1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
縁の下のバイオリン弾き
93 ケセラセラ
2014年4月28日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 国境のこちら側からティファナをのぞむ。1998年のスケッチブックから。
 巨大な旗はメキシコ国旗。




私がこどものころ、「ケ・セラ・セラ」という歌があった。もと歌はドリス・デイが歌ったもので、日本では雪村いずみやペギー葉山が歌った。「ケ・セラ・セラ、なるようになるさ、先のことなどわからない」という歌詞だった。

その「ケセラセラ」という言葉がずいぶんはやった。「あとは野となれ山となれ」というニュアンスで使われることが多かったように思う。その語感から、ケラケラとせせら笑われているような気がして私はふざけた歌だと思っていた。

どうして知ったのかもう覚えていないが、私はそのケセラセラという言葉が、意味はよくわからないながら、スペイン語だということを知っていた。そしてその言葉にまつわるイメージが私のスペインに関する知識のすべてだった。スペイン語およびスペイン文化に何の興味もなかった。「ケセラセラ」が関の山だった。

「ラテン音楽」という言葉は耳にしていたが袖口がふくらんだ派手なシャツを着た男がマラカスを振りながら踊っている、というイメージだった。まともな男のやることじゃない、と思っていた。

当時「トーキョー・キューバン・ボーイズ」というバンドがあって名前だけは知っていたが、その「キューバン」がなんなのかわからず、「東京吸盤ボーイズ」に聞こえてならなかった。「都庁の垂直の壁もなんのその、見よ!続々と登って行く東京吸盤ボーイズ!」まるで「スパイダーマン」だ。

ずっとあとになってこれは「キューバの」という意味だとさとった。ラテン音楽のバンドが英語の名前を持っている、ということが当時の日本の雰囲気をよく表している。

そういうわけでスペイン語圏の文化は私にとって未知の領域だった。南米大陸は「暗黒大陸」だった。しかし考えても見てください。中南米ではブラジルをのぞいて全土でスペイン語が話されている。もしスペイン語がしゃべれたらメキシコからアルゼンチンまで一直線に南下してその間言葉で不自由することはないのだ。

サンディエゴに引っ越して来たのは1985年だった。それから1年、私は国境の向こう側のティファナに行かなかった。スペイン語ができなかったからだし、またそれを勉強するつもりもなかった。外国語には「ことばにならない」苦労をしてきた経験があるので、あることばをものにするにはどれだけの時間と労力が必要かだいたいわかる。へんに浮気心をだして新しい外国語に入れあげたあげく、あんなに苦労した中国語がフイになるんじゃあ割にあわない。


しかし1年たって私はある日突然ティファナに車を乗り入れた。1年もサンディエゴにいながら秘境ティファナを探検しないとはなんてふがいない、とがまんならなくなったからだった。

ところが車を乗り入れたとたん、自分が大変な間違いを犯したことに気がついた。道路標識が読めないのだ。あたりまえのことながら、道路標識はすべてスペイン語だった。事前にそのことにまったく思いをいたさなかった自分のおろかさにあきれた。

まごまごしていると後ろの車に追突されるかもしれない。私はあせった。右往左往した。バハ・カリフォルニア州の首都メヒカリにつれていかれそうになった。ティファナ川の土手にのりあげた。やっとあるショッピングモールに車を止めて、偶然その中にあった日系メキシコ人の店を見つけ、日本語で道をきいてアメリカに帰って来た。情けない。

しかしそれからティファナにはちょくちょく行くようになった。車を乗り入れるのは危険だから国境のこちら側に車を止めて、歩いて国境をわたることを覚えた。

ティファナはメキシコではない、という人は多い。アメリカにあまりに近いのでアメリカナイズされていて本物のメキシコの文化からはほど遠い、というわけだ。アメリカぎらいのメキシコ人からはぼろくそに言われていた。

ところが私はティファナのそういうところが気に入っていた。アメリカに来る前に住んでいた香港がそういう町だった。香港も中国と西欧のはざまに位置する雑種文化だった。二つの異質な文化が混在し、そのどちらとも言えないその町独特のキャラクターがある。そういう定義しがたい場所が私には合っているようだった。

びしっと決まった規格、重苦しい伝統、努力しなければ維持できないイメージから離れて「こちらがだめならあちらがあるさ」という感じのどっちつかずの文化に入り込んではじめて息がつけるような気がしていた。

それに町の感じがティファナは本当に香港に似ていた。ダウンタウンに行くと大変な数の人間がただ歩いている。アメリカではめったにない人ごみだ。おみやげ屋が軒をならべていて店先に立った客引きが必死に客を呼び込んでいる。

「新婚さん、ハイッ」「社長!社長!」「見るだけただ」「アメ横より安い」だれが教えたのか日本人とみると片言で話しかけてくる。そういう連中と言葉を交わしたり、香港で鍛えた「値切り術」を試したりするのが楽しみだった。


