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寄り道まわり道
27 白い猫
2005年4月1日
吉田 美智枝 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]

福岡県生まれ、横浜市在住。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在に至る。自作のアクセサリーをBeads Duoというブランドで販売しながら、韓国の主に女性たちについてエッセーを執筆中。『朝鮮王朝の衣装と装身具』(共著)、韓国近代文学選などの翻訳がある。
▲ ベネチアンビーズとガーネットのラリエット
  ビーズの中には銀箔が張られている。
その猫に会ったのはゴルフコースでのことだった。ゴルフ場にはホールとホールの間に茶屋と呼ばれる休憩所がある。2月の寒い朝、ある茶屋前の植木のところに真っ白い猫がちょこんと座っていた。

左目の色がブルー、右目が黄金色のつぶらな目をした、あまり大きくない白い猫だった。その日は競技の日で、ゲーム運びにみんな慎重なためかいつもより時間がかかっていた。私たちのグループ4人が次のホールに行きかかると、前のグループがまだ時間待ちをしており、茶屋の前には合計10人ほどの女性たちがワイワイとたむろすることになった。

白い猫は大勢の人を怖がるでなく、4,5メートル離れた場所から私たちを眺めていたが、そのうち私の足元に擦り寄って食べ物をねだるようなそぶりをした。その朝はそれまでにない冷え込みで、前日降った雪がコースのあちこちに残っていた。凍るようなこんな朝、人里離れたゴルフコースをうろついて食べ物をねだっている小さな姿は哀れを誘った。野良猫なのか、飼い猫なのか…人慣れしているところもあり飼い猫だったが捨てられたのだろう。私はそう思った。

家で動物を飼っていると、犬猫だけでなく路上や野原の動物たちについ目がいってしまう。食べるものに不自由せず、暑さ寒さも関係なくのんのんと惰眠をむさぼっているわが家の三毛猫に比べ、飼い主のいない路上の動物たちにはさぞいろいろ苦労があるだろうと想像する。

キャディさんは土地の人らしく、その白い猫を見ながら近くの九十九里海岸には夏が終わると多くの犬や猫たちが捨てられていくのだという話をした。高価な大型犬や猫たちがその犠牲者なのだそうだが、夏の海に遊びに来て、一緒に連れてきたペットたちを浜辺に捨てて帰ってしまう家族連れが後を絶たないというのである。ゴルフ場もまた、動物の捨て場になっているという。

TVなどで報道されることが実際に身近に起きていると思うと胸が痛む一方で、一緒に寝起きしている動物たちにそんなことが平気でできてしまう人びとの神経に驚かされる。そういうこともあって私は、その白い猫のことが頭から離れなくなってしまった。

「あの猫、家で飼おうかしら」
帰りの車中、私は夫に言った。夫は賛成するでなく「そうだね」とだけ答えた。
「まだ、あの辺をうろうろしているかもしれない」
「近くの雑木林で飢えて野垂れ死にするのではないかしら」
「どんなところで寒さを凌いでいるのだろう」
私はいろいろ思い巡らせ、すぐにでも引き返し連れて帰りたい気分だったが、わが家のモモコとの相性も気がかりだった。

1か月ほどたったある日、私はまたゴルフ場を訪れた。だが、いつもの茶屋の前を通りかかっても猫の姿はない。寒さに耐えきれず死んでしまったのだろうか、それともあの白い姿は雪の朝の幻だったのだろうか。私は茶屋の女性に猫のことを尋ねた。

「ああ、あの猫ね。ゴルフ場近くの家の飼い猫でときどき遊びに来るんですよ。職員が車に載せて連れ返してもすぐに戻ってきてしまって。食べ物をやらないようにしているんですけどね、お客さんの中にはかわいそうにとやる人がいて…」

な〜んだ、そうだったのか。ホッとする反面、私は自分の思い込みが可笑しかった。そういわれればあの猫、やたら人懐っこかったようにも思う。私と一緒でたぶらかされた人が多かったというわけだ。猫の行動範囲は半径300メートルぐらいといわれるが、それにしてもふもとの家から雑木林や谷を越え日参しているところをみると、よほどここにうまみがあるのだろう。

茶屋の女性によると、その猫はティーショットをしようとクラブを振り上げた男性たちの視野の中を平然と横切ったりするので、競技に集中できないと苦情がでたのだという。可愛らしい姿のわりにはなかなかやるではないか。

猫たちは、猫好きや猫を飼っている人間が一目でわかるらしく、買い物帰りの道すがら私はよく猫に後をつけられる。服についている猫の匂いのためだろうか、買い物袋の中身が小鯵だったりすると、ニャンニャンと甘い声で寄ってくる。

“誘惑”とはこういうことをいうのだろうか。だが勝手な思い込みで誘惑されていると思い込むのは始末が悪い。それに頭の中でストーリーまで組み立ててしまうのは私のいつもの悪いクセだ。

「また、七年目の浮気を…」
友人は私をよくからかった。「七年目の浮気」とはある映画の題名で、主人公の男性が上階に越してきたマリリン・モンロー扮する美しい隣人に胸をときめかせ、ことあるごとに勝手に想像を膨らませては一喜一憂するというコメディー映画である。友人はこの私のおかしなクセを主人公の精神状態になぞらえて笑ったのだ。

路上の猫に声をかけられ惑う私にはスキがいっぱいなのだろう。もしか街角に立つ女性に声をかけられたときの男の人の気持ちってこんなんだろうか…などと、白い猫をめぐり妄想に明け暮れた1か月であった。
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