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ボーダーを越えて
142 アメリカの理想
2009年1月21日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ うちの近所の投票所はいつも普通の住宅のガレージです。投票日にはその家の前に「投票所」と英語、スペイン語、タガログ語、ベトナム語で書いた貼り紙をゴミ回収箱が置かれるのですが、この貼り紙が、人種、信条、出身地が違っても同等に公民権があることを象徴していると思います。
今朝は7時半に起きました。特別なことがなければ、こんな時間に起きたりはしません。(就寝時刻がどうしても午前3時過ぎになってしまうので、早く起きなければならない特別の理由がなければ、いつもは10時ぐらいまで寝ているのです。)アメリカに来てから35年11ヶ月になるというのに、これまで大統領就任式祭典など全く興味がなく、テレビ中継でも観たこともなかった私には、今日はもちろん特別で格別の日です。

就任式は西海岸時間の午前9時(現地時間では正午)に始まる予定でしたが、8時前にはテレビのスイッチを入れました。あちこちのチャンネルが既に中継を始めていましたが、これまでずっとブッシュ批判をはっきりとしてきたMSNBCという有線チャンネルを選びました。いつもだったらコマーシャルがいっぱいなのに、きょうはほとんどコマーシャルなしで放送しています。ブッシュ夫婦がホワイトハウスを裏口から出る場面では、遠慮なくブッシュを揶揄して、痛快な中継でした。

天候が心配されたワシントンは、快晴ではあっても厳しい寒波に襲われて、暖かいカリフォルニアから見ていて本当に気の毒になってしまいました。それにもめげず、式場の連邦議事堂前の緑地地帯(「ナショナル・モール」と呼ばれます)は早朝から詰めかけた人々でいっぱい。(推定では200万人が集まったそうですね。)笑顔たっぷりで歓声を上げてこの日をお祝いしている姿が何よりも感動的でした。いえ、西海岸でもとっくに日が暮れたいまもアメリカ中にその姿は溢れています。

就任式は日本でも十分報道されたでしょうから、わざわざ私が報告する必要はありませんね。ただ個人的な感想を2点述べさせていただきます。まず1点は、儀式とは参加してこそ意味あるもので、ただ見物するだけでは不十分ということ。肉声を聞き、その場の空気を吸わないと、全体をとても吸収できないと感じました。オバマ大統領のメッセージが、市民の1人1人がアメリカ再建に参加せよというものだけに、儀式に参加することの意味が大きく響いてきました。

もう1点は、大統領就任式を最初から最後まで初めて見ていて、式典がどんなに宗教に基づいているかということです。白状すると、無信仰の私には少々宗教色が強すぎる感じがしました。でも、それがアメリカ社会なのだとも思います。就任の宣誓は聖書に手を載せ、神に言及して行うことは知っていましたが、就任式の最初に神に呼びかける祈りの言葉があり、最後は神に感謝を捧げる祈りの言葉があって、神様だらけという感じなのです。

就任式を見ながら、私はアレクシス・ド・トクヴィル(Alexis de Tocqueville)のアメリカ分析を思い起こさずにはいられませんでした。トクヴィルはフランス人ですが、1831年に9ヶ月に渡ってアメリカを旅行し、社会科学をかじった人なら知っているはずと言っていいほどに有名な『アメリカの民主主義』という本を1835年と1840年に合計2巻出版したのです。私は大学院1年目でそれを読んだのですが、19世紀前半に書かれたことが、いまのアメリカにもそのまま当てはまるということにびっくりしたものです。個人の対等感が徹底して浸透しているアメリカでは、人々は自由結社に属したり、宗教を拠り所としたり、ボランティア活動に貢献したりして孤立感を乗り越えようとしているとトクヴィルは見たのです。トクヴィルが見たままのアメリカを、180年以上も経たいま、見ているのだという気がしました。

でも、180年前の、いえ、20年、いえいえ10年前のアメリカといまのアメリカは違います。あらゆる個人が対等であるというアメリカの理想が、いま、実現に向けて着実な第1歩を踏み出したのです。そのことの意味を、この社会にずっとあとから加わった私も、いま、じっと噛みしめています。

アメリカ社会に人種差別が消えたというのではもちろんありません。でも、アメリカが確実に差別のない社会をはっきり目指して進んでいることは確かです。同じようなことが日本でも起こってほしいと、日本人の私は思うのです。

オバマ就任に先立つ先週、1月15日付けニューヨークタイムズ紙が、日本では非解放部落出身者に対する差別が根強く残っているという記事を掲載しました。そして野中広務が、麻生太郎に、ある会合で「野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」と言ったと糾弾したけれど、麻生は謝罪もしていないという例を出していました。いまごろなぜニューヨークタイムズ紙がその記事を載せたのかわかりませんが(同じようなことをニューヨークタイムズ紙はたびたびやるのです)、そのことは日本でも大きく報道されたのでしょうか。されたとしたら、そのことが大きく問題として取り上げられたということは聞いたことがありません。それとも日本の報道機関は、それを深刻な問題としては取り上げなかったのでしょうか。どちらにせよ、非解放部落出身者が日本の総理大臣になる日が来るというのは、まだまだ先のことだろうと考える次第です。

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