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辺境が好き 前編 |
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2005年4月18日 |
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 | 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]
福岡県生まれ、横浜市に住む。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在は気ままな主婦生活を楽しんでいる。著書に『朝鮮王朝の衣装と装身具』(淡交社、共著)『韓国の近代文学』(柏書房、翻訳)などがある。現在、文化交流を目的とした十長生の会を友人たちと運営、活動している。 |
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▲ トルコ石のネックレスの重ねづけ
パール使いのロングネックレスを3重に巻き、さらにチェーン使いのものをかけた。トルコ石の間のスペーサーも薄いピンクのマベパール。 |
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なぜか私は辺境に惹かれる。大都会を旅するよりも辺鄙な田舎、それも距離的にできるだけ遠い場所がいい。
それは不便な場所でサバイバル…というのともちょっと違う。私にとって“見知らぬ場所”の代名詞、それが“辺境”であり、辺境は私に世界の広がりを感じさせてくれる。
“辺境”を広辞苑で引くと、「辺境・辺彊…中央から遠く離れたくにざかい、またはその地。辺界」とある。また「辺彊地区…中国奥地の呼称。察哈爾(チャハル)・綏遠・甘粛・青海・新疆・寧夏・西康の各省および西蔵(チベット)などを含めて言った」とも書かれている。同じ“へんきょう”でも“偏境”は、片田舎・僻地とある。
そうか。私が心惹かれる場所は、辺境と偏境、そのどちらでもあるようだ。遠い果ての地といっても、ただ自然が広がるばかりで人のにおいがしないところには魅力がない。人びとの生活する遠い地…それが私のイメージする辺境である。私の脳裏に浮かぶそれらの土地の風景はどこかおとぎ話じみていて、幼い頃に祖父か父が私に差し出してくれた「西遊記」に描かれた風景に似ている。
その本の題名を思うとき私は、物語の挿絵だったか記述だったか…その両方が入り混じったような辺境のイメージとともに、自分が育った、70年以上もたった田舎の家を思い出す。
九州の、今はないその家は、初夏には泰山木と金木犀のにおう縁側や、それらの黒くて白っぽい幹の色のように風化し、本を読む時私がいつももたれていた柱や、そこに座ると視野の端にちらちら見えた木瓜(ぼけ)の赤い花や、風に乗って鼻をかすめる夏みかんの花の香りなど…と渾然一体となって私の脳裏に蘇るのである。
そして西遊記に描かれた風景は、人形の形をした実のなる木や、桃源郷や、西域の砂漠やオアシスなどであった。それらは故郷の、神社のマキの大木になる(じいさんばあさんというおかしな名前で幼い私たちが呼んでいた)不思議な形の実や、山あいの一軒屋のそこだけが明るく光が差しているのに誘われ足を踏み入れたザボン園や、貝殻を拾って遊んだ砂浜や、母方の祖母が晩年に一日のほとんどを過ごした、脇に甘い湧き水の出る菜園などといつの間にか重なり合っている。
中国の奥地には漢字ばかりの不思議な地名が多く、それらもまた私の想像力を掻き立て、見知らぬ土地なのになつかしいような風景へと私をいざなう。
なんと読むのか知れずとも、もとは漢字という共通の文化と似た顔つきをもつ人びとには親近感を持ちこそすれ、敵対心などみじんもないのに、ここ数日報道されている中国都市部のデモ騒ぎを見ていると、なにか政治的意図でもあるのではないかと悲しい勘ぐりをしてしまう。情報に溢れた現代、本当の情報を見分けるのはどこの国の人にも難しい。
私は実際、中国の奥地に旅した。西安の大通りには、日本で聞いたとおり京都と同じ地名が並び、ネオンもなにもない暗い夜空の下に裸電球に照らされた串焼き肉の店が延々と軒を連ねていたが、ずっと後にトルコの田舎にある料理店の庭先でシシカバブの肉をほおばったとき、その香辛料のにおいとともに私はそこからはるか離れたこの西安の露店を思った。
西安の西120Km、シルクロードの入り口だったといわれる法門寺(釈迦の指の舎利が奉られているといわれる)に向かう道は、白い土埃の舞う、例えようもないほどのデコボコ道だった。それはやがて始まる砂漠の道を連想させるが、旅の疲れで車中居眠りばかりしている私には、そんなことは夢のかなたのことであった。
私の辺境好きは、父の突端好きとどこか似ている。思い返せば、父と(とくに父が病気に倒れ一時回復してから再び寝付くまでの間に)一緒に旅行した場所がことごとく日本列島の端々だったのは可笑しい。北海道最北端の地稚内、静岡県の石廊崎、九州最南端の鹿児島県長崎鼻…そしてついに父が行きそびれたのは能登半島であった。
そしてあの西遊記に記された西域は、父が心酔したシルクロードと重なる。父はそれらの地になにを見ていたのだろう。あるいはなにが見たかったのだろう。快適さと便利さを求める旅なら、大都会へ行けばいいのだ。
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