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縁の下のバイオリン弾き
86 干し野菜
2014年1月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 作成中の割り干し大根と猫
我が家では今まで野菜を買いすぎてだめにしてしまう、ということがよくおこった。とくに問題なのは白菜とか大根とかいう大きめの野菜で、冷蔵庫に入れておくうちに日数がたって、くさるわけではないけれど、食べるには適さないものになってしまう。

買ったその日のうちに処理すればいいのだ。けれど、それを実行しても、残った野菜は「いずれそのうち」と思っている間にしなびてしまう。

年末から大根2本が冷蔵庫に横たわっているのが気になっていたのだが、もうぶよぶよになっているので料理に使う気にならない。

思い立って1本は干すことにした。適当に切って、それをメッシュ(金網)のざるにいれ、上に「炒め物をする時に油が飛ばないようフライパンの上にのせるおおい」をおいた。このおおいには正式の名称があるのかもしれないけれど私は知らない。日本食品のマーケットで安く売っていたのできまぐれに買ったものだが本来の用途で使ったことは一度もない。いわば宝の持ち腐れなので、今回野菜を干すために使ったのはわれながらいいアイディアだった。これもメッシュだから日光と風は通すけれど虫はふせぐことができる。

乾燥食品を作るのにこんな配慮は必要ないのかもしれない。私は香港で魚のひものを作っているところを何度も見たことがあるが、塩漬けにした魚を大量に台の上にならべるだけで、おおいなんかなかった。たぶん日本のひものもおなじようにして作られているのだろう。

ということはハエなんかがたかっても平気だ、ということだ。香港の強烈な日光そのものに消毒作用があるだろうし、できあがったひものは料理して火を通すからばい菌があったとしても死に絶えてしまってきたないなんてことはない。

干し柿も割り干し大根もそうやって作られているのだと思う。ああいうものは軒先につるして作る。だからおおいなどかける必要は本来ないのだ。でも私がやったのは切り刻んだ大根で、つるすわけにはいかないからベランダなどに出しておくと猫などになめられてしまう危険がある。それでざる、ということになったのだ。

これは成功だった。大根は2日ぐらい干すと縮んでちいさくなってしまう。こうなると「だめにしてしまった」から「新しい食品に再生させた」ということになる。日持ちがする。場所をとらない。冷蔵庫に入れる必要がない。いいことずくめだ。みそ汁などにいれるとまた元の大根にもどる。


干し野菜のことは昔からよく読んでいたのだけれど、実行したことはなかった。大根の成功に気をよくして私は他の野菜もためしてみる気になった。

ざるは底が丸いからたくさんの切った野菜を重ならないように並べることがむずかしい。さいわいなことにサンディエゴには「コンテナ・ストア」といって容器と名のつくものならほとんど何でも見つかる店がある。そこに行ってさがしてみると、一体なんに使うものなのだろう、縦40cm横20cmぐらいのメッシュの四角い浅いかごがあった。空港で所持品を調べられるときにポケットの中の物を入れるプラスチックのかごを小型にしたものだと思えばいい。これこれと思い、二つ買って帰って来た。おあつらえ向きに家に金網があったのでこれを切ってふたとした。

こんどはかぼちゃとさつまいもを切りきざんだ。これらも冷蔵庫の常連である。干すと甘くなる。なぜかは知らぬが糖度があがるのだ。

それからしいたけを干した。しいたけは日本では干したものを使う方が生のものを使うよりずっと多いだろう。日本料理の必需品だ。アメリカにきたばかりのころは手持ちの干ししいたけがなくなってしまうのをおそれてそれこそ宝物扱いだった。

カリフォルニアに来てやっと干ししいたけが日常的に手に入るようになった。それでしいたけに関してはこの上望むことはないと思っていたところ、最近になって生のしいたけがふつうのスーパーにでまわるようになった。アメリカがグルメ化したおかげでキノコ全般に興味が生まれ、しいたけも栽培されるようになったらしい。ちなみにしいたけは英語でもShiitakeと書く(発音は「シターキ」)。アメリカにはもともとなかったキノコだ。

その買ってあった生しいたけを干した。いとも簡単に干ししいたけができた。干すことによって味も栄養もよくなるということを実感した。

干し野菜がこんなに簡単にできるとは思わなかった。現在アメリカは全土で大変な寒波に襲われているが、ここサンディエゴはまるで春が来たのかと思わせるほどの陽気だ。この自然の恵みを活用しない手はない。今は割り干し大根を作成中だ。


割り干し大根で思い出したが、冷蔵庫にあったもう一本のしなびた大根のほうは1センチぐらいの厚さにきって醤油と酢をかけて漬け物にした。これは丸元淑生さんの「システム料理学」に書いてあった。かれは割り干し大根を買ってそれを漬け物にすることを推奨しているのだけれど、私は生から作ったのだ。

