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縁の下のバイオリン弾き
90 カティ・フラードのこと
2014年3月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
「ハイ・ヌーン」という映画がある。日本では「真昼の決闘」という題名になっている。原題は「正午」という意味だ。

1952年の映画だからもうできて60年以上になる。西部劇の傑作として名高い。少なくとも3人のアメリカ大統領(アイゼンハワー、レーガン、クリントン)が「好きな映画」にあげている。クリントンにいたっては在任中17回見た記録が残っている。 ホワイトハウスで孤立無援になるとこの映画を見たくなるのかもしれない。

ごぞんじの方も多いと思うがこういう話である。

ある西部の町の日曜日の朝。保安官ウィル・ケインは今しも結婚式をあげたところだ。新妻のエイミーは絶対非暴力のクエーカー教徒。そのためにケインは保安官を辞職し、夫婦は他の町で店を開く予定だ。

そこへ駅長が電報を持って飛び込んでくる。以前ケインが逮捕し、刑務所にぶち込んだ町の顔役、本来なら死刑になっているはずのフランク・ミラーが保釈になって今日の正午の汽車でこの町に着くという知らせがあった。すでにミラーの手下3人が駅で彼を出迎えにでている。ということはケインにお礼参りに来るつもりなのにちがいない。

友人たちはケイン夫妻にすぐに町を出るようせきたてる。ケインは後任の保安官が明日にならなければ到着しないのを気遣ってためらうが結局は押し切られて新妻と共に馬車に乗る。しかしたとえ逃げてもミラーに必ず探し出されて命をねらわれるにきまっている、自分の責任を放棄して町を以前のように悪徳と暴力にゆだねることはできないと感じ、馬車をまわして町にもどる。

ところが町に帰ってみると住民は彼に冷たい。ミラーに判決を下した判事は町を逃げ出してしまうし、先輩の元保安官もおいぼれて助けにならない。親友に至っては居留守を使う始末だ。酒場で保安官助手を募ろうとしても昔ミラーの支配下にうまい汁を吸っていた連中に冷笑されるだけ。礼拝中の教会に行って事情を説明すると賛否両論が出るが、結局はケインさえ帰ってこなかったらすべて無事におさまるのではないか、早く出て行ってくれ、ということになる。誰もがケインに勝ち目はないと見ているのだ。

エイミーはそんな夫が理解できない。自分を見捨てないでくれとケインはいうが、夫が死ぬかもしれない瀬戸際に黙って未亡人になるのを待っていることはできない、いっしょに町を出てくれないのであれば自分だけ正午の汽車にのって町を離れる、と宣言する。そして町にひとつしかないホテルのロビーで汽車を待つ。

このホテルの一室には町で酒場を経営するヘレン・ラミレスというメキシコ女が住んでいる。彼女は以前ミラーの情婦だったがミラーの服役中にケインと恋仲になった。今はただ一人の保安官助手、若いハーヴェイと同棲同様の関係だ。

ハーヴェイはケインに会い、自分を後任に推薦してくれたらいっしょに戦ってもいいと持ちかけるがケインは未熟な若造に保安官職をまかせることはできず、ことわってしまう。ハーヴェイは憤然として助手のバッジを返上する。

ホテルの番頭にケインとヘレンのいきさつを聞いたエイミーはケインが町を去らないのは彼女のためではないかと疑い、会いに行く。そんな男ではないとヘレンは断言し、自分が妻だったらかなわぬまでも銃をとってケインと共に戦うのに、夫をすてて汽車にのるエイミーが理解できないという。エイミーは父も兄も善人だったのに銃弾で倒れた、それ以来クエーカー教徒なのだと打ち明ける。

