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116 瑠璃光院の不思議
2010年11月4日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。

瑠璃光院の不思議


京都市内から北東方向の大原へ向かう途中に、八瀬(やせ)という場所があります。比叡山に登るケーブルカーの山下駅がある地です。ここに瑠璃光院(るりこういん)という紅葉や馬酔木が美しい名園の中に、すばらしい数寄屋造りの館があると聞いてはいたのですが、年間を通じていつでも訪れることができるわけではなさそうで、これまではご縁がありませんでした。

昨年、ようやく機会にめぐまれ、この寺院を訪れることができました。時期は11月末の晩秋のことでした。名残の紅葉もたいへん美しく、噂に聞いていた京風数寄屋造りの建物も聞きしにまさる水準の高いものでした。上の写真がその時のものですが、上から
1)数寄屋造りの2階から見た庭園の紅葉
2)八瀬の山を背景にした2階からの景色
3)山門

ここは春と秋のそれぞれ約2ヶ月間の特別公開期間があり、一般人はその期間中しか見ることができないのだそうです。1万2千坪もの広大な敷地に、後世、数寄屋造りの名人として名を残した中村外二が棟梁として手がけた建物があります。

庭園は自然を見事に活用したもので、やはりその世界では最高峰の庭師、第14代、佐野藤右衛門一統が手がけたとのこと。たしかに並々ならぬ水準の寺院だと思いましたが、でも何か普通のお寺とは違う感じを受けました。

山門には「無量寿山 光明寺 瑠璃光院」とあり、お寺さんとは比較的ご縁の深い私はまず、このお寺らしくないお寺さんの宗派は何だろうかと不思議に思った次第です。建物にも茶室にも宗教色はまったくなくて、でもその割には、玄関近くに単立寺院とは思えないような規模で、様々な仏教小物(線香だとか、数々のお札など)を賑やかに販売するミュージアム・ショップならぬ、テンプル・ショップがあり、京都のお寺さんには参拝慣れしているはずの私にとっては、何かがチグハグに思われたのです。

そこで、中におられた血色のよい僧侶にお聞きしましたら、無量寿山・光明寺とは、浄土真宗大谷本願寺の直参寺院で、真宗大谷派に属しているというのです。ああ、なるほど、とそれで納得しました。なにせ、真宗大谷派と言えば、世俗的な感覚も十分にお持ちで、ご商売もたいへんお上手な宗派だと聞いたことがあったからです。なるほど、それでテンプル・ショップの賑わいぶりは理解できました。

でも、まだ他にも疑問はあったのです。どこのお寺さんにもありますが、ここにも簡単なガイド用パンフレットがあり、当然それを頂戴して拝見したのですが、この寺院の来歴に関しては、どうもはっきりしない、奥歯にモノのはさまったような言い方に、何か違和感を感じてしまったのです。もっとも一般的に寺社のパンフレットは、どうしてあんなにつまらなく、読む気をそぐように書くのか、と感心してしまうものも多いのですが・・・。

建物を作った棟梁の中村外二氏は、1906年(明治39年)生まれで1997年没、庭師の第14代、佐野藤右衛門さんは、1874年(明治7年)生まれで、1934年(昭和9年)没ですから、おふたりの名人がこの屋敷を手がけたのは、どうも大正末から昭和初期にかけてのように思われます。インターネット上の同寺院の略歴にもそう書かれています。

ところが、ここには「喜鶴亭(きかくてい)」という茶室があるのですが、説明にはこんなふうに記載されています。

「明治の元勲、三条実美公は、当時の庵に「喜鶴亭」と名付けて直筆の命名額を下されています。」

三条実美と言えば、幕末の動乱をくぐり抜けた公家で、明治政府になってからも、政治権力の中心に居た人物ですが、1891年(明治24年)に没しています。ということは、それ以前、つまり現在の数寄屋造りや庭園ができるずっと前に、ここには茶室があったということになります。

また、瑠璃光院に関して、「本願寺歴代門跡もしばしば訪れたと記録に著され」という説明もありましたので、きっとここには本願寺と関係の深い施設があったのでしょう。でもそのことはパンフレットやサイト上では何も見つけることができませんでした。なんだか不思議なのです。

さらに、瑠璃光院に関する数多くのサイト上の情報を見ておりましたら、こんなのがありました。

「大正末から昭和の初めにかけて、明治に設立された電力会社・京都電燈の創業者が、この地に敷地面積約一万二千坪、約二百四十坪の数寄屋造りと中庭付きの別荘を造営しました。建築は、京数寄屋造りの名人といわれた中村外二を棟梁として行い、築庭は、有名庭師の佐野藤右衛門一統の作と伝えられます。

この伝統的な日本美で飾られた別荘は、戦後は囲碁本因坊位の対戦場として使用されたり、有名俳優の保養所にもなったそうですが、近年、岐阜県岐阜市にある無量寿山・光明寺が京都の活動拠点、京都本坊として「瑠璃光院」を開設し、別荘時代の様式をそのまま残しながら阿弥陀如来立像を祀る本堂を設置して寺院に改造しました。」

うーん、なるほど少し謎が解けてきたような気がします。どうもここはあまり表だった施設としてではなく、ひっそりと隠れた極上の空間として知る人ぞ知る施設だったように思われます。

上の説明に出て来た、京都電燈の創業者と言えば、田中源太郎氏のことだと思います。1922年(大正11年)に69歳で没したこの人物は、明治・大正期の京都を代表する経済人で、衆議院議員や貴族院議員にもなった実力者ですから、いかにもありそうなことです。なかなかに興味をそそられるこの人物の略歴はざっとこんなふうです。