丸元さんが「(市販されている)にせものの沢庵(たくあん)よりもはるかに沢庵らしい味になる」と書いている通りだ。こどものころ母が大根をぬか漬けにして食卓に出したとき、われわれ兄弟はおいしいとは思わなかった。市販のたくあんの味になれてしまっていて、あの甘ったるい腰のない漬け物のほうを好んだのだ。でも今自分が作ったものを食べてみるとサクサクと歯切れがよく、甘みがないからいくらでも食べられる。こうやって食べてみると、たくあんは大根の食べ方として卓越していると思わないわけにはいかない。


勝海舟は「あのお新香ってやつはどうも…。やっぱりたくあんでなくっちゃあ」という意味のことを言っている(うろ覚えで申し訳ないがたぶん「氷川清話」から)。お新香(しんこ)は浅漬けのことだ。江戸では漬け物といえばたくあんだったらしい。かれは貧乏御家人のせがれで江戸っ子だからもちろんたくあんで育ったのだろう。

明治初年、大政を奉還した徳川家は静岡に転封になった。その時に旗本とその家族8万人が静岡に移住した。静岡の人口はそれまで1万2千戸だった。その移住の世話をしたのが海舟だ。「八万人を静岡に移してから、三四日経(た)つと沢庵漬は無くなり、四五日経つとちり紙が無くなりおれも実に狼狽(ろうばい)したよ」と言っている(「旗本移転後の始末」)。

移住の困難を言うのに最初にたくあんが出てくる。それぐらい江戸っ子とたくあんは切っても切れない関係にあったのだろう。確かに8万人に食べさせるたくあんならすぐになくなってしまっても不思議はないが、なくなったのはたくあんばかりではなかろう。

福沢諭吉は官軍の総攻撃が予想されるころ江戸に住んでいたが、もともと九州の出身で江戸っ子ではないから(だろうと思う)用意するものがちがっていた。

戦争になるかもしれないと思って米を三十俵、仙台みそをひとたる買っておいた。「ところが期日が切迫するにしたがって、切迫すればするほど役に立たないものは米とみそ、その三十俵の米をどうするというたところが、かついでいかれるものでもなければ、みそだるを背負って駈けることもできなかろう。これはおかしい、昔は戦争のとき米とみそがあればいいといったが、戦争のときぐらい米とみそのじゃまになるものはない。これはマア逃げるときは、この米とみそだるは捨てて行くよりほかはないといって、その騒動の真っ盛りに大笑いをもよおしたことがある」と言っている(「福翁自伝」)。

両方とも維新の動乱がおさまって何年もあとに当時を回想して語っている。いくらたくあん好きの海舟でも米とみそは用意しただろう。でも当時を思い出して口をついて出てきたのが「たくあんがなくなってしまった」というグチである。つまり何はなくとも飯にたくあんさえあればその日その日の食事はできる、と考えていたにちがいない。


たくあんは日本人の食べ物として70年代初頭の香港ではちょっと知られていたようだ。私は当時航空会社の社員で空港で日本人旅客の世話をしていた。同僚はみな香港の若い女性で職業柄日本に遊びに行った経験がある人が多かった。その彼女たちがみやげばなしにするのが「日本人は『黄蘿蔔(ウォンローバッ)』を好む」ということだった。黄蘿蔔というのは「黄色い大根」ということでたくあんのことだ。何にでも「黄大根」がついてくるので印象深かったのだろう。残念なことにあまり評判はよくなかった。

それを聞いていて私はハッと気がついた。レストランで食べるかぎり、中国料理には大根が出てこないのだ。日本料理における大根の重要性を考えるとこれはおどろくべきことではないだろうか。考えても見てください。日本料理から大根をとってしまったらいったいどうなるだろう。たくあんはもとより、だいこんおろしもさしみのツマも、ふろふきだいこんもおでんもない日本料理が考えられるだろうか。

市場に行けば大根は売っているから中国人が大根を食べない、ということはない。家庭では食べているはずなのだ。魯迅(ろじん)の「阿Q正伝」という小説には主人公が飢えにせまられて畑から大根を盗み、生でかじる、という描写がある。

でもレストランでは大根は出てこない。唯一の例外が飲茶で食べる「大根もち」だ。これはすりおろした大根と上新粉をまぜあわせて干しえびなどを入れて形をととのえ、油でいためたものだ。私は好きなのだけど大根の味はほとんどしない。それ以外ではスープの中にだしをとるために大根の薄切りがはいっているとか、ラー油のなかに切り込んであるとかいうぐらいしかなかった。中国料理では大根は下等な食材なのだろう。

中国でも大根を漬け物にすると聞いたことがあるが、少なくとも香港のレストランでは食べたことがない。

これを見ても日本料理と中国料理がいかに違うか、納得されるのではないだろうか。

干し野菜のことを書いていてつい脱線してしまった。日本では干し野菜を作るための専用のつりかごが売られているようで干し野菜を作るのは少しもめずらしいことではないのかもしれない。でも私にはまったく初めてのことで新鮮な経験だった。
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