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下請け |
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2005年12月24日 |
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 | 中山 俊明 [なかやま としあき]
1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。 |
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▲ 木枯らしに翻弄される鳥の巣。ハナミズキのつぼみは日々大きくなっていく。 |
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小学校5、6年生の頃だろうか、先生から「将来の夢」という作文のテーマを与えられて「下請けになりたい」と書いていた時期があった。父が当時、下請け建設会社の営業マンをやっていたせいだろう。僕の「将来の夢」を読む先生のある種複雑な表情、父兄会で担任からそのことを聞かされたことを僕に伝える母の困ったような顔つきをいまだによく覚えている。父の仕事を尊敬し、けなげに親と同じ職業を目指すという(成績トップクラスの)子供に対し、教師も母もなんと言うべきか、当惑していたのだろう。
僕はというと、実は彼らが考えたほど、父親の仕事を一途に尊敬する「純真な子供」ではなかった。「下請け」の意味もそれなりに理解していたし、けして自慢できる仕事だと心底考えていたわけではない。そこが子供一般のずるいところなのだが、大人たちが「あーそれはすごいね」とも「もっと望みを高くもったら」ともいえず、さあどう答えてやればいいのか、という当惑の表情を浮かべるのをけっこう意地悪く楽しんでいたのではないかと思う。もちろん、僕の作文が父親を喜ばせる効果を発揮するであろうことも、とうぜん計算にはいっていた。
そんな昔のことをふと思い出したのは、例の耐震強度偽装事件がきっかけだ。姉歯元建築士は、木村建設から「もっとコンクリートを減らせ」という圧力を受けたという。木村の東京支店長は「一般的なコスト削減を指示しただけで正当な経済的行為。法律の範囲内で、というのは当たり前の話だ」と反論する。姉葉さんは「確かに法律を破れとは言われていないが、受けなければ仕事を他に回す、と脅迫を受けたと思った」と言う。これに対し支店長は「他にも業者はいると言っただけで脅しをかけたなんてとんでもない」と反論する。
典型的な発注側と下請け業者の話だ。さて、どちらに分があるのか。まずこういう場合、両者間で交わされた会話の記録がない。言った、言わないの堂々めぐりだ。証拠はない。木村側は「法律に違反してもやれ」とは発言していない。だが前後の流れ、両者の力関係から判断して、「細かなことをぐじゃぐじゃ考えずに、あんたは黙って鉄筋を減らせばいいんだよ」、と木村側が高圧的に話を進めたのであろうことは想像がつく。「いまのご時勢、仕事が欲しいという建築士はほかにいくらでもいるのだから、あんたが断ってもほかの誰かに仕事が回っていくだけの話さ」という、発注側優位の雰囲気のなかで話は進んだのであろう。
結論をいうと、会社側のことばを姉歯氏が、「言外に法律を破ってでもやれという意味にとらえた」と言いわけしたところで、ここは姉歯さんのほうが分が悪い。クールにいえば、姉歯さん、いやなら断ればよかっただけの話である。病気の妻をかかえていようと、断ったら生活ができなかろうと、それは姉歯さんの個人的問題であり、だからといって一級建築士としての法律違反が許されるはずはない。
数日前に関連会社の大捜索が行われたが、これは国策捜査にすぎないのではないかと思う。このままでは国民の不満がたまっていずれは国に対して批判が向く。その前にいったんガス抜きの必要あり。だが、たぶんこの事件には小悪人はいても巨悪はいない。少々こざかしい連中が、それぞれの立場で工夫のかぎりの手抜きをはかり、法の盲点をついて、私腹を肥やした、というだけのことだろう。この線で進むと、法的な責任を取らされるのは姉歯氏だけで、偽装事件は大山鳴動してネズミ一匹、という幕引きで終わりかねない。
あまり知られていないが「下請法」という法律がある。僕も先日先輩から教えてもらったばかりだ。発注側が下請けに対し、その優位的地位を濫用するかたちで結んだ契約は無効とする、下請業者保護のために制定された法律だ。
発注側=お金を支払って仕事をさせる側、姉歯建築士=仕事を請け負ってお金をいただく側、の関係のなかで、たしかに木村建設は最初から優位的立場に間違いなくいる。いっぽう姉歯氏は、「発注主に対して筋を通そうとすれば、結果的に仕事をもらえない」というあきらかに劣勢な立場にいる。下請法が「優位的地位にあるものが、その威光を背景に、下請けに対して強要的に結ばさせた契約を無効とする」という法律であるなら、これを木村建設に対して適用できないか。
と考えたのは、僕の経営する会社がこの1年、下請けの立場でさんざん苦しめられたという苦い体験があるからだ。姉歯氏が「ここで正論を通せば仕事がなくなる」と追いつめられた気持ちになったのがよく理解できるのだ。もし「下請法」が弱い立場にいる下請け業者を保護するという目的をもった法律であるなら、もしかすると僕自身の会社もこの法律でにっくきクライアントに対抗することができるかもしれない。
そこでこの下請法をすこし調べてみたのだが、どうやら姉歯さんにも、僕にも「下請法」は伝家の宝刀にはならないようだ。下請法は「下請代金支払遅延防止法」の略で、契約成立以前の交渉段階をもカバーしたものではない。「やれと言われたので仕方なくやりましたが、引き受けなければ仕事は出してもらえないという雰囲気を感じたので泣く泣く結ばされた契約」では、感情の世界の話では理解されても、法律的にはまったく勝てない話なのである。
話を元にもどすと、父は、その後勤めていた建設会社から独立し、自分で小さな下請け建設会社を立ち上げた。しかし数年後、その会社を倒産させ、それからは職を転々としながら、失意のうちに5年前に78歳で死んだ。
「将来の夢」を書いたときからおよそ半世紀、「下請けになる」という、子供の頃の僕の夢がほんとうに実現してしまったのは皮肉というしかない。本当のところ、その頃はマンガ家を目指していたんですけどね。
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