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僕の偏見紀行
176 僕とウチナー(3)1泊朝食付き税込み4000円
2014年7月22日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 宿で出会ったネコ。飼い主に似たのか無愛想なヤツ。流しの脇、ここがお気に入り。
▲ 小雨に煙る残波岬、沖縄戦で米軍はここを目印にして読谷村に上陸した。中央に小さく相合傘のカップル一組が見える。すれ違ったときの言葉から中国からの観光客らしい。
▲ ご存知ソーキそば。取引先に連れて行かれ初めてこれを見た時は仰天したが、以来やみつきとなる。時々無性に食いたくなって困る。そんな時は有楽町駅前の「わしたショップ」へ行き購入する。
この価格でホテル並みの設備を備える、というのが僕が泊った宿のうたい文句だった。いわゆる格安宿のたぐいだが、偶然ネットで見つけ、以来気になっていた。しかし出張では利用する機会がなかった。

今回は気ままな旅、どこに泊ろうと構わない。いい機会なのでこの宿に泊ることにした。予約の電話に出た男はボソボソと陰気な小声で喋り、シーズンには早い5月とはいえ、あっさりと金土日3泊の予約がとれた。

年金老人として安いのは大歓迎だが、税込み4000円、朝飯つきのシングル、エアコンにウオッシュレット、シャワー&バスタブ、さらにテレビにステレオという、なんでもありなのがちょっと心配だった。口コミをチェックしたがそんなに悪くはないようだ。

空港からモノレールに乗って国際通りに程近い駅で下車、国際通りとは逆の海側に向かって歩くこと10分たらず、無事宿に到着した。通りから入った路地の雑然とした家並みに立つ小さなビルがそうだった。いささか年代物ではあるがリフォーム済みのようで外壁の塗装は新しかった。

玄関を開けて入ると、くつ脱ぎの先はすぐに応接セットの置かれた狭いロビーと食堂が続いているのが見えた。食堂の脇は雑然とした台所のようだ。誰もいないので声をかけると奥から中年男が現れた。

予約している旨を告げるとクリアファイルに入った宿の案内を見せ、簡単な説明をしてくれた。低い静かな声で必要なことだけを話すこの男が電話の人物のようだ。食事のことを尋ねると、朝食は廊下の端にある戸棚に毎朝パンと飲み物を用意する、夕食は注文があれば作るが土日は休みです、ということだった。土日はスタッフの慰安の日らしい。

彼は顔をそむけながら、必要最小限のことしか喋らなかった。人付き合いが苦手なのか、それとも僕が気に入らないのか。このオッサン、時おり夕暮れ時に三線を爪弾きながらひとり静かに民謡らしきものをうなっていた。

ある時は若い娘数人に囲まれ、楽しげに談笑中のこともあった。どうでもいいことだが、僕はあまり歓迎されてはいないようだ。

案内された3階の部屋はビジネスホテルのシングルルームほどの広さ、古びてはいるもがバスタブのあるお風呂とウオッシュレットのトイレがあった。宿のうたい文句通りではあるようだ。片隅には古ぼけたCDプレイヤーがホコリをかぶっていた。

部屋の窓を開けると雑然とした家並みが見渡せ、裏通りの路地にあるため静かである。古びているが清潔な部屋のたたずまいに僕は満足した。夕食はチョーユーさんと一緒のことが多いので宿で食べることは考えていなかった。

まずあたりの様子を調べよう、彼に周りの見所・食堂などを尋ねた。出してくれた手作りの地図によると、食堂・ステーキ屋・居酒屋・スーパーなどいろいろあって滞在するのに便利なところだ。

ある朝、時間があったので付近の散歩に出た。那覇市内の海水浴場として知られる「波の上ビーチ」も徒歩10分らしい。適当にぶらついているといい匂いがする。

店先から湯気が立上り、忙しそうに人が働く姿が見える、弁当屋だ。次々にタクシー運転手や職人風の男達が弁当を買っている。チェーン店とは違う個人の弁当屋のようだ。

その先の店先をオバサンが熱心に掃除しているのはコインランドリーのようだ。近くにコンビニもあるし、このあたりはなにかと便利なところのようだ。こんなところでひっそりとひとりで滞在してみるのも悪くないだろう。すぐそばの古びたビジネスホテルの入り口には工事関係・その他長期滞在の方歓迎と看板が立っている

さらに歩くと少し雰囲気の異なる一角へ出た。いずれも古びているが、けばけばしい装飾の建物が並び、朝日の中で異彩を放っている。それぞれの入り口には人が立ち、それとなくこちらをうかがう様子。

