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寄り道まわり道
20 遍歴
2005年1月30日
吉田 美智枝 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]

福岡県生まれ、横浜市在住。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在に至る。自作のアクセサリーをBeads Duoというブランドで販売しながら、韓国の主に女性たちについてエッセーを執筆中。『朝鮮王朝の衣装と装身具』(共著)、韓国近代文学選などの翻訳がある。
▲ トルコ石と赤いビーズのネックレスとイヤリング。
しずく型のビーズはフランスのヴィンテージビーズ。
▲ トルコ石だけで。
遍歴といっても華麗なる男性遍歴の話ではない。4人の運転手の話である。タイでの生活の質を決めるのに大事な要素がいくつかあるが、メイドや運転手との関係はその筆頭であろう。なぜなら彼らとは一日のうち家族の誰より長い時間を一緒に過ごすことになるからだ。

今は、バンコクではメイドや運転手の賃金が上がり、彼らを雇う外国人は以前に比べかなり少なくなったようだが、私が滞在していた頃はまだまだ雇う家庭が多かった。雇い主がどこで、何を食べ、誰と会っているか…そのほとんどを把握している存在が運転手なのである。

彼らはいわゆるファミリーカーの運転手で(夫には会社で雇用された運転手がいた)、タイ語学校への通学、ボランティア活動、買い物、会食などの送り迎え、そして時にはボディーガードさえ務めてくれた。

わが家では、レックさん、ダナイさん、ソムチャイさん、ウィチャックさんという20歳から30歳の4人の男性たちが入れ替わり私の運転手をしてくれた。

当初私はタイ語が話せなかったので、最初の運転手レックさんとは簡単な英語で意思疎通をした。彼は頭の回転が速く、仕事熱心で、待ち時間には車内のラジオで英会話の番組を聞くなど向学心もあった。だが、困ることもあった。

朝、車に乗るとじわりと賃上げ交渉が始まる。私の車はタイで買った中古の日本車だったが、私は、彼があまり頻繁に修理工場に行っては部品を交換するので(ただならぬ数量だった)、彼には申し訳ないが、彼が部品工場の誰かとつるんでひと儲けを企んでいるのではないかと疑心暗鬼になったりした。

必要以上のことをしないよう、また彼の給料は私の一存では上げられないことなどを、下手な英語でしばしば説明しなければならず、私は心の休まる暇がなかった。

彼は、1年が過ぎた頃から2,3日行方不明になることがあった。最初は旅行に行くといって休暇申請をしてのことだったが、そのうち連絡もなく数日姿を現さないことが何度かあった。

1週間ぶりに彼が姿を現したある朝、私は彼に車のキーをしばらく私に預けてほしいといった。彼はそれを“クビにされた”と受け取ったのか、本当に出勤しなくなってしまった。なんとも後味のよくない別れ方をしたものだ。しかし、その後も彼は後任者が休暇の時などに臨時で来てくれることがあり、彼がやめた当時の気まずさは少しずつ薄れていった。

次に来たのはダナイさんだった。丸みを帯びた体型で動作もゆったりとした彼は、のんきな性分でどこかかわいげがあった。彼は一方通行が多い迷路のようなスクンビットのソイ(路地)が大の苦手で、しばしば行き止まりに迷い込んだ。彼が「オクサン」の次に覚えた日本語は「ダナイさん、Uターン」という言葉だった。

月曜の朝になるとよく「マイサバイ」(気分・体調が悪い)と二日酔いの声で、欠勤を知らせる電話がかかってきた。この「マイサバイ」ということばは曲者で、使う側には便利だがいわれた側は反論が難しい。なにしろサバイ(心地よい)は、他のスワイ(美しい)、サヌック(面白い)、サワン(清潔)と同様に(4Sといわれる)タイ人にとってとても重要な価値を持っているからだ。

その頃私は、タイ語学校に行くため毎朝8時には家を出ていたが、ある朝どんなに待っても彼は現れない。仕方なく私はタクシーに乗り学校に向かった。

車中、私の携帯電話に彼からの電話が鳴る。
「奥さん、どうして待っていてくれなかったの?」
こんなことは茶飯事だった。こちらの語気も荒くなるというものだ。

彼はプライドが高く、拘束されるのが嫌いだった。私は、予定より早く用事が済むと彼の携帯に電話をすることがあったが、私から電話をもらうのは“マイサバイ・チャイ“(不愉快)だったらしい。(彼が私に電話をすることはあっても…。)じきに私はクビになった。

3人目はソムチャイさんである。彼は他の3人と同様、派遣会社から派遣されたドライバーで、風貌どおり話し振りも態度もきちんとしていて、私はようやく理想的なドライバーにめぐり会えたと喜んだ。が、それもつかの間(わずか2週間だった)、彼にはすでに次の仕事が決まっていた。つまり次が見つかるまでのつなぎ役として私のところへよこされたのだったが、私がそれを知ったのは、彼が去る前日のことだった。(と今の今まで思っていたが、実は体よく袖にされたのかも…)

「奥さんが20分待てといったら、それは30分だ!」
これが、ダナイさんからソムチャイさんへの引継ぎ事項だった。テキもさるもの! 私の癖はお見通しだった。それにこの引継ぎ事項ちゃんと4人目にも引き継がれていたのだから驚く。

最後はウィチャクさんだ。わが家に来たのは彼が20歳になったばかりのころで、派遣会社に入社して3日目、新米もいいとこだった。東北部のイサンから出てきて、5か月ほど中国系の殺虫剤をつくる会社で荷物の運搬をしていたのだという。世知に疎い新人なら、クセが強く口うるさい“オクサン”のもとでもなんとか務まるだろうというわけか…などと勘ぐりたくなる。おっと、遍歴を重ねるとどうもいけない。派遣会社に感謝こそすれ、深読みなぞすべきでない。

結論をいえば、彼は優れたドライバーだった。見るからに子どもっぽく経験はなかったが、呑み込みが早く、問題のスクンビットのソイもヘイチャラだった。私が帰国するその日まで1年半の間、無遅刻無欠勤(若いドライバーには本当に珍しい)、誠実な勤務態度、冗談も通じる得難い人材だったのである。彼が来てからというもの、私の人生(大げさ!)順風満帆だった。

4人のドライバーはそれぞれに個性豊かな男たちだった。「いわれた通りに動き、ただじっと待つ」という仕事を黙々とこなす彼らの姿には、タイ人本来の穏やかさや忍耐強さがあった。思えば、仕事をもつ男性たちに仕える運転手と違って、こまごまとした、ほとんどがお遊びのような用事に付き合わされる彼らこそ大変だったろう。彼らの働き、優しさはタイ生活での私の大きな支えであった。何よりも彼らを通じて、私は、本当のコミュニケーションとはなにかを考えるようになった。そして、その答えはまだ出ていない。
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