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115 葭と葦 (永源寺にて)
2010年10月2日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。

葭と葦 (永源寺にて)


ご存じのように、京都は琵琶湖の西側にあります。ですから、京都から見て琵琶湖の対岸は湖の東側にあたりますので、この地域は湖東と呼ばれます。近江米の産地でもあります。

この湖東地区は、京都に近いだけに、なかなかの名刹がいくつかあります。湖東三山という名前をお聞きになったことがある方も多いかと存じます。

ところで突然ですが、葭(ヨシ)と葦(アシ)は、同じ植物を指すということをご存じでしたか? 実は私は昨年の秋まで知りませんでした。

ヨシ(またはアシ)は、日本を含む温帯から熱帯にかけての湿地帯に生育する背の高いイネ科の植物の名前です。葭、葦の他に、芦、蘆とも書きます。そしてまた驚くことに、読み方はこの4つの文字すべてが、それぞれ「ヨシ」と読んでも「アシ」と読んでも、どちらでもよいのだそうです。いやあ、知りませんでした。

つまり、葭、葦、芦、蘆の4つの文字は、読み方は2通りありますが、意味は同じ植物を指すことになります。

さらにもうひとつびっくりしたのは、読み方として、関東では「アシ」が一般的なのに対して、関西では「ヨシ」がよく使われるのだそうです。

理由は「アシ」が「悪し」に通じるからだそうで、それを嫌う「忌み言葉」の風習から、逆の意味の「良し」と言い替えたことが、「ヨシ」という読み方が主に関西で定着した理由なのだそうです。そのあたりは言語文化の歴史が長い関西圏の方だからこそ気にすることでしょうね。関東人の私などは、そんなことは思いもつきませんでした。

この葭(ヨシまたはアシ)は、日本では古代から様々に利用されてきました。今ではほとんど見ることはありませんが、葭葺(ヨシぶき)の屋根というものがありました。これは古くは竪穴式住居から始まり、その後も広く用いられたようです。

秋から冬にかけて刈り取った葭を厚く葺く葭葺(ヨシぶき、またはアシぶき)は、防水性が強い(アシ舟などがあるくらいですから)ことの他に、日射を防ぐ、室内の暖気を逃がさない断熱性に優れるなどの利点があります。ですから、天井を設けなくても、夏は涼しく冬は暖かい家ができるのです。また、葭は耐久性にも優れ、萱葺(かやぶき)屋根よりも長持ちするようです。

ただそれは、この湿地性植物が大量に生育する環境がある地域でのみ可能な建築法であることはもちろんです。その点、琵琶湖周辺などは、琵琶湖という広大な湿地を持つ日本最大の湖の近くですから、条件は整っています。

湖東のお寺というと、湖東三山が有名ですが、永源寺は、湖東三山ではありません。湖東三山とは、西明寺、金剛輪寺、それに百済寺という天台宗の3つのお寺ですが、この永源寺は湖東三山最南端の百済寺からさらに少し南に行った所にある、臨済宗永源寺派の大本山です。琵琶湖の対岸には、天台宗の総本山である、比叡山の延暦寺がありますので、この地域はやはり天台宗の影響が強い地域なのでしょう。

ちなみに、天台宗では宗門の中心寺院を「総本山」、トップの人物を「座主(ざす)」と呼びますが、臨済宗の場合は、それぞれ「大本山」と「管長」と言います。ここらあたりも、個人的は、なかなか興味を惹かれる点なのですが、それはまたいずれ、おしゃべりさせていただきます。

ところで、永源寺のこの本堂は現在では国内屈指の規模を持った葭葺(ヨシぶき)屋根で知られているのだそうです。この寺を訪問したのは、昨年11月下旬の晩秋でした。京都市内の紅葉の名所ほどではありませんが、けっこうな紅葉見物の人出がありました。

中段の写真は永源寺の入口近くを流れる愛知川にかかる橋です。川に映える紅葉と橋の欄干の赤が見事でした。

このお寺の直感的な印象は、京都市内の臨済宗の名刹に比べて、たいへん親しみやすいということでした。もっと言えば、気取りがないと言いますか、誰でも簡単になじめるお寺さんという感じでした。京都市内のお寺のように、放っておいても観光客が押し寄せてくるような地の利がありませんので、自然に備わったお寺のキャラクターなのかなあ、と推察しています。

下段の写真は、永源寺の入口から山門に向かう途中で見かけた地蔵尊です。まだ新しい石仏のようでしたが、何故かメガネをかけていました。説明はありませんでしたので、何故この地蔵尊がメガネをかけているのかは不明でしたが、まあ、京都市内の名刹でしたら、こういう石仏を置くことはないでしょう。

永源寺の開山は、南北朝時代の1361年ですから、650年くらい前のことですが、何か庶民性と言いますか、もったいぶった感覚を微塵も感じさせない、素敵なお寺でした。湖東三山へ出かける時は、朝の出立を早くしてでも、三山プラス永源寺の4ヶ寺を見ることができたら、すばらしいと思います。今年の秋にでもいかがですか? お奨めのお寺です。

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