また1年がたってついに町の語学学校に行くことにきめた。私はカリフォルニア大学の教員だから大学のスペイン語の授業を無料で聴講できることは知っていた。でも自身が語学教師だから「ただより高いものはない」ということを身にしみて知っていた。人間はケチが本性で、身銭を切って授業料を払ってモトをとりかえそうとするから勉強にも身が入るのだ。

自宅近くの「ランゲージ・ワールド」という語学塾に通いだした。そうしてたちまちスペイン語のとりこになった。新しいことを学ぶというのはいつでも刺激的だ。スペイン語を学ぶことにより、退屈で平凡な日常から脱出したい、という気持ちが強かったと思う。欠席もせずに3学期ぐらいを終えたのはそのせいだった。

その語学校の授業はそれで終わったが、そこの先生に個人教授をたのんで1年か2年ばかり続けたと思う。

私は生涯に3度フランス語に挑戦して3度とも惨敗に終わった苦い経験がある。しかしスペイン語はとりかかりやすい。発音は日本語とだいたい同じだし、スペルの通りに発音すればよい。リエゾン(二つの単語を続けて発音すること)などはなく、規則はやっかいだけれどおぼえさえすればそこから外れる例外は少ない。要するにスペイン語はフランス語にくらべてずっと「敷居(しきい)が低い」のだった。

もちろんスペイン語を勉強すればするほどその難しさがわかって、結局はどの外国語もすべて難しいのだ、というあたりまえのことを思い知る結果になったのだけれど。

語学塾では学生はすべてスペイン語の名前を持つ、ということになっていたので自分で「マヌエル」という名前を選んだ。(これは当時アメリカ政府から攻撃されてついに逮捕されたパナマの「独裁者」マヌエル・ノリエガの名前からとった。麻薬をアメリカに密輸して莫大な利益をあげているというのが彼の罪状だったが、自国民が麻薬を吸って需要を作り出しているというのに、他国の指導者を無法にも軍隊をおくって逮捕する、というアメリカの横暴に反発を感じていた。)

ティファナでは革製品が有名だ。ベルトを買うとサービスで腰のうしろにあたる部分に名前を入れてくれる。私は「マヌエル」と書かれたベルトを愛用していた。町を歩くとそれを見た客引きたちが「マヌエル!マヌエル!」と呼びかける。ティファナを案内した日本からの知り合いに「すごい、あの人たちに名前までおぼえられちゃったんですねえ」と感心されるのがつねだった。それはまったくの誤解だったけれど、実際に顔見知りになった店員は何人もいた。

スペイン語を習いだしてからある時ティファナに行くと工事現場で何人もの男たちがドラム缶を縦に半分に割ったグリルに炭を入れて肉を焼いているのを見た。私がなんということもなく眺めていると労務者のひとりが手招きしてビールを飲ませてくれた。なにをやってるんだと聞くと彼はいかにもうれしげに「フィエスタ!(パーティー)」と答えた。

たちまちまわりには労務者の人垣ができた。その中にはまだコーラしか飲めない未成年の若者も何人もまじっている。私が片言のスペイン語を話すことがわかると主立った者が質問攻めにした。それがぜんぜんわからない。たまにわかったと思うと、ブルース・リーは日本人か、とか、日本人はスープを音を立ててすするそうだが本当か、とか意想外のことを聞かれる。

若者たちは―ここがアメリカと違うところだが―決して口出しをしようとはせず、私の答えにいちいち静かにうなずき合ったりしている。私がまずいスペイン語で何を言ってもこの人たちは熱心に聞き、感心してくれた。中の一人はメキシコ経済の不振の原因についてとうとうと話してくれたが、私にはほとんどわからなかった。

だんだん手持ちの語彙ではやりくりがむずかしくなってきたので皆にあいさつをしてその場を離れたが、私は歩きながら突然自分が至福の瞬間を味わっていたことに気がついた。何とすばらしいことだったろう、話ができるというのは!まともな受け答えもあやしい会話だったが、私は自分がこういう瞬間のために生きていることをひしひしと感じた。

その時の感激にもかかわらず私のスペイン語はその後あまり上達せず、いまだに「なんとか話せる」域をでていない。それでもこういう経験が私にとってラテンアメリカの文化を魅力あるものにしているのは間違いのないところだろう。それは新世界の発見といってもおおげさではないぐらい画期的なことだった。

なぜならアメリカ合衆国に住んでいる間に知らず知らずアメリカ中心の価値観になじんでいたことに気がついたからだ。スペイン語のテレビ局(アメリカにはそういうものがある)のニュースを見ると、今日ボゴタでこんなことがあった、サンチャゴであんなことがあったなどと言っている。それまでの私にはそんな地名は火星の運河ほどにも頭にのぼらなかった。同じニュースを流していてもスペイン語のテレビ局は英語のそれとは違った角度からのとらえかたをしていることがよくあった。


