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108 「無縁社会」
2010年2月28日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
「無縁社会」


NHKの調査によると、判明分だけでも現在日本全国で、身元不明や遺族に引き取りを拒否された「無縁死」は、年間3万2千人にのぼるのだそうです。単純計算すれば、全国では毎日90人近い人が、弔う人もなく、自治体の手によって「行旅死亡人(こうりょしぼうにん)」として遺骨にされ、無縁墓地に葬られていることになります。

行旅死亡人(こうりょしぼうにん)という言葉は、昔、どこかで聞いた記憶がある「行き倒れ」を思い起こさせるものですが、法的に定められた行政用語としてちゃんと存在するのだそうです。

行旅死亡人とは、本人の氏名または本籍地・住所などが判明しないで、かつ遺体の引き取り手も存在しない死者を指すもので、行き倒れている人の身分を表す法律上の呼称です。

行旅死亡人は、死亡推定日時や発見された場所、所持品や外見などの特徴などが、市町村長名義で官報に公告として掲載されると共に、当該地方自治体が遺体を火葬し遺骨として保存し、その後は無縁墓地に葬ることになります。

住居内で遺体が発見された場合でも、身元不明の場合はこれに該当します。近年、他者や家族とのつながりが希薄になり、親族であっても連絡を取り合わないケースも多く、そのために、死亡時に本人の身元がはっきりわかるものを所持していても、親族がいないものと判断され、無縁墓地に埋葬されるケースもあるのだそうで、生涯未婚率の上昇や熟年離婚等もその増加に拍車をかけているとのことです。

普段私はTVとは比較的縁遠いのですが、時々、新聞の番組表から面白そうなものを選び出して見ることがあります。過日、1月31日(日)夜9時からのNHKスペシャル「無縁社会」という1時間番組も、そうやって私が見た番組なのですが、2つの意味で大きな衝撃を受けました。

ひとつは、無縁死の人数のあまりの多さに。そしてもうひとつは、熟年離婚の末に完全に孤独な老後を送る1人の人物が取り上げられていたのですが、その人を私はかつてよく存じ上げていたというあまりの偶然に!

番組ではまず、70歳代と思われる男性が1人暮らしのアパートのこたつで死亡しているのが死後1ヶ月後くらいに発見され、氏名不詳のまま遺骨になった事例が取り上げられていました。調査の結果、秋田から上京して生涯独身で働き、給食会社を定年退職後は、派遣社員として不定期に工場で働いていた人物だということがわかりました。亡くなる直前まで、両親の供養料を故郷の寺に送り続けていましたが、結局本人は、両親の墓に入ることもなく、無縁墓地に葬られました。

そんな例がもう1人続いた後、ナレーションは、こうした無縁死がこれからさらに増加する可能性を示す例として、熟年離婚による孤立した人達の増加を説明していました。そこで登場したのが、Tさんという人物でした。年齢は私とほぼ同じで、今から30年ほど前、私の住む久喜市にあった、大手都市銀行、M銀行の久喜支店勤務の方でした。姓名の姓の方は、珍しくない名前なのですが、名の方に特徴があり、実名のナレーションを聞いた時、私はすぐに彼を思い出すことができました。

「え、あのTさん!」と思わず口に出して、それでなくとも惹き付けられて見ていた番組をさらに食い入るように眺めました。もちろん年齢による変化が、顔つきや体つきにも見られましたが、当時、他のどの銀行よりも熱心に通って来ていた、あのM銀行営業マンのTさんに間違いありませんでした。当時彼は、東京都小平市からの遠距離通勤であったにもかかわらず、時折、夜遅くまで営業活動をしていたことを記憶しています。

銀行員の常として、当地に3年ほど居た後は、M銀行の猛烈社員としてさらに他所で奮闘し、NASAがアポロを月に送り込んだ際に使用した、ユニバックの同水準のコンピューターの導入を担当した時の誇らしい気持を番組内で語っていた時の顔は、たしかに当時を彷彿とさせるものでした。

でもその後40歳代で過労により身体をこわし、さらに50歳代で離婚して、奥さんと子供さん2人が去り、現在は完全な孤独の中、地元の有料老人ホームで暮らしています。ウツ病の薬も飲んでいると言っておられましたから、やはりつらいのだと思います。

働きざかりには、仕事一筋でしたから、地域との「地縁」はほとんどなく、家族との「血縁」を失い、さらに退職後は会社との「社縁」も無くしてしまった人の人生として、Tさんは実名で登場していました。

彼が肌身離さず持っている宝モノは、かつて長男が修学旅行先から買って来てくれたTさんのフルネームがローマ字で刻印された金属製のキーホルダーだと言って、ポケットから出して見せてくれたその宝モノを見て、ああ、あのTさんにも、こうした家庭生活があったのだと、当時のことを思い出して、思わずジーンとしてしまいました。旅先で仲のよさそうな老夫婦を見たことを語る時、長い時間言葉を詰まらせていましたから、やはりTさんにとっても、離婚は不本意であったのでしょう。

番組はその後、生涯未婚者の増加を取り上げていました。予想では2030年頃の日本では、男性の3人に1人、女性の4人に1人が生涯未婚者になるかもしれないとのことでしたから、いささか大げさな数字だとしても、孤独な晩年を送る人が増える一方なことは明らかです。

番組内で、本人の身元が判明した場合でも、「死体の埋葬又は火葬を行う者がないとき」は、墓地埋葬法第9条にもとづき、「行旅死亡人」と同様に地方自治体が遺体を処理すると聞かされて、なんだか言いようのない不安な気持になりました。

Tさんを尋ねて小平市の有料老人ホームを訪れることはまずないと思いますが、私はTさんの今後の平安とご多幸を心から祈りたい気持になりました。時代が投げかけている重い課題のひとつですね。

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