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160 法の精神(8月15日に際して)
2015年8月15日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
法には法の精神があります。法を制定しようと提案する集団や個人は、その法律の背後に、よきにつけ、悪しきにつけ、その法の真の目的を強く意識しています。それが法の精神です。

現在、戦後最悪の法律が衆議院を通過し、参議院に回されています。総選挙で十分な国会の議席を獲得したのだから、何をやってもよいのだと考えているとしか思えない、今の権力者達の言動を見るにつけ、この法案の背後にある、法の精神の恐ろしさを感じています。現在、ずいぶん多様な人々が、止むにやまれぬ思いで、この法案の廃棄のための声を上げていますが、それはこの法案の背後にある「法の精神」に気がついているからだと思います。法曹的な言葉じりや、ごまかしの「戸締まり論」がこの法案の真の目的だとは到底思えないのです。

そもそも法や法治主義という制度は、人間がその長い歴史の中で、甚大な犠牲を払って徐々に作り上げてきたものです。権力者達の恣意や気分で、その社会に生きる人間の自由や尊厳、人権が損なわれないよう、独裁や絶対王政という過酷な体験に対する反省から作ってきたものです。もちろん、それも完全なものではないことは周知の事実ですが、少なくとも民主主義と法治主義は、現在の人間社会の仕組みや在り方としては最良のものと言ってよいと思います。

それに対して、新法案の審議に際しては、「法的安定性は関係ない」と最近、堂々と言い放った人物がいましたね。ネット上でも勝手な気炎を上げている一部の不快な人達のひとりが言ったのではありません。精神的にはその連中のお仲間かもしれませんが、現政権で最も中枢に居て、強大な権限を預かっているはずの人間の言葉でした。

「法的安定性は関係ない。時代が変わったのだから政府の(憲法)解釈は必要に応じて変わる」

ちょっと聞いただけで、唖然、呆然としませんか? これは法治主義の完全な否定です。非難されたあとから、とってつけたような言い訳をしようと、これは立憲主義や法治主義の完全な否定であり、あの人達の本音です。政権は選挙で多数を取った権力者なのだから、法治主義なんてやっていられるか、これからは権力者の意図による人治主義でいくんだ、という現政権の本音が見え見えです。

法的安定性とは憲法を頂点とする法体系や解釈、適用を頻繁に変えずに安定させ、人々の法に対する信頼を守ろうという法治国家の大原則です。時の権力者が勝手に憲法解釈を変えてしまえば、憲法が権力を制限する「立憲主義」は崩壊してしまいます。その人物は、自分は法律を学ぶ最高学府を卒業したけれども「立憲主義」などという言葉は聞いたことがないとも言い放っていました。これはその最高学府に対する手ひどい侮辱でしょうね。

現政権の本音漏らしは、まだありました。日本国憲法の三大原則(国民主権・基本的人権の尊重・平和主義)を批判し、「私はこの三つとも日本精神を破壊するものであり、大きな問題を孕んだ思想だと考えている。」と言い放った自民党衆議院議員がいましたね。

この呆れた暴言を見た時の私の最初の感想は、「まさか! ウソだろー!」でした。とても本当とは思えなかったのです。こんな自民党衆議院議員に極めて多額の税金が使われ、強い権限が与えられているのかと思うと、もう言葉もありません。この国はいつからこんな愚劣になってしまったのか。こんな愚劣な人間を選挙で当選させるようになってしまったのか、と絶望的な気持になります。

ナチス党の幹部達は演説や宣伝を通じた大衆操作には極めて長けていましたが、結局のところ、本質は凶悪なゴロツキでした。今回のことは、そのことを想起させます。1920年代〜30年代にかけては、世界で最も先進的な(つまり現在に近いという意味です)ワイマール憲法を制定していたドイツが、ナチスによる勝手な憲法解釈から始まり、あっという間の政権奪取、そして恐ろしい法律の制定、そして戦争、虐殺、破滅へと向かっていったことは周知の事実ですが、まさにあっという間でした。