大学を退職したらすぐにもスペイン語の勉強を再開しようともくろんでいたのにいたずらに月日がたってしまった。これではいけないと3週間前からカリフォルニア大学の成人講座でスペイン語会話のクラスをとっている。週に1回、土曜の朝3時間のクラスだ。実に四半世紀ぶりの取り組みで「六十の手習い」もいいところだけど私は真剣だ。その証拠にちゃんと授業料をはらっている。


(追記) 「ケ・セラ・セラ」はちょっと見には次に続く英語の“Whatever will be, will be”と同じ意味のはずですが、実はこの言い方はスペイン語には存在せず、また文法的にもまちがっているのだそうです。この歌の作詞家はアメリカ人で英語を機械的にスペイン語にひきうつしたためにそうなってしまったのでしょう。彼も「あとは野となれ山となれ」と思っていたのかもしれませんね。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
144 「外国人」
143 微妙なたわみ
142 黒い雨
141 ベーコン
140 根付
139 プリーズ
138 キャベツあれこれ
137 スピリチュアル
136 柿と卵焼き
135 移動と定住
134 ベジタリアン
133 王女と真珠
132 七人
131 イディオムということ
130 平等
129
128 名誉殺人
127 ラフカディオ・ハーンのこと
126 楽器
125 ビスケット
124 動物
123 アイヌ
122 ヘクター・ザ・ヒーロー
121 レッツ・リヴ・ア・リトル
120 果実の皮
119 コンニャク問答
118 安岡力也の生涯
117 事実は小説より奇なり
116 レイルウェイマン
115 火を起こす
114 ふし穴
113 ジュリー・デューティー
112 目玉焼き
111 歌に歌われる
110 組織
109 人種差別
108 丸い足
107 宗教と女性
106 ディーベンコーン
105 神の味噌汁(みそしる)
104 健さんと平戸
103 バグパイプ考
102 ないです
101 聖地
100 マッカンチーズ
99 再造の恩(2)
98 再造(さいぞう)の恩(1)
97 行水
96 かまわぬ
95 本場もの
94 グーリックさんのこと
93 ケセラセラ
92 日本人の肖像
91 センス・オブ・ワンダー
90 カティ・フラードのこと
89 屋根瓦(やねがわら)
88 一人っ子政策
87 文化の違い
86 干し野菜
85 恐れを知らないギター
84 銀シャリ
83 ターナー
82 デリシャス
81 モハメッド・アリの大勝負
80 ハンマーダルシマー
79 白無常(はくむじょう)
78 アメリカいれずみ事情
77
76 ひつじ
75 ひげにまつわる話
74 ぐちゃぐちゃ
73 宗教の周辺(2)ヘズース
72 宗教の周辺(1)翼と銃
71 となりの芝生
70 ピンピンパンパン
69 帯とバックル
68 レ・ミゼラブル
67 テーブルマナー
66 朝の穀物
65 二人松浦
64 好きこそものの上手なれ
63 パイについて
62 Xのこと
61 琴棋書画(きんきしょが)
60 爪紅(つまべに)
59 絵に描いた餅(もち)
58 ブレーキ
57 シャーロック・ホームズとカレー
56 ポール・マッカートニー
55 野蛮な茶
54 パサディナ
53 複数たち
52 玉米(ぎょくまい)
51 それにつけても
50 はしとさじ
49 ローズバーグ
48 ジャカランダ
47 サンドイッチの話(2)「O.J.シンプソンとハンバーガー」
46 バンジョー
45 ジャージー・リリー
44 工夫
43 かゆのいろいろ
42 ホイットニー・ヒューストンと「ボディガード」
41 イニシャルについて
40 無用の人
39 具眼の士
38 天使も踏むをおそれるところ
37 ビスカイーノ
36 サンドイッチの話(1)「センス・オブ・プロポーション」
35 パトリシア・ハイスミス
34 茶飲み話
33 柴五郎とジョニー・ビーハン
32 戦場のゴムぞうり
31 やきもの
30 記憶としての絵
29 アイリッシュ・ミュージック
28 乳と蜜の流れる土地
27 レディ・ハミルトン
26 Mto.
25 『チャイナタウン」
24 ドライ・ランチ
23 プリンス談義
22 帽子の話(3)「新撰組」
21 アメリカの大学から
20 帽子の話(2)「衣冠を正す」
19 帽子の話(1)「男はつらいよ」
18 マイ・バレンタイン
17 理想
16 ビリー・ザ・キッドの恩赦
15 おらんだ正月
14 シャーベット(下)
13 シャーベット(上)
12 カナダロッキーへの旅―最終回
11 カナダロッキーへの旅―11
10 カナダロッキーへの旅―10
9 カナダロッキーへの旅―9
8 カナダロッキーへの旅―8
7 カナダロッキーへの旅―7
6 カナダロッキーへの旅―6
5 カナダロッキーへの旅―5
4 カナダロッキーへの旅―4
3 カナダロッキーへの旅―3
2 カナダロッキーへの旅―2
1 カナダロッキーへの旅―1
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 7 8 3 3 4 1
昨日の訪問者数0 4 3 3 3 本日の現在までの訪問者数0 4 5 6 6