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縁の下のバイオリン弾き
138 キャベツあれこれ
2017年6月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
この絵はスペインの画家、ホアン・サンチェス・コターン(1560−1627)が描いた「マルメロの実、キャベツ、メロン、きゅうり」(1602)という絵だ。西洋絵画史の中で静物画としてはもっとも早いもののひとつで、サンディエゴ美術館の至宝である。

キャベツやマルメロが糸で吊るされているのは腐敗をふせぐためで、これは台所の野菜置き場なのだ。同じ17世紀にオランダでもヤン・ステーンをはじめとする風俗画家が台所や市場の絵を描いた。場所柄その中にキャベツが描かれていることが珍しくない。

ところが近代の静物画になると、たいてい花やくだもの、つぼや楽器などで、野菜が描かれることはめったにない。台所や市場の絵が描かれることも少なくなった。私はこれを面白いことだと思う。キャベツをはじめとして日常よく使われる野菜はあまりにありきたりなので、絵の主題として珍重されなくなったとみえる。

しかしサンチェス・コターンのこの絵はなにか厳粛な静けさをたたえていて、見るものをはっとさせずにはおかない。


昔どういういきさつだったのか、ハワイから来た人を我が家に迎えた。その人はおみやげに瓶に入った野菜をくれた。

「玉菜(たまな)のつけものです」
「玉菜、といいますと…]
「ああ、わからないでしょうね。キャベツのことです。ハワイでは今でも玉菜という人が多いんです」

私はそのときはじめて玉菜という名前を聞いた。それまでそんなことばは聞いたことがなかった。丸いから玉菜というのだという。なるほど。

でも日本ではそのことばは消えてしまって、古い習慣を残しているハワイの日系社会だけで生き残っているらしい。

私がふしぎに思ったのは、せっかく与えられた玉菜という名前がなぜ消えてキャベツになってしまったのかということだ。それはたとえばじゃがいもがある日突然先祖返りをして「ポテト」とよばれるようになった、というようなものではないだろうか。あるいは玉ねぎがオニオンとよばれるようになった、とか。

セロリとかパセリとかの西洋野菜はオランダセリ、オランダミツバという和名があるらしいけれど、だれもそんなものは使わない。それにはいろいろ理由があるだろう。セロリやパセリは戦後洋食が食べられるようになってはじめて普及した、ということがひとつ。オランダミツバなんて名前は長すぎる、というのがひとつ。西洋のものを原語でよぶことがしゃれている、と思われたのがひとつ。

しかしキャベツは戦前からふつうに食べられていた。確かに生まれ育ちは西洋だが、日本ではとんかつのつけあわせに「生で」食べられるほど生活に密着していた。玉菜という名前が定着してもよかったはずだ。

正岡子規は随筆のなかで「キャベージ」「キャベツ」の両方を使っている。でも玉菜ということばは見あたらない。彼が病床についていた明治の中頃には「玉菜」ということばがまだできていなかったのであろう。

子規の親友、夏目漱石の弟子筋にあたる芥川龍之介は「玉菜」を使っている。「不思議な島」という短編のなかに野菜でできた山がでてくるのだが、その野菜の名前をずらずら列挙してあるなかにまっさきに玉菜が出てくる。この作品は大正12年、1923年に書かれた。子規が死んだのは1902年だから、この間に20年の開きがある。

この20年の間に玉菜という名前ができて、東京で一般に使われるようになったらしい。しかしそれは長続きしなかった。なぜか。私にはわからないけど、想像ではこれは白菜に関係がある。

白菜というと鍋物に使われたりしていかにも日本古来の野菜、というイメージが強い。しかしそれはイメージだけだ。実は白菜が中国から日本に伝わったのもキャベツと同じように明治にはいってからだった。つまりキャベツが新参の野菜だったように、白菜も江戸時代の人にはなじみのない野菜だったのだ。

このようにほとんど同時に日本に入ってきたキャベツと白菜だが、そのためかどうか、それぞれの守備範囲にはっきりとした違いができた。つまり、キャベツは西洋野菜で西洋の料理に使い、白菜は日本料理に使う、ということだ。

この対立のもと、西洋料理では「西洋」ということをことさら強調しなければならなかったから、いきおい原語(?)で呼ぶことになったのだろう。

一方の白菜は中国でもそのまま白菜(山東白菜)と呼ばれていたのが定着したのだろう。すぐに日本料理になじんで、つけものなんかで活躍することになった。丸菜という名前ではその白菜の仲間みたいだから、高級感をだすために「キャベツ」と呼ばれたのではないだろうか 。

要するに西洋崇拝の意識がキャベツという名前を定着させたのだと思う。

これは玉村豊男さんの随筆で知ったのだが、鶏の水炊きという料理は白菜ではなく、キャベツを使うのが本格だということだ。最初に水炊きを考案した料理人が香港でならった西洋料理にヒントを得たからだそうだ。それはキャベツひとつで「西洋」ということを主張できる、ということを示している。

そう考えるとなぜキャベツがとんかつのつけあわせに使われるかも理解できる。とんかつは日本でできた日本料理だけれど、あれをつくりあげた人の頭の中では西洋料理だったのだ。パン粉を使って油であげる、というところが日本古来の料理ではあり得ない。そのつけあわせとしてキャベツが使われたのももっともだ。

