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寄り道まわり道
25 寄り道
2005年3月12日
吉田 美智枝 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]

福岡県生まれ、横浜市在住。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在に至る。自作のアクセサリーをBeads Duoというブランドで販売しながら、韓国の主に女性たちについてエッセーを執筆中。『朝鮮王朝の衣装と装身具』(共著)、韓国近代文学選などの翻訳がある。
▲ 春のチョーカ
  アメジスト、パール、ガラスビーズを使った。
▲ お揃いのイヤリング
「走れー!」
マダム・レヌカーの声だった。
「そ、そのバス捕まえてー!」
総勢8人、振り向くと、息を切らして立ち止まる者、足がもつれて畑と畦道の間の溝に倒れこむ者もいた。

だが、彼女の声に容赦はなかった。隊長の声に従うボーイスカウトの男の子たちよろしく、かけ声に従い私たちは風の吹き抜ける草むらをひた走った。

こんな旅があろうか、あの寄り道さえしなければ…。そんな声が私の頭の中でこだましていた。が、そんなことをいってもはじまらない、私たちはあの走り出したバスをなんとしてでも止めなければならない。数少ないであろうブダペスト行きのバスを…。

ウィーンでマダム・レヌカー率いるツアーに合流したのは1999年の夏だった。アンカラを1人で観光した後、ウィーンで合流したいという私のわがままな希望をふたつ返事で快諾し、トルコでのガイドやホテルや飛行機など全てを手配してくれたのは彼女だった。(この時私はタイから帰国し2か月が経ったばかりだった。)

マダム・レヌカーは、タイの男性と結婚しバンコクに長く住んでいる日本人女性で、ご主人亡き後、旅行会社を立ち上げ、自らガイドとして手作り感覚の旅を企画・運営している知性とバイタリティーに溢れるヤマトナデシコである。

そのツアーは、ウィーンからハンガリーの首都ブダペスト、そしてヘレンドまで現地の交通機関を利用しながら移動するという旅だった。ウィーンからドナウを下る水中翼船の窓の外には黒みがかった緑色のスロヴァキアの森が広がっていた。

私たちは、“ドナウの真珠”と称される美しい街並みに共産圏時代の陰影を色濃く残したブダペストで、歴史ある温泉ホテルに1泊した後、路面電車と路線バスを乗り継いで陶磁器の村ヘレンドへ日帰り旅行に出かけた。

ヘレンド陶磁器美術館では、その昔、日本から渡ったという色鮮やかな薩摩焼きの大皿や人の背丈より高い花瓶のような置物に圧倒され、またヘレンドの陶磁器の美しさに酔いしれた。そして村のレストランでゆっくりと昼食をとったのだった。

その味を私は今も忘れない。ハンガリーの片田舎でこんな料理がたべられるなんて…これもハプスブルグの栄華の名残りだろうか。私たちはレストランの中庭で、洗練された料理と生クリームたっぷりのデザート、地元のワインをゆっくりと味わった。昼食の後、ほろ酔い気分で畑や果樹園やその間に点在する家々を眺めながら散策を楽しんでいたところへ、あのマダム・レヌカーの声がしたのだった。

私たちは、走り出したバスになんとか追いつき乗り込んだのだったが、ヘレンドといえば私はあの食事と、道草と、野原での全力疾走を思い出す。“レヌカーの旅”にはなにか…がある、いや起こるといったほうが適切だろう。それは、できるだけ内容の濃い旅をしてほしいという、彼女の情熱からくるものだった。そしてそれが旅を忘れがたくさせる。

「私、これから寄り道ばかりしていこうと思うの」
ホテルの部屋で一息ついたとき、彼女は私にこういった。

「まっすぐ進んで行くなんて面白くない。どうせ行き先は決まっているんだもの。できるだけ先に進まないよう寄り道をしながら行きたいのよ、私」
そういった態度は彼女の旅にも反映されていたが、それはこれからの彼女の人生の話だった。

日常の中でも私は、しばらくどこか違う世界に紛れ込んでいた、そう思うことがある。それは、信号待ちの間にふと考えごとをして、周囲が音とともに動き始めて我に返るのに似ている。常にまっすぐ自分の思うものに向かって進んでいきたいという欲求の反面、あっさりと横道に逸れてしまうところが私にはある。

意志が弱いといおうか、気持ちが続かないといおうか、目の前のことに夢中になる性質といおうか。関心の軸が、あるときを境に少しズレが生じてきて、気がつくとまったく違う時間が流れている。それが1か月のことも、数ヶ月のことも、数年のこともある。

“南の国(タイ、ベトナム、マレーシアなど)龍宮城伝説”というのがある。タイにいる間に宝飾の世界とゴルフに夢中になり、それまでの仕事をすっかり忘れて帰国した私は浦島太郎のようなものだが、日本という地上に戻っても、いまだ私はその夢から冷めてきってはいない。

このビーズワークは単なる寄り道なのか、戻るべき本業というものが私にあるのか…私にはわからない。ずっと後になって振り返ったとき、あるいは私自身が意図しないさまざまな道草こそ私の人生だったと思うのだろうか。

こんなときマダム・レヌカーのことばが頭に浮かぶ。

「残りの人生好きなことをして生きていくのよ!」


ヘレンド陶磁器美術館
http://www.museum.herend.com/flashmuseum/intro.html

ヘレンドへの旅関連のサイト
http://www.alles.or.jp/~wandt/hungary/hungary.htm
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