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縁の下のバイオリン弾き
89 屋根瓦(やねがわら)
2014年3月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ シングルを使った壁
▲ サンフランシスコのヴィクトリアン建築
▲ かまぼこ形の瓦(丸瓦)
こどもの時「ちいさいおうち」というアメリカの絵本(翻訳)を持っていた。田舎の丘の上にあった小さい家がまわりの開発によって大都会の真ん中で高層ビルにはさまれてしまう結果になる、という話だった。不思議だったのはその家の屋根が日本の屋根のようには見えないことだった。ひらべったい平面に線がひいてあるだけでなんの隆起もないように見えた。

そう思ったのはその頃の日本家屋の屋根がひらべったくなかったからだ。日本の屋根は瓦がそうなっている関係で波打っている。

私のこどもの頃にも農村にいけばわらぶきの家はあったと思うけれど、私が住んでいたのは東京や名古屋で瓦屋根ばかりだった。わらぶきの屋根など見たこともなかった。

瓦屋根と絵本の中の屋根はあまりに印象がちがった。線がひいてあるだけの屋根の絵をながめて私は絵を描く人が細かいところをうつすのが面倒くさいと考えてこういう省略法にしているんだろうと思っていた。

香港では建築はみんなコンクリートの四角いビルで屋根なんかなかった。古いお寺や廟などにいけば屋根瓦は見られたがそれがどんな屋根だったかよくおぼえていない。たぶんかまぼこ形(後述)の瓦だったと思うが、日本のお寺とそんなに違わないのであまり印象に残らなかったのだと思う。

仕事でインドネシアに行った時、バリ島にも行った。宗教的な場所に行くと精巧な彫刻をほどこした石の建物が並んでいるのに屋根はわらぶきだった。その対比が不思議だった。そんなに石をあつかうのが上手ならばなぜ屋根も石で作らないのか。今考えてみると直立している柱や壁はお手の物でも、傾斜をつけて重い石の屋根をのせる建築上の技術がなかったのだろう。いずれにしろ、軽いわらで屋根ができてそれがものの役に立っている以上、なにも苦労して石の屋根を作る必要はないわけだ。


屋根の形に目を見張ったのはアメリカに来てからだ。驚いたことにボストンで目にする民家の屋根には絵本の挿絵にある屋根と同じものがたくさんあった。平たい面に碁盤のような線が入っている屋根だ。

絵本の挿絵はウソじゃなかったんだと納得した。この屋根はスレートを使用したものだった。

ボストンの町並みはまたレンガ造りのたてものが多かった。地震がないからレンガをつみあげただけの家でも心配ないのだ。道の両側にレンガ造りの5、6階だての建物がずらっと並んでいるところは壮観だけれど、中に入ってみると耐久年齢をとうにこえた古いたたずまいの家が大部分だ。

教会だとか大学の大講堂とかいうような大きな建物には銅板でふいた屋根もあった。ボストンは古都だから時代がついた建物が多い。銅は長い年月のあいだにさびつき、目の覚めるような緑青(ろくしょう)色になる。日本ではこの種の屋根はあまりない。東京では上野の国立博物館にある表慶館(1908年完成)の屋根が銅だ。大阪城の屋根もそうだ。

また板ぶきの屋根も多い。板ぶきの屋根は世界中にあるのだろうが、ボストン周辺の板ぶきは「シングル」と呼ぶ薄い木の板を重ねるものだ。

これを屋根だけではなく壁にも使う。屋根と同じように互い違いに重ねる。壁についてそういうのは変だとは百も承知で「ふいている」といいたくなる。これがボストンのあるニューイングランドの伝統的な民家だ。

つまり家の外観が全部板ぶきの屋根になったような感じで、完成した時には生木なのだが、年月がたち、雨風にさらされることによって薄い茶色のようなねずみ色のような風合いに変わってゆく。そして最初はぴったりと面をおおっていた木片がだんだんに縮んでゆく。またまっすぐだった板がそってくる。ひび割れたり欠けたりする。そうやって櫛の歯が欠けたようになった板ぶきの壁は年月を感じさせてなかなかいいものである。

