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寄り道まわり道
24 花の旅笠
2005年3月5日
吉田 美智枝 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]

福岡県生まれ、横浜市在住。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在に至る。自作のアクセサリーをBeads Duoというブランドで販売しながら、韓国の主に女性たちについてエッセーを執筆中。『朝鮮王朝の衣装と装身具』(共著)、韓国近代文学選などの翻訳がある。
▲ エキゾチックアクセサリー。
  友人の注文でつくった3連ネックレスは、
  内側からガーネット、ビーズ、アンバーを使用。
旅に出るとき、私が持って出るのはスーツケースだけではない。絶え絶えの息、ガチガチに固まった肩、チカチカする目、頭痛の予感。これらが私のもう一つの旅の荷物である。

旅行に出る前、私は雑用の処理と留守中の手配で疲労はピークに達し、一触即発状態に家族は戦々恐々、猫までもこちらの顔色をうかがっている。その頃には私は、体力を使い果たし旅に出る余力など無きに等しい。

留守中のことは実はなんとでもなるものなのに疲れ切るまで自分を追い込むのは、日常を捨てて旅行に行く後ろめたさからだろうか。日常への執着と旅への誘惑、その2つ間を私は寄せては返す波のごとく行ったり来たりしている。

旅を思い立つ理由は人それぞれだろう。また同じ人間でもそのときどきで理由は異なるだろう。私の場合、たいていは日常のマンネリをなんとか抜け出すためだが、ほんとうのところは自分でもわからない。

同じように流れていく日常。化粧もおしゃれもせず、緊張感のない、安定はしているが緩慢な死のように思えてくる日常。旅はそんな日常を打ち破る手っ取り早い“カンフル剤”ではある。

旅に出ると五感が冴えてくる。1人旅であろうと、友人たちとの旅であろうと…。自分(たち)だけでなんとか乗り切らねばならない、なにか“挑む”という感じがあって力が湧いてくる。

今回、私のソウルへの旅は1人旅だった。昔、仕事でお世話になった人たちに会うというのが第一の目的だったが、たまたま2つのグループの友人たちと現地で一緒になった。私とちがってみな仕事をもつ女性たちだった。

東京の出版社に勤務する友人たちとはある一日、ソウルの地下鉄を乗り継いで麻布(苧=からむし)や骨董品の買い物に出かけ、夫の赴任先である大阪で知り合った友人たちとは韓屋(ハンオク)という昔ながらの建築様式の店で夕食の韓定食と伝統茶を楽しんだ。

それぞれ旅の目的はちがっていたが、異国の地でわずかな時間を共有する楽しさはひとしおであった。私にとってソウルは慣れた土地であるが、冷たい風が吹きすさぶ街はずれの骨董街で、またひっそりとし始めた夜の町の片隅で、連れのいる温かさが身に沁みた。

田辺聖子という作家の本に「姥ざかり、花の旅笠」というのがある。女性たちが連れ立って旅に出る話である。九州は筑前の商家のおかみさんたちが、家業と子育てを一通り終え、暇を得、留守中の段取りを充分に整えた後、気分も足取りも軽く長旅に出る。

お伊勢参りと善光寺詣りが表向きの理由だが、道中、観光とショッピングを楽しむ。江戸時代の50歳をすぎた女性たちがなんと5か月間、八百里の道のりを和歌を詠みながら(この女性たちは歌人でもあった)旅するのだから、その心意気と活力、そして彼女たちを送り出す家族の寛容さにも驚かされる。今と違って、また長旅とあって旅の仕度も大変だったろう。

この本は小田宅子(おだいえこ)という実在の女性が記した「東路日記」(あずまじにっき)をもとに書かれている。ちなみにこの女性、俳優高倉健さんの5代前の先祖なのだそうだ。

著者の田辺さんは、「ゆく先々の風光や事物をこまやかに見て書きとどめ、殊にもおかしいのは(ここが女の旅たる所以だが)いたるところで土地の名物を買い込んでいるところだ」と書いていて、ああ、なんだ今の私たちの旅行とあまり変わらないではないか、とうれしくなる。

女同士の適度な距離感についても触れている。女性たちは長旅の間、ときに別行動をとっている。同じ旅をしても、興味の対象はそれぞれだからだ。女性の友人たちと旅行にでると、私は普段気づかなかった友人の自立した一面や気遣いに出会ってうれしくなることがある。夫との安心感のある旅もいいが、1人旅や同性の友人たちとの旅も捨てがたい。

これからも私はまた旅をするだろう。日常の繰り返しの中で安心に満ち足りたとき、旅を思い立つ。日常の場を離れることに後ろ髪を引かれ、旅に出る自分の決心を後悔し、後悔する自分にうんざりしながらも、旅先での予想を超えた、すったもんだの経験を糧に新たな日常を生きるために…。
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