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縁の下のバイオリン弾き
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2018年3月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ エマ・ゴンザレス
オリンピックのフィギュアスケート女子フリーを見た。ロシアの18歳のエフゲニア・メドベージェワと15歳のアリーナ・ザギトワが大接戦を演じ、結局ザギトワが勝ちを制した。

いずれおとらぬ完璧な演技で、どうやって審査員は点をつけるのか、つけることが正しいのかとまで思ってしまった。その差1点。

メドベージェワは演技終了後、緊張から解放されたせいだろう、あふれる涙を抑えることができずに泣き崩れた。

その姿は美しかった。持てるものをすべて出しつくし、全力で戦ったから悔いはない、という気持ちが全身からにじみ出ていた。

スポーツの最高の瞬間がそこにあった。私はそれを眺めながら、その前日に見た同じ18歳の少女の涙を思わないではいられなかった。

その少女の名はエマ・ゴンザレス。2月14日のバレンタインデーにフロリダ州パークランドで起こった高校乱射事件で生き残った生徒のひとりだ。もしこの事件が起こらなければ卒業を6月にひかえた平凡な3年生でいられたはずだった。

犯人は退学処分になっていた19歳の元生徒で、自動小銃で17人の学生や教職員を殺した。15人が重軽傷を負った。

なるべくたくさんの学生を殺すことを目的として火災報知器を鳴らし、教室から出てきた生徒をねらい撃ちにした。身の毛のよだつ残虐事件だ。

その攻撃は6分ほどしか続かなかったけれど、警察によって解放されるまでエマは他の生徒とともに講堂の床に伏せて、2時間以上死の恐怖と闘わねばならなかった。

だれもがスマホを持っているから親兄弟と連絡を取り、これが最後かもしれないと別れをつげ、「愛している」と言い合った。この文明の利器のために親は魂のつぶれるような悲嘆と焦燥のどん底にたたきこまれたにちがいない。

他の社会では考えられないような銃による大量虐殺事件がアメリカではこれまでに何度も起こっている。そのたびに犠牲者の家族は悲嘆にくれ、メディアは大騒ぎし、結局はなんの変化も起きずに忘れさられる、というのがパターンだった。

しかし今回はちがった。犠牲者の仲間である生徒達が銃規制をめざして立ち上がったのである。エマはその代表のひとりだ。事件がおこってから3日後、彼女が学校からほど近いフォートローダーデール市で生徒や親を相手に演説した映像がある。

12分近い演説の間じゅう、ずっと涙を流しているのだけれど、そう聞いて連想される弱々しいイメージとは正反対の断固とした口調でしゃべっている。

あとからあとから勝手にふきでてくる涙をじゃまくさそうに素手でぬぐいながら、怒りに燃えたって、子供の命を守ることができないこの社会を糾弾している。

彼女の怒りは銃保持の権利を強力に主張するNRA(全米ライフル協会)とその走狗(そうく)となりさがった政治家たちに向けられた。NRAは圧力団体で、政治家に多額の献金をしてすべての銃規制の動きを封じこもうとする。国民の大多数がなんらかの銃規制が必要だと感じているにもかかわらず、NRAは市民の安全のための最大の障害になっている。

エマはその目で級友や先生が弾丸で殺される現場を見ているのだ。無残な死体となってころがった彼らを見ているのだ。怒るのもむりはない。滝のような涙を流すのもむりはない。

「あたしたちが週末の予定を立てるより、もっと簡単に自動小銃が買えて、それになんの許可もいらない、銃を隠して持っていてもなんのお咎めもないなんて社会、だれにも理解できないよね。 あたしたちが何にもしないなら、みんなどんどん殺されていくばっかりなんだよ。

こういう事件が起こるといつも犯人は精神を病んでいた、って言われる。あたしは精神科医じゃないからわからない。でもこれは精神だけの問題じゃない。もしナイフしかなかったのなら、あの男はこんなにたくさんの生徒を殺すことはできなかったはず。

われわれの名前はね、将来必ず学校の教科書にのる。大量虐殺の犠牲者としてじゃない!銃による暴力を根絶した者として。最後の虐殺事件の当事者として。

あたしたちは法律を変えるんだ。あたしたちの高校は教師も生徒も親もみんなが一丸となって目的のために努力する。死んでしまった生徒、今も入院している生徒、心に傷を負った生徒、パニックに襲われる生徒のために。

もし大統領があたしにむかって、あってはならない悲劇だった、でもどうしようもなかったなんていうんだったらあたしはいってやる。『NRAからいくらもらったの』って。(拍手と大歓声)でもほんとは聞くまでもない。だってあたし知ってるんだもん。3千万ドル(30億円)だよ!その金を今年に入ってから一ヶ月半のうちに銃で殺された人数で割ったら、一人当たり5千8百ドルにしかならない。それがあたしたちの値段なの、トランプ? あんたが銃を規制しなけりゃ、犠牲の人数はうなぎのぼりになって、最後はあたしたちただになっちゃうじゃないか。

NRAから金をもらってる政治家連中、恥を知れ!(「恥を知れ!」の大合唱)

嘘ばかりつく政府のお偉方なんかくそくらえだ。あたしたちのことを自己中でファッションにしか興味がないとかいって意見を言わせないようにするメディアもくそくらえだ。上院と下院の金ぴか椅子に座ってNRAの金をもらい、事件を防ぐすべはなかったなんていう議員はくそくらえだ。銃を持つ正義の味方が悪漢を退治するなんていうおとぎ話はくそくらえだ。規制しても銃による悲劇はなくならないなんていう奴はくそくらえだ。銃はナイフや車と同じ、ただの道具だなんていう奴らはくそくらえだ。未熟なガキになにがわかるなんていう奴らもくそくらえだ。