私はこの板屋根をふくのを手伝ったことがある。手作りで家を作っていた知り合いに頼まれて屋根に登った。けっこう傾斜が急なのでたじろいだが、若かったので何の安全装置もつけずに作業をした。二階建てだったから今から考えるとあぶないことをしたものだと思う。

屋根はすでに骨格ができて板が張ってある。軒のほうからだんだんに細長い板の小片を釘で打ち付けて行く。一列できると上の段に行く。木片の上に互い違いに重ねるようにするのがコツである。その木片というのが30センチ以上ある長いもので外に見えるのはほんのわずかなのだということを初めて知った。


そういうのがアメリカの家だとおもっていたが、カリフォルニアに来ると建築は全然違うのでめんくらった。私が最初にカリフォルニアに移ったのはサンフランシスコ周辺だった。このへんでは「ヴィクトリアン(ヴィクトリア朝風)」と呼ばれる古い建物が名物だ。ヴィクトリアというのは19世紀に英国に君臨したヴィクトリア女王のことで、彼女の治世にたてられた建物がヴィクトリアンならボストンにある古い建物の大部分はヴィクトリアンであるはずなのだが、カリフォルニアでヴィクトリアンというとだいたい様式が決まっている。三角屋根のついた木造の二階建て(屋根裏部屋がある)でよく丸い塔のような部分がついている。屋根はスレートやシングルだ。そういう感じの古い建物だったら必ずしもヴィクトリア在世中(女王は1901年に死んだ)の建築である必要はない。実際、サンフランシスコは1906年に大地震に襲われ市中の建物の大部分が灰になってしまったから、本物のヴィクトリアンがどのぐらいあるのかかなりあやしい。

これら古い建物は歴史を感じさせるけれど、驚くのはその色だ。青や緑、またはピンクなどのパステルカラーが多い。中には日本人なら決して使わないだろうと思われるオレンジや紫の原色を塗った建物がある。これはショックですよ。いったいどんな美意識なんだ、と聞きたくなる。もっとも何年かに一度全部塗り替えるらしいのでいつまでも同じ色であるかどうかはわからないのだが。


南カリフォルニアのサンディエゴに来ると目につくのはスペイン風の家だ。これは白い壁に赤い屋根が特徴である。赤いといってもオレンジがかった赤だ。

この赤い屋根はスレートではなく日本と同じ瓦でふかれている。

瓦という点が同じなだけで、赤い瓦は日本の瓦とはまったく似ていない。円筒形を縦半分に割った形、つまり私が名付けるところの「かまぼこ形」になっている。

この二枚をくぼみをふせるようにならべてその中間にくぼみを上にした一枚をあてがう、というのが基本だ。それをずっと続けると屋根ができる。雨はかまぼこの頂点から横にすべりおちてくぼみに流れ込み、そのまま下に落ちるという寸法だ。単純な同じ形の瓦を作って組み合わせるだけでいい。

機能的だと思ったのは私のひとり合点だった。日本の瓦だって同じことなのだ。あれはこのかまぼこ形の瓦の上と下の二枚を一枚にしたものだ。つまりかまぼこの隆起からくぼみまでを一枚におさめたものだ。

そのために日本家屋の屋根は波打つようになる。それが私が西洋の絵本に違和感を持ったそもそもの原因だった。日本の瓦はふつうねずみ色だけれど、なかには青や緑の釉薬をかけたものもあり、その彩色は美しい。

私はこれが日本の瓦だと思っていた。ところが一昨年日本に帰ったときに姫路城を見物してその瓦がふつうの民家のものとはまったく違うことを発見した。

姫路城はあいにく改修作業の最中で遠くから空にそびえる偉容をのぞむことはできなかった。それどころか天守閣はちょうど袋をかぶせたように建築素材でおおわれていた。でも城の他の建物は見ることができたし、改修中だということで建築材料を説明してある展示も見られた。