ヘレンはケインのいない町は死んだも同然だと言い放ち、酒場を人手に渡してエイミーと同じ汽車で町を出る決心をする。

というわけで刻々と正午が近づき、町じゅうの人間が固唾(かたづ)をのむうち、ついに遠くから汽車の汽笛がきこえてくる…。


映画は日本でもヒットしたらしく、私は高校の時にこの映画を教材にした英語の参考書を買ったことがある。脚本とテープがついていた。その解説に「ヘレンの英語は比較的わかりやすい」と書いてあったので、そんなものかなと思っていた。その時は彼女がメキシコ人であるという映画の設定さえわかっていなかった。

今考えるとおかしい。ヘレンを演じるカティ・フラードという女優はきっすいのメキシコ人で、アメリカ映画に最初に出演した時は英語が話せず、せりふを丸覚えしてしゃべったそうだ。その後猛勉強して英語をものにした。

わかりやすいもなにも、外国語としての英語を一生懸命話しているのだ。ネイティブの流暢(りゅうちょう)さはない。でも「わかりやすい」と書いた英語教材の著者の気持ちはよくわかる。私だってアメリカ人が全員彼女のようにしゃべってくれたらどんなに楽かわからない。


カティ・フラードには存在感がある。話の筋からいえばわき役にすぎないが、ヘレンなしではこの映画はなりたたないのだ。

「ラミレス夫人」とスペイン語の姓を名乗っているからメキシコ人と結婚したことがあるのは確かなのだが、彼女自身も結婚相手もメキシコ生まれの根っからのメキシコ人なのか、アメリカで生まれたメキシコ系アメリカ人なのかはわからない。

しかし西部の町で彼女を見る目にはそんなことは関係ない。出身がどうであれ彼女は「メキシコ人」でそれだけで見下される存在だ。彼女自身「こんな町でメキシコ人として女として生きて行くのはなまなかなことではなかったわ」とエイミーに語っている。

しかも彼女は酒場の経営者だ。昔はいわゆる「酒場の女」だった可能性が高い。ひょっとしたら当時の愛人だったフランク・ミラーに酒場を持たせてもらったのかもしれない。

アメリカでは1920年代に禁酒法が施行される以前から禁酒運動が高まっていた。禁酒党という政党さえあった。その運動を押し進めたのは上流の「レディー」たちだった。有名なのはキャリー・ネーション(1846−1911)という女性で彼女は斧を持って酒場に行き、手当たり次第に酒瓶や調度を破壊して回った(そのたびに罰金を払った)。酒は諸悪の根源だと言われると飲み助どもは反論できないのだった。酒場女はすべてふしだらだとみなされた。

[西部劇のもう一つの傑作「駅馬車」は一人の酒場女がレディーたちによって町から追放される場面から始まる。黒づくめの服装をした中年女たちが集団で酒場女の後から歩き、彼女が駅馬車に乗るのを見届けようとする。彼女はやはり馬車で町を出ようとする飲んだくれの医者(家賃が払えなくなったのでアパートを追い出されたのだ)に「ねえ、ドク、なんであたしがこんな女たちに追い出されなきゃなんないのよ」とかきくどく。「我々は偏見という社会の病気の犠牲者なんだ」とドク。]

ヘレンは酒場を売ると決心すると腹心のサムにいいふくめて教会にウィーバー氏を呼びにやらせる。ウィーバー氏は彼女の酒場に出資しているのだが、それは表向き秘密になっている。日曜日に教会で賛美歌を歌うウィーバー氏は町の名士だ。その彼が酒場に投資して金をもうけているのは外聞が悪い。ヘレンもそこは理解していて今までウィーバー氏はサイレント・パートナーだった。

話を聞いたウィーバー氏は買い入れを承知して商談はまとまる。ウィーバー氏が「いやあ、まず私に話をもってきてくださってありがたいですね。妻もいつも申していますが…」とそこまでいうとヘレンはキッと頭を上げる。ウィーバー氏はあわてて「いや、その、なんです…」と話をはぐらかせてしまう。