あたしに賛成なら投票に行って。そして自分が選んだ議員に会って気持ちをぶちまけて!」

この激烈なメッセージを18歳の女の子が涙をぬぐいつつ早口でまくしたてる。 若者がもう大人には任せておけないと自分たちで世界を変えるべく立ち上がったのだ。その強さに、その涙に私は感動した。

彼女だけではない。15、6歳の男女の生徒がテレビのインタビューで理路整然とまっとうな意見をのべる。そんな年齢とは思えないほど成熟した印象を受ける。

ある生徒はこう語った。「僕は事件で兄弟同然の親友を失った。そのあくる日誕生日を迎えて、僕は18歳になった。あれだけの人数を殺した銃を買う権利が今の僕にあるなんて、とても信じられない」

この高校はごく普通の学校で、特に優秀だというわけではないようだ。それどころか、小学生の時から学校が銃襲撃のターゲットになり得ると教えられて、おそれをいだきつつ通学している生徒が大部分なのだ。

でもエマは学校でAP Govという授業をとっていた。これは大学レベルの授業を高校で教えるクラスで、政府の役割を学ぶ授業だ。演説のなかで、「今ここで話していることを、あたしたちは一生懸命勉強してきたんだ」といっている。

エマと同級生たちは3月24日にワシントンで「われわれの命のための」行進をすることを決定した。そしてこの銃規制運動を「二度と再び」運動と名づけた。

しかしこの「銃規制」は情けないほど本質から外れたところから開始しなければならない。 本格的な銃規制などまだまだの段階なのだ。

まず第一にしなければならないことは銃を買える年齢を18歳から21歳に引き上げること。アメリカでは21歳になるまで飲酒はできないのに、18歳から銃が買える。これは兵役年齢が18歳以上だからだ。

今回虐殺に使われた自動小銃はAR-15といって、軍用のM16と同じものだ。ちがうところは軍用のものは引き金をひけば弾丸が連続して発射されるフル・オートマチックなのに対し、市販のものは一発ずつ引き金を引かなければならない、ということだ。ところがこの銃をフル・オートマチックに変換する付属部品が売られている。その販売は野放しなのだ。

それだけではない。銃声を消すための消音器も売られている。冗談ではない。消音器つきの武器なんて007の世界ではないか。

これらの販売を禁止しなければならない。

憲法修正第2条というのがあって、銃所持を認めているように聞こえるので、銃を禁ずることは憲法違反であり、さらにアメリカ人すべてに認められている自由を侵害することになる、と思われている(これには正反対の解釈がある )。

その条項は「規律ある民兵は自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」(斎藤眞訳)。

ここで「民兵」と言っているのは、昔、独立したての合衆国では常備軍を持つことに反対する気持ちが強く、国家の防衛は、普通の人が一朝事あるときに銃をもって立ち上がる「民兵」に頼る、というシステムだったからだ。常備軍を嫌うのは政府が圧政をしいた場合、人民は反乱を起こす権利を持っているという思想があるためだ。

第2条を成立させたそもそもの懸念は消滅したとみえて、現在は世界最大最強の常備軍をもっている。それでもこの条項はなくならない。

アメリカ人以外には理解がむずかしい条項だけれど、その是非を議論することからして容易ではない。銃規制派が最初に言うことが、第2条の廃止を訴えているのでは「ない」ということだ。そう言わないとだれもとりあってくれないのだ ( 修正条項は絶対に廃止できないものではない。いい例が禁酒法だ。これは修正第18条として憲法に加えられたが、13年でとりやめになった)。

私はアメリカ人ではないので、この条項が正気の沙汰とは思われない。修正第2条ができたのは227年前のことだ。当時の銃は単発銃だった。銃口から定量の火薬をいれ、弾丸を入れ、それがころがりでないように布切れをつめ、さらに発火装置として撃鉄があたるところに少量の火薬を置いてはじめて弾丸が撃てる。連射どころか、一発発射するまでにやたらと時間がかかった。

第2条は発効当時のままなのに、銃のほうの発達はすさまじく、今回使われたような自動小銃類は1分間に30発から50発の弾丸を連射することができるまでになっている。戦争以外使い道のない機関銃だ。200年前には想像もできなかった武器をこんなに古い法律で律しようというのは、レーシングカーに馬車の規則をあてはめるようなものだ。

しかし銃規制反対派にとっては、法律などどうでもいいのだ。条文がどうであれ、「銃を持つ自由」は決して侵してはならないものだとする気持ちが強い。

フロリダの高校生たちは「おまえのその自由を死守するために、子供たちを見殺しにしてもいいのか」と問いかけた。統計によると2017年だけで345件の銃乱射事件がおきている。エマも演説でいっているように「日本では(銃による)大量虐殺は一件もない」のに。

彼女の当面の目標はワシントンでの「命の行進」を成功させることと、11月の中間選挙で NRAの支援をうけた議員たちを落選させることだ。さらにはNRAそのものを消滅させたいと考えている。

我々日本人から見れば当然すぎるほど当然のことのように見えるけれど、それがアメリカではいかに難しいことか、住んでいない人には理解できないだろう。エマの怒りと悲しみの涙がそれを象徴している。



後記)文中の演説は部分訳です。演説の様子はここで見ることができます。

http://www.bbc.com/japanese/43108591




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