以下は私見ですが、私が今回の法案に関して最も危惧していることです。こういう場で表現することにいささかの躊躇はあるのですが、現在の危機的な状況を考えますと、止むにやまれぬ心境なのです。

私は法律に関しては、まったくの素人なのですが、素人なりに感じていることがあります。それは法律には3つの強い特性があると言いうことです。

ひとつは、最初に申し上げましたように、法には法の精神が厳として存在するということです。法案の提案者は必ずその法を制定する目的=精神を持っています。今回の安保法令の精神は、断じて「戸締り論」ではありません。提案者達が権益を代表する軍産複合体の権益をさらに拡大し、その障害となりそうな思考を持った人間や組織を弱体化し、できればあらゆる手法を用いて弾圧し、日本を軍事大国にするという列強志向です。軍事面からしても、どうしても列強になりたいのでしょうね、現政権の人々は。でも、太平洋戦争に敗北した時、あの計り知れない犠牲を払って生き残った先人達は、日本は2度と再び、軍事力を使った列強にはならないと誓ったのです。

そもそも「戸締まり」だけなら、現在、既に十分な体制を持っています。なにもゴリ押ししてまで、違憲立法をする必要はさらさらありません。どうしても列強のひとつになりたいのです。そのためには内心は核装備だって厭わないことでしょう。

現在、まともな心を持った各界の多くの人達が、止むにやまれぬ心境で声を上げ始めているのは、法案提案者達のその意図がよくわかっているからだと思います。さきほどの愚劣な自民党衆議院議員の属する派閥の長が、これまた輪をかけて愚劣なことに、「法律を作ってしまった後なら何を言ってもいいが、制定前は少し慎め!」と言っていましたが、もはや何をか言わんやです。まったく言葉がありません。でもこうした本音漏らしから、この法律の精神が、よりはっきり判ります。

法のもうひとつの特性は、法は絶対的な強制力を持っているということです。法はいったん成立してしまうと、有無を言わさぬ絶大な権力となります。法に対抗することは、強大な国家権力そのものに直接対峙することになります。一度でも法に真剣に対峙したことがある方はよく判っていただけることと思います。

それから3つめの特性は、法はできてしまうと、とめどない拡大解釈とそれを促進する、執行現場の権力中枢に対する過剰な忖度が発生してしまう宿命を持っていることです。

法の強制部分を執行する現場の官僚達にとっては、条文の拡大解釈は最もやりたいことのひとつです。自分達の権限がそれだけ大きくなるからです。自分の判断や権益の追求が気兼ねなくできたら、執行現場の人間達にとっては、これはたまらなく魅力的なことでしょう。「政府が総合的に判断して決めます。」という言い方は、まさに政府への絶対的服従と白紙委任の強制を表現するあの人達流の言い方です。

さらにそれに加えて、自身の昇進や栄達のために、法の精神を忖度して、権力中枢が喜びそうなことを積極的に実行するのも宿命的なものです。戦前の日本には、こんなことが無数に起きていたのです。

もしも運悪く(本当に運としか言いようがありませんが・・・)私が大正末から昭和初期に生まれていたら、まず間違いなく、生きてはいられなかったと思います。戦場に送られて戦病死する以前に、体制翼賛に同調できない非国民として殺戮されていたと思います。これはある種の自負を持ってそう申し上げたいと思います。伝え聞く現在の北朝鮮とまったく同質か、それ以上の独裁体制が存在したのです、戦前の日本には。

こんな文章を書くのは、決して楽ではありません。いろいろな意味で、とてもしんどいことですが、8月15日という敗戦の日にあたって、どうしても書かずにはおられませんでした。あらためて近代日本の歴史を振り返って、そこから真摯に学ぶことがこれまで以上に大切になっていることを痛感しています。
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