それによると城の屋根はスペイン風のかまぼこ屋根とおなじ原理で造られているのだった。もっとも上と下は同じ形のものを使っているのではない。下のものは平瓦といい比較的平らだ。それに反して上のものは丸瓦といって丸みが強い。そのために城や寺院の大きな屋根は上から下まで棒が幾本もならんでいるような外見になる。

そしてもっとおどろいたのはその瓦一枚一枚を動かないようにしっくいでかためてあることだった。その結果、屋根には白でふちどりしたねずみ色の四角形が無数に並ぶ、ということになる。

古いものは黒ずんでほとんど目立たないけれど、改修がすんだ部分はそのしっくいの白があざやかで美しかった。このやり方は瓦を屋根に固定する方法がないために考えだされたのにちがいないが、それがかえってリズムを生み、目にこころよい印象を与える。

現代の屋根瓦は裏に突起があって屋根板に引っ掛けるようになっているのでしっくいで固める必要はないのだそうだ。


屋根といえば北京に行った時のことを思い出す。

西欧では中国も日本も同じようなものだと思っている人が多いがとんでもない話だ。私は中国で過去何百年の遺跡を見てそれを思い知った。中国の屋根自体は瓦でふいてあるので、そこだけに注目すれば日本のものとさして変わりはない。ところが建築が違う。日本では城でも寺でも木造で、そのために屋根は大きくおおいかぶさるように造られる。屋根が小さいと雨で木造の建築が腐ってしまうからだ。

中国のそういう建築は磚(せん)つまりレンガで造られている。四角に造られたがんじょうな建物の上にちょこんと屋根がのっている。そのサイズは建築物よりもちょっと大きいぐらい、磚は雨の心配をしなくてもいいのだ。だから印象がまるで違う。

最初に行った明の十三陵にあった建物の瓦は美しい黄色だった。これには心がおどった。中国の皇居の屋根は黄色い瓦でふかれると知っていたからだ。

故宮(紫禁城)の屋根もすべて黄色でそれを裏手にある景山という丘の頂上から見た眺めはすばらしかった。昔黄色は皇帝の色で庶民は使えなかった。皇帝の権威を象徴する龍も黄龍である。

幸田露伴(こうだ・ろはん)に「運命」という小説がある。これは中国の明朝の2代目、建文皇帝の帝位を叔父にあたる燕王が奪った史実を描いたものだ。燕というのは今の北京周辺で燕王はその地の領主だったわけだが、才幹とくに優れ、皇帝になるのにふさわしいと自他ともに許していた。それなのに明の始祖洪武帝(こうぶてい)が選んだのは早死にした長男の息子建文だった。「売り家と唐様(からよう)で書く三代目」である。

父の死後燕王は反逆を決意する。武将を全員集め出陣祝いの酒盛りをしたのだが、間の悪いことにその夜は暴風雨で宮殿の瓦までが吹き飛ぶ惨状になった。縁起でもないと燕王も武将もにがりきっていると、参謀の僧、道衒(どうげん)が「これはおめでたい限りですな」という。さすがの燕王も我慢できず、「なにがめでたいものか。いい加減なことを言うな」とどなりつけた。道衒すこしもひるまず、「いや、黒い瓦に用はありません。もうすぐ黄色いものに換えなければなりませんから」と平然として言う。つまりこの宮殿が皇居になるという意味だ。それをきいて今までの陰々滅々とした雰囲気は吹き飛び、全員勇み立った、という。

燕王は建文を滅ぼし、即位して永楽帝となった。北京を首都とさだめた(明では最初南京が首都だった。南京は20世紀にも一時期首都だったことがある)。

北京に都を移したのが1403年のことだから600年あまり前だ。それから北京はずっと中国の首都だ。道衒の予言は正しかったのである。


瓦解とかいってすぐに崩れてしまうものの代表のような屋根瓦だが、時と場所によって様々な姿を見せてくれる。


(注)「運命」は中国の史書に種本があります。ですから道衒の話は厳密に史実かどうかは別として、少なくとも露伴の創作ではありません。
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