んだ。

韓国に伝わる「蘭雪軒集」は、弟、許筠によって整理編集されたもので、許筠の反逆罪という処刑事件の後、紆余曲折を経て74年後釜山の東莱(トンネ)で、韓国では初めて「蘭雪軒集」の詩集が出版されるに至る。

この詩集は、貿易で釜山にやってきた日本の使臣や商人たちを通して日本に伝わり、刊行され(1711年)読まれた。

夫の狭量を彼女の不運だったというのは簡単だろう。蘭雪軒の夫、金誠立の中に、堅固な儒教社会における家長としての尊大さと男らしさを求められながらも、その奥に、人としての繊細さと弱さを併せ持った平凡な一人の男の姿を感じてしまうのは私だけだろうか。

強くあらねばならないという伝統の男性像、従順に盲従することを美徳とする当時の女性像...男も女もそれによって守られながら、一方でその価値観に縛られ、苦痛と悲しみに耐えて生きて行かなければならなかったのも確かであろう。

男女の愛は、二人だけの愛によって立つには余りに脆く弱いものなのかも知れない。

許蘭雪軒という天才詩人の背中に、孤独のなかに一人残されながらも、香り高く凛と生きた一人の女性の姿が見える。それは、彼女の生家といわれる家の隅にひっそりと咲く相思華の淡い色のようでもあり、周囲を囲む松の香りのようでもあった。





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