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ボーダーを越えて
147 スーザン・ボイルの勝利
2009年4月24日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 思いがけない頃に突然花開くエピフィラム。スーザン・ボイルに捧げたい。
1週間ほど前、ラジオで、スーザン・ボイルという人がイギリスのタレントショーで一躍旋風を巻き起こしたというレポートを耳にしました。澄み切ったような歌声がきれいだなぁと思いましたが、それ以上は気に留めませんでした。

ところが翌日、新聞に彼女の記事が写真入りで載っていて、びっくり。だって、あの若々しく力強く美しい声の持ち主とはとても思えないイメージの人だったのですから… ゲジゲジ眉毛に、ウェストラインもないでっぷりした体格。記事には47歳とありますが、もっとずっと老けて見え、いかにも田舎の中年おばさんという感じです。デートに誘われたこともなければ、キスされたこともないという彼女は、スコットランドの片田舎に猫と一緒にひっそり暮らしていて、地元の教会で歌う以外の経験はないとか。私は急に好奇心をそそられ、早速ユーチューブで彼女のパフォーマンスを見てみました。

と、たちまち画面に吸い付けられてしまいました。スーザン・ボイルさんのパフォーマンスに、というより、画面に繰り広げられたドラマに圧倒されて…

7分ちょっとのドラマに私は感動しました。同時に腹立たしくもなり、悲しく思ったりもしたのですが、だからこそなおさらスーザンさんに大喝采を送りたくなりました。悲しく思ったのは、どんなに私たちが容貌で人を判断してしまうかということを、まざまざと見せつけられたからです。容姿と声とは関係ないはずなのに、スーザンさんが若くて美人だったら、彼女の美声と歌唱力にこれほどにはびっくりしなかったのではないでしょうか。図らずも、浅はかな私自身の中身が曝け出され、きっと日常的にそんなことをしているのだろうと考えさせられました。女性審査員が、スーザンさんは私たちをそんな偏見から目覚めさせてくれたと言いましたが、私も全く同感です。

それだけではありません。若くもなく美人でもスマートでもないスーザンさんがステージに立ったとき、聴衆や審査員の間には、こんな泥臭い人に何ができる、と最初から蔑んだ雰囲気が流れるのが、画面からも十分に感じられました。おまけに、スーザンさんが自分の年齢やプロの歌手になりたいという夢を言ったとき、観衆の中にはあからさまに軽蔑を顔に出す人々がいて、浅はか以上の悪意が感じられ、私の方が針で胸を刺されるような気がしました。そんなことにもちっともめげず、堂々と歌い始めたスーザンさんだからこそ、観衆はますます感動し、彼女の歌声に魅了されたのでしょう。浅はかではあっても観衆は正直なのだという気がしました。

どうしても悪い後味が残ったのは、男性審査員の傲慢さです。言葉の端々や口調から、スーザンさんを見下した姿勢が消えない。それはこういうタレントショーを制作者やテレビ局の姿勢の反映だろうという気がしました。ショーの制作者にとっては、出演者も観客も突き詰めて言えばショーの材料なのだということです。アメリカ版タレントショー出演希望者選別に関わったことのある臨床心理学者の友人の話によると、ショーの制作者は人々の心をつかむような人材を求め、編集の過程でその人を使って感動的な人間物語を練り上げていくのだそうです。観客の反応や審査員の評は、その物語を有効に売り込むのに重要な役割を果たすのでしょう。3人の審査員の中でリーダー格のサイモン・カゥウェルという人は辛辣な酷評を平気でぶつけることで有名なのだそうですが、このショーのプロデューサーでもあるということを考えると、彼の態度は多分に演技かもしれません。ショーの出演料も、このショーから生まれる利益の分配も、サイモンの分は突出しているそうです。

それでも、です。仕立てられたものだとしても、また一番得するのはサイモン・カゥウェルだとしても、私はやはりスーザン・ボイルさんに大拍手を送りたい。ありのままの姿でステージに立った彼女は、社会の隅っこに追いやられながらも悲壮感など微塵もなく、夢を追求し続けて堂々としているのですから。そんなスーザンさんの姿は、だれもが内部に秘めている人生の悲哀感に協和して、私たちの胸を打ったのでしょう。若い頃の夢が叶えられないまま年取ってしまった人や、自分の容姿に自信のない人や、だれからも愛の対象として見てもらえなかった人も、スーザンさんに勇気づけられたに違いありません。

このタレントショーが始まった一昨年には、ポール・ポッツというスターが生まれました。ご覧になった方もあるかもしれませんね。歯並びが悪くて見かけが悪く、おどおどした感じの携帯電話のセールスマンです。オペラ歌手になりたかったという彼は、プッチーニの「誰も寝てはならぬ」を滔々と歌って審査員と聴衆を魅了し、2007年のチャンピオンになりました。そしてプロの歌手として出発したのです。

スーザンさんはまだこれから準決勝と決勝をくぐらなければならず、ポール・ポッツのように歌手としての道が開けるかどうかはわかりませんが、彼女はこれだけ世界中の多くの人々の心に触れたのですから、既に十分に勝利を得たと私には思えます。もちろんこれからも、私はスーザンさんに声援を送り続けるつもりです。

 

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