「・・・、いかがですか?」ひとりのおばさんが、聞き取りにくい小声で声をかけてきた。

なんだそういうことか、ここは、いわゆる風俗街なんだ。ソープランドやラブホテルの街なんだ、そういうことならこの非日常的雰囲気も分かる気がする。僕は、吉行淳之介や野坂昭如の世界に触れた気がして、いっぱしのワルの気分を味わった。

朝の散歩の途中でこんなところに迷い込むとは、那覇は油断ならないところだ。僕は知らなかったのだが、宿の住所、那覇市辻、はかつて琉球随一の歓楽街だった。

辻は頂き、高所を意味する「チージ」の当て字という。沖縄戦で焼失したがその後に風俗街となり、趣は異なるが往時の名残りを残している。

夜毎ここでは華やかな宴が催され、豪商や貴族・薩摩や琉球王朝の役人などが歓を尽くしたことだろう。明・清の使節や商人達も宴に招かれたに違いない。琉球王朝は清と東アジア諸国との仲介貿易によって大いに繁栄した。

辻に隣接する久米地区は明の時代から、福建省より渡来した職人集団の居住地となっている。久米三十六姓と呼ばれるこの人々は様々な技術を持ち、琉球国の発展に大きく寄与した。

僕は何も知らずに宿をとったが、那覇の辻から久米のあたりは歴史的に意味深いところだった。当時の辻の繁栄はどれほどのものだっただろう。僕は琉球舞踊の華やかな舞台を思い出して想像を巡らせた。

それにしても早朝のこんな時間に一体全体客が来るのだろうか、客引きには悪いが、僕はなるべく声のほうを見ないようにしてズンズン先を急いだ。

ズンズン歩くと車の多い大通りへぶつかったのでそれを渡ってさらに歩く。行く手にリゾートホテル風の小さなホテルが見えその先が海岸のようだ。ホテルの脇を抜けると海岸だった。

白い砂に青い海、吹いてくる心地よい風。しかしそこはなんとも異様な海岸だった。巨大な橋脚が波打ち際に林立し、その上を自動車道路が走っている。混雑緩和のためのバイパスが海岸線を通っているのだ。

お陰で景観は台無しだ。道路に圧迫されて砂浜も海も窮屈な屋内プールのようだ。邪魔物がなければ静かな入江と大海原が楽しめる海水浴場に違いない。そんなところにシュノーケリングの注意などが掲示されているのが虚しい。申し訳程度の人工の岬にヤシの木が数本、その脇にはバーベキューのグリル、わびしさがつのる。

宿へ戻る途中、住宅街の真ん中で学校みたいな建物が突然現れた。高校かなと思って門の表札を見て驚いた。少年鑑別所だった。たしかに教育機関の一種と思うが、住宅街で出くわすとは思わなかった。

この那覇市辻・久米地区は、雑然とした下町に風俗街、住宅の合間に少年鑑別所、安宿からリゾートホテルまでが脈絡無く立ち並んでいる。

さらに周囲には海神信仰の礼拝所である波上宮が崖の上で威容を誇り、その麓に対馬丸の悲劇を忘れないための記念館が建てられている。実におおらかというか奥深い混沌としたウチナーの世界が広がり、歩き回って興味の尽きることが無い。

ずっと気になっていた地、沖縄、機会があればまたここに来て旧友と語り、気の向くままに歩き回りたい。そうすればもっと見えてくるものがあるはずだ。負い目を感じながら中途半端な付き合いだった僕とウチナー。

かつて沖縄に負い目を抱えたわが国のインテリ達は、「沖縄に𠮟られに」やって来たという。そんな綺麗ごとでは沖縄は理解できないし、沖縄問題は解決しない。

米軍基地の存在が沖縄の経済を支え、軍用地代が住民の収入源となっているのも現実だ。年間20億もの地代を受け取る個人地主もいるという。沖縄問題は一筋縄ではいかない。

こんな分かった風な御託を並べるだけの僕に一体何が出来るのか。せめてこの僕に出来ることからやるしかない。沖縄問題は他人事ではない、僕自身にも国民としての責任がある。いつまでもウチナーとそこに暮らすの人々を忘れない。たまには訪れて、ささやかなカネをウチナーで遣おう。(終わり)

        参考図書
・「アジアの日本人町歩き旅」下川裕治著
      
 
・「沖縄 だれにも書かれたくなかった 戦後史」佐野眞一著
      
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
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41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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