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葉山日記
69 蝉しぐれ
2005年11月26日
中山 俊明 中山 俊明 [なかやま としあき]

1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。

ニックネームはTOSHI、またはiPhone-G(爺)
▲ 今日は土曜出勤。中央空色のビルの6階中央あたりが僕の仕事場です。
▲ 今日の昼飯はとんこつラーメン。
映画「蝉しぐれ」を観た。かねて予想したとおりの出来だった。つまり、まじめな秀作ではあるが、それを超える何かがない。国内の映画賞ならもらえるかも知れないが、海外では無理だろう。点をつけるとしたら「たそがれ清兵衛」には劣る。

とはいえ、印象に残るシーンはいくつかあった。若き主人公の父は、藩内抗争のなかで謀反の烙印を押され、切腹を申し渡される。刑の直前、父が息子に最後の対面を許される。この父役・緒方拳がよかった。息子を慈愛のこもった目で静かに見つめる。言い訳がましいことはいっさい言わない。ただ数語、「母をいたわれ」「父を恨むな」。

いろいろ言いたいことはあるが、今となっては黙って死んでいくしかない。しかしながら、自分はまちがったことをしたわけではない。そのことだけはお前には信じてほしい―ということを顔だけで表現した演技力はさすがであった。

思わず涙がこぼれ落ちたシーンもあった。刑の執行後、息子は父の遺骸をひとりで受け取り、荷車に載せて自宅へ連れ帰る。町中では「謀反人」の死体と知った町人が、少年と荷車に罵声を浴びせたり、水をかけたりする。城下を抜けようやく郊外の森にさしかかるのだが、森のなかの坂道がきつくて息子は荷車を引くことができなくなる。

死体を覆う筵からは父の足がのぞく。死んだ蝉のクローズアップ。少年が苦闘するシーンがしばし続く。そのとき、遠くの坂道のうえから隣家の少女が現れる。孤立無援の少年にこの世でたったひとりの味方が現れる。この、少年と少女が重い荷車を押すシーンに不覚にも涙が噴出したのだ。

若い頃なら、主人公の少年の視点で映画を観たのだろうが、自分が相応の年齢になってしまうと、どうしても、社会的に重たい責任を担わされざるをえない組織人とか、家族関係のなかの夫、父親の視点で映画を観てしまう。この場合は、無実の罪を着せられたときの男の無念さとか、残していく妻や息子への家長としての責任、男の責任の取り方とは、といったテーマだろうか。

さて、この映画の最大の失敗のひとつは、父親を切腹に追いやった家老の描き方にある。この家老は、策を弄して藩内良識派を根絶やしにした悪人なのだが、自室でからくり人形相手にまるで幼児のようにたわむれたり、うまいまんじゅう食らったり、というきわめて安易な描写で表現している。

こんなステレオタイプの悪人に詰め腹を切らされては、せっかくの緒方拳の熱演がかすんでしまうというものだ。他人に罪を着せ、自分は地位に綿々とする「悪人」の表現がきわめて浅い。

藤沢作品の底辺に横たわるのは「正義は最後には勝つ」とか「努力すれば報われる」「天網恢恢疎にして漏らさず」というのは現実世界ではむしろめったにないことなんだよ、むしろ良いひとがだまされたり、弱い人がより窮地に追い込まれたり、悪人がけっこういい思いをしたり、ということのほうがずっと多いかもしれないんだよ、というメッセージだ。

定年を過ぎてから藤沢文学に惹かれる、という男性読者が多いのは、そういう現実と戦い、ある種の虚しさをいだく人間がこの世には多いからだ、というのが僕の持論である。

となると、「悪人」もステレオタイプであっては困るのである。「悪人」や「責任を他に押し付ける側」にも、それなりの葛藤があったり、人生があったり、または信条があることだろう。ひとはちょっとしたタイミングの差で悪にもなれば善にもなりうる。だます側とだまされる側も紙一重、貧乏も金持ちも紙一重、人生とは、人間とはそういうものだ。それが藤沢文学のテーマであり、そのことが描かれていないかぎり、お話は非常に浅薄なものになってしまう。

さらに残念なのは、主人公2人の最後の逢引シーンである。座敷に座った2人のあいだには「酒」の用意がある。同じ監督がつくった同名のTVドラマではこれがなかった。映画のほうでは、「酒」という小道具で、2人は最後に肉体の結びつきがあった、ということを監督は暗示したかったのではないか、というのが僕の想像なのだが、これはないほうがよかった。

原作でもはたしてどちらなのか、作者ははっきり書いていないので、読者にその判断を委ねた、とも思えるのだが、僕としては映画のエンディングに不満足だった。いまの主人公には妻も子もいるのである、と硬いことを言う気はさらさらないが、最後まで精神的な男女の愛を貫きとおしたというほうが、恋愛映画としては作品性が深くなったと思う。

さて、日常涙をだすことなどめったにない僕が、なぜ坂道シーンで落涙してしまったのだろう。それは映画館をでてからすぐに気付いた。自意識過剰という批判を覚悟して、なによりもわが妻から「こんなこと書いて。笑われるわよ」と叱られるのを承知で、あえて書くのではあるが・・・。

長い坂道を目前に重い荷車と一緒にストラッグルする少年が、実はいまの自分自身の姿とオーバーラップし、荷車を後押しする少女の姿が、自分の妻の今とオーバーラップして見えたのである。

親しい友に喫茶店でこのことを話すと

「のろけ言ってんじゃないよバーカ、と以前の俺なら笑ったところだが、その気持ち、分かる気がするよ」と意外にもひどく神妙な顔つきになった。

たぶん今の彼も、奥さんにある種の後ろめたさを抱いているのだろう。
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