どこで読んだのかわすれてしまったけれど、第二次世界大戦中の特攻隊員で、奇跡的に生還した人の経験談を読んだことがある。明日は出撃、という晩、夕食に きざんだキャベツが山のように出された。本当はとんかつを出したいところだったんだろうけど、戦争末期でそれは無理だった。みんなでキャベツにソースをかけて食べたそうだ。その人は「世の中にこんなにうまいものがあったのか!」と感激しながら食べたという。

そういう話を聞くと私はかわいそうでたまらなくなる。でもキャベツにソースをかけて、それで「うまい」と思うのはもちろんとんかつの記憶があるからだろう。

西洋にはキャベツのサラダがあった。アメリカでコールスローと呼ばれる。このコールスローというのはオランダ語のよしであるが、なぜそれがアメリカで使われているか、というと、もともとニューヨークのオランダ人の間で作られていたからだという。ニューヨークは最初オランダの植民地だった。名前もニューアムステルダムといった。当時はコールスローが上手かどうかでその家の主婦の料理の腕が問われるぐらい重要な料理だった、ということを私は料理の本で読んだ。

キャベツをとんかつのつけあわせにすることを思いついた人の頭にはコールスローがあったんじゃないだろうか。

コールスローのコールというのはオランダ語でキャベツのことだそうだ。スローがサラダのことで、つまりキャベツ・サラダという意味だ。スペイン語でもキャベツはコルという。コールはまた英語でもキャベツの属するアブラナ科の総称だ。ふしぎに思って調べてみると、これはラテン語のcaulis(キャベツ)から来ていると書いてあった。

それでわかった。カリフラワー(cauliflower)は「キャベツの花」という意味だったのだ。

青汁をつくるケール(kale)という野菜の名前もコールから来ている。


それはわかったが、じゃかんじんのキャベージ(cabbage)という名前はどこから来たか。もとをたどると、なんとこれはラテン語の「頭」(caput)ということばからきているそうだ。

英語ではキャベツひとつを a head of cabbage という。動物のように、「一頭のキャベツ」というわけだ。なるほど、あの野菜を見ていると「頭」といいたい気持ちもわかる。よく学芸会なんかでこどもに「見物のことなんか気にするんじゃない。畑にキャベツが並んでいると思えばいいんだ」なんていってはげますけど、キャベツを引き合いに出すのはやっぱり頭に似ているからだろう。

ドイツ語でもkohlということばがあるようだけれど、もっとふつうなのはクラウト(kraut)ということばではないだろうか。これはたしかにキャベツなんだけど、英米ではドイツ人に対する差別語だ。ドイツ人がさかんに食べるザワークラウトからきていて、第一次世界大戦(ドイツが敵だった)から使われるようになった。「ザワークラウト食いのキャベツ野郎」といいたいのだろう。

ザワークラウトはごぞんじのようにキャベツのつけもので、ドイツ料理には欠かせないものだ。でもなにもドイツでなくとも、ヨーロッパでキャベツはもっとも古い野菜のひとつだということだ。そもそもヨーロッパにはろくな野菜がなかったらしい。だから量が多くて日持ちのするキャベツは大切な野菜で、そのためにヨーロッパ各国にキャベツのスープがある。よくロシア小説なんかに「キャベツのスープのにおいがただよっていた」という形容が出てくるが、あれはつまり貧乏くさい、ということなんだと思う。

もう何十年も前、リンダと一緒にメキシコ・シティに行ったことがある。中心にあるアラメダ公園に夕方行くと食べ物の屋台がいっぱいでていた。若い者がきびきび働いていたが、お客の若い女性に「セニョリータ、もっと青みはどうかね」とかいってキャベツのきざんだのをタコスにふりかけていた。それが日本のとんかつについてくるキャベツと寸分違わないといっていいほどよく似ていた。青みと書いたけど、原語はverde(緑)で野菜という意味だ。どこでも庶民的な野菜はキャベツにとどめをさすんだな、と感心したものだった。

たとえばソースやきそばのキャベツだ。キャベツがなければあれはできない。漫画家の石坂啓さんの随筆で読んだのだが、彼女の妹が何年か北京で暮らしたあと日本に帰ってきたときに、「何が食べたい?」と聞いたら「やきそば」と答えた、と書いていた。その気持ちわかりますね。

石坂さんは名古屋出身で、その地のお好み焼きのことも書いている。名古屋のお好み焼きは独特で、彼女の「男嫌い」という本から引用すれば、「粉をといてクレープのように薄くひく。魚粉を振ってとろろ昆布をのせてキャベツをざばざば積む。干しエビ、天かす、紅ショウガ、それからイカだのエビだのブタ肉だのを、ケチらず広げてまた粉をかける」という手順だ。広島や大阪のようにキャベツをあらかじめといた粉とまぜることをしない。私は15歳で名古屋を離れてからあのスタイルのお好み焼きを食べたことがないけれど、でもほかの地方のやり方で食べる気にはなれない。

香港ではレストランで食べる中国料理のなかにはふつうキャベツは出てこなかった。ただ、「安い」レストランで出す回鍋肉(ホイグォロウ)という料理でだけ、キャベツにお目にかかった。ホイグォロウは四川料理で、もともとはピーマンを使う。これをケチってキャベツを使うのが「安い」回鍋肉だが、実は私はこのほうが好きだった。日本でもこれの方が一般的なようだ。

というわけで、せっかく原語を使ってもキャベツは高級野菜になりそこねた。しかしだからこそ我々はキャベツに親しみを感じるのではないだろうか。

それにしても、なぜキャベージがキャベツになったんだろう。わからない。
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