ヘレンがキッとなったのは ウィーバー夫人から過去に屈辱的なあつかいを受けたことがあったからだろう。ウィーバー夫人は夫の投資のことを何も知らないのだ。夫人が禁酒運動のメンバーだということも十分あり得る話だ。

ヘレンはミラー、ケイン、ハーヴェイと3人の男と関係を持っている。当時のアメリカでは「酒場女だから」と言われるには十分な行動だ。彼女はケインを愛しているのだが自分の存在が彼に迷惑をかけるのがわかっているので結婚できない。

「私だったら銃をとるわ」という彼女にエイミーは「どうしてそうしないんですか」と聞く。「だってあの人は私の男じゃないからよ。今はあなたのものだわ」

しかしそこまでケインを思いやっている彼女のおもわくとはうらはらに二人の関係はケインを窮地におとしいれることになる。教会で参加者全員の話し合いがあった時、一人の男が「じゃあ聞こう。こんなことになったのもミラーとケインの間に個人的なうらみがあったからじゃないのか」と質問する。つまり、ケインがミラーを刑務所に送ったのも、ミラーが復讐に帰って来たのも法律とは関係なく、恋のさやあてがあったからだという意味だ。自分のせいで命があぶなくなったのに助けてくれもないもんだ、という思い入れがある。

正午が近づく。ケインはただ一人、大通りのわきに立っている。照りつける陽光。突然角を曲がって馬車がやってくる。駅に向かうエイミーとヘレンだ。エイミーはケインがそこに立っているのを知りながら前をむいて見向きもしない。ヘレンは振り返って彼をじっと見つめながら遠ざかって行く。


カティ・フラードは初々しいエイミーとは対照的な「大人の女」を演じているのだけど、彼女はこの時27歳ぐらいで、エイミーを演じるグレース・ケリーとは5歳と違わない。その妖艶な美貌と芯の強さはアメリカ人がメキシコに対して持っている潜在的なコンプレックスを見事にあらわしていると思う。古い文化を誇るメキシコは実はアメリカよりもずっと大人なんだ、という…。


フラードはマーロン・ブランド監督・主演の西部劇「片目のジャック」(1961年)にも出演した。昔ブランドを裏切ったために彼に命をつけねらわれるカール・マルデンのメキシコ人の妻という役どころだ。彼女には連れ子のティーン・エイジャーの娘がいる。その娘がブランドと恋仲になって妊娠したのに妻がそれを隠していたことがわかったマルデンは激怒して「おれが豆畑から引き上げて結婚してやらなかったらおまえなんぞはどうなっていたんだ。娘だっておれの名前が名乗れるようにしてやったじゃないか。その親切に対する返礼がこれか」とののしる。その威丈高(いたけだか)な態度から妻の過去が見え隠れする。娘は父無し子(ててなしご)だったのだ。

ブランドを殺してやると息巻くマルデンにフラードは娘に自分のような悲しみは味わわせたくないと訴える。ブランドが殺されてしまえば娘も父無し子をかかえて一人で生きなければならない。娘をふびんに思いながら一方夫に対しては引け目がある母親を切々と演じた。

マルデンが「豆畑から」といっているようにメキシコ人は豆ばかり食べている貧乏人だ、という観念がアメリカにはある。そしてカティ・フラードはそういう役ばかり演じさせられた。

でも皮肉なことには彼女は富豪の出身だ。その裕福さもけたちがいで、本人の話によると6代前の先祖は現在のテキサス州(当時はメキシコ領)のほとんどを所有していたという。テキサスといったら日本の2倍の広さですよ。カティの代にはそんな途方もない莫大な財産は失っていたが、それでもいとこに大統領経験者がいるという名門だ。

アメリカに進出する前からメキシコでは人気女優で、その後もこの二つの国で活躍した。メキシコ人として初めてアカデミー賞にノミネートされている。2002年になくなった。その年に公開された彼女最後のメキシコ映画を見られたのを私は幸運に思っている。
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