田中源太郎(1853年〜1922年)
京都府旧桑田郡亀山北町生まれの政治家、経済人。衆議院議員当選3回(1、2、3回総選挙)、貴族院多額納税者議員。

京都府桑田郡亀山北町(現在の亀岡市)に、田中蔵一の次男として生まれたが、兄が早くに亡くなったため田中家の家督を継ぐべく英才教育を受けて育った。北村龍象の私塾学半堂や横井忠直、山本覚馬らにも師事し、儒学、政治経済など幅広い分野を成績優秀で修めたとされる。田中家は代々亀山藩の御用商人として取り立てられた商家として栄え、父・蔵一は櫓奉行格に取り立てられ、会計方として亀山藩に仕えていた人物であったため、源太郎も経済界で活躍することを期待されて育った。

源太郎が実際に設立に関わったとされる事業は30を超えるが、中でも著名なのは、現在の京都銀行の前身「亀岡銀行」の設立、のちに京都証券取引所となる「京都株式取引所」、「京都電燈株式会社」、「京都鉄道株式会社」などである。また政界においては、1874年に桑田郡追分村戸長をつとめたのを皮切りに、京都府議会議員、衆議院議員、貴族院多額納税者議員なども勤め、文字通り関西政財界のトップとして君臨し続けた。その他、現在の立命館大学の前身「京都法政学校」の設立にも浜岡光哲らとともに賛助員として加わっている。

1922年4月3日、源太郎自身がかつて社長をつとめた京都鉄道の国有化後の後身である山陰本線の園部発京都行き列車に乗車中、清滝付近(現在の嵯峨嵐山・保津峡間付近、今はトロッコ列車(嵯峨野観光鉄道・嵯峨野観光線)の線路となっている)で起きた脱線事故に巻き込まれ、列車もろとも保津川へ転落して亡くなったとされている。実際には亀岡駅周辺の土地所有に絡む利益誘導に怒った地元民によって殺害されたという説もある。

現在、田中源太郎の生家は改築されホテル(楽々荘)として利用され、1997年には「国登録有形文化財指定」を受けている。

という、なかなか波乱万丈の人生であったようです。でもこの人物の具体的な名前は、瑠璃光院に関する各種情報には、僕の調べた限りでは出て来ません。

瑠璃光院とは関係ないのですが、実はこの田中源太郎氏から私がすぐに連想する人物が京都には1人居ます。それは、田中とほぼ同時代を生き、明治時代に「煙草王」と呼ばれた、村井吉兵衛氏です。

現在、八坂神社の裏手、円山公園内に長楽館という、レストラン・カフェ & ホテルがありますが、これは村井吉兵衛氏の別邸跡なのだそうです。この人物もまたなかなか面白いのです。略歴は以下の通りです。

村井吉兵衛(1864年〜1926年)

明治時代に「煙草王」と呼ばれた実業家。後に事業を多角化し、村井財閥を形成する。元治元年(1864年)、京都の煙草商の次男として誕生。家は貧しく、吉兵衛氏は9歳で叔父の養子となり、煙草の行商を始める。

父、弥兵衛の先代(つまり吉兵衛の祖父)は、加賀の鶴来(つるぎ、石川県石川郡鶴来町)で養蚕業、漆業、たばこ商を営んでいたという。この人物が嘉永年間(1848年〜1854年)に京都に移住。父、弥兵衛の代には鶴来産のたばこの他、両替、種油、紙類、雑貨なども商う。

明治初期、行商でお金を得た吉兵衛は、煙草の製造に踏み出す。日本初の両切り紙巻き煙草を製造し、1891年(明治24年)、「サンライス」(サンライズではありません!)と名付けて発売。その後自ら米国に渡って葉を輸入、続いて発売された「ヒーロー」は、5年後に年間生産量日本一を達成する大ヒットとなった。

煙草界で頭角を現した吉兵衛は、競合の岩谷松平と激しい競争を繰り広げたが、早くから米国での見聞を広めた吉兵衛は、ハイカラなモダンで洗練されたデザインを世に送り出し、岩谷松平を圧倒した。

約30年続いた、たばこの民営時代は、日露戦争の戦費調達のため、1904年(明治37年)に施行された「煙草専売法」により終焉を迎えたが、民間が担っていた、たばこ産業がすべて国家による専売制に切り替えられるにあたり、吉兵衛は莫大な補償金を手にした。その資金を元手に村井銀行、東洋印刷、日本石鹸、村井カタン糸などの事業を設立し財閥を形成していった。

のち昭和恐慌により1927年に村井銀行が破産した。永田町の邸宅跡には1929年、府立一中(現在の都立日比谷高校)が入った。(ちなみに、日比谷高校はかつて日比谷(現在の検察庁あたり)にあったこともあるための名前ですが、現在の永田町に1929年(昭和4年)に移るまで、ずいぶん転々としました。)

以上のおふたりは、京都から全国規模にまでのし上がっていった経済人ですが、実は根っからの京都人ではありませんでした。田中氏は自身が亀岡の出身ですし、村井氏は祖父が加賀の出身です。(ご本人は、京都に移って来てから3代目になるのですが、京都では3代目程度では地の京都人にはなれないのです!)

そして2人共、1代で急速に成長し、そして表舞台から急速に消えていきました。数百年の歴史を背負った根っからの京都人でしたら、こういう動き方はしなかったのではないか、とふと思いました。

瑠璃光院から話がずれてしまいまして恐縮ですが、京都と京都人の奥行きの深さを感じさせられるようなテーマでしたので、ちょっとふれさせていただきました。それにしても、ちょっと不思議さを秘めたこの瑠璃光院、一度は行ってみるお値打ちがありますよ。
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