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縁の下のバイオリン弾き
92 日本人の肖像
2014年4月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 平戸偉人総選挙のポスター
▲ 糸鬢
▲ 弁髪を編む
最近インターネットで新聞を読んでいたら平戸で市ゆかりの歴史上の人物の人気を競う「平戸偉人総選挙」を実施していると書いてあった。

平戸はオランダ人が日本で最初に商館を作った土地だ。長崎に出島ができるまで、ここはオランダと日本の貿易の中心地だった。西洋にはフィランドという名で知られた。

この選挙は観光客を呼び込むための催しだそうだ。その偉人というのが平戸に興味のある人でなければ名前を知らないだろう、といった人物ばかりなのが興味をひいた。

鄭成功(ていせいこう)、ウィリアム・アダムズ(三浦按針)、フランシスコ・ザビエルあたりまでは私でも名前を知っているけれど、イギリスとオランダの商館長のリチャード・コックスとジャックス・スペックス、鎖国政策で国外追放されたコルネリアとこしょろ、中国貿易商の娘イニシャ、となるとよくわからない。これで人気投票ができるのだろうか。

鄭成功は清に滅ぼされた明朝を回復しようとして台湾を根拠地に大陸反抗を試みた中国の英雄だ。海賊鄭芝竜が日本娘と結婚してもうけた日中のハーフで平戸で生まれている。平戸ではまず第一に知名度が高い人物だ。

ウィリアム・アダムズは漂流したオランダ船の航海士だった。日本に来た最初のイギリス人だ。徳川家康に重用され、日本で最初に西洋式の船を造った。亡くなった土地が平戸である。

ザビエルはイエズス会の宣教師で日本に始めてキリスト教をもたらした。薩摩に到着し、当初は平戸で宣教した。

これらの人の中から一人を選んで投票する。その投票者から選ばれたものに記念品を送る、という仕組みである。

新聞にはポスターの写真がでていたがそれが漫画だった。私が古いのかもしれないけれど、今風の漫画タッチで描かれたこれらの人物はとても歴史上の人々とは思えない。けれど、そうでもしなければ観光客に投票してもらえそうもない、という市当局の苦渋の決断(?)はよくわかる。

日本の漫画とアニメが世界中で流行したので、どこの国でもだんだん日本の漫画の影響が強くなっているようだ。でもそういう漫画(劇画ではない)の描き方が歴史上の人物にまで使われるとは思わなかった。


過去を再現することはできない。だから過ぎ去った世をイメージするのにはどうしたって現在の立場から振り返る以外にやり方はないのだ。でも現在の日本人はあんな無国籍の顔が日本に来た外国人や昔の日本人をあらわすのにふさわしいと感じているのだろうか。


これとはちょっと話がちがうかもしれないけれど、私はいまどきの時代劇にどうも違和感がある。

自分が日本人としても身体が小さいからやっかみで言っていると思われると困るのだけど、近ごろは役者の体格が良くなりすぎて昔の日本人のイメージではない。ひょろひょろと背ばかり高く、さむらいなんかやらせるとカカシが刀をさしているようで頼りないことおびただしい。刀を抜くとさやが落ちやしないかと心配になるぐらいだ。

昔の時代劇俳優は三船敏郎、勝新太郎、萬屋錦之介など、そんなに図抜けて背が高い人はいなかった。中肉中背というとおりけっこう太めで腹なんか出ていた。そういう役者が着物を着て下腹のあたりに帯を巻き付けて刀を差しているといかにも強そうでサマになった。そういう体型を「かっぷくがいい」「貫禄がある」と言ったものだ。昔の人はそれがいいと思っていた。

どうしてそう思っていたかというと当時の人は柄も小さくやせていたからだ。黒澤明の昔の映画を見ると製作が終戦直後だったせいで役者がみなやせている。それがいかにも戦国時代や江戸時代を思わせた。ああいう映画はたぶんもうとれないだろう。というのは現在の日本のすこし年のいった俳優は飽食のせいで肉がだぶついているからだ。

つまりそれぐらい過去の日本人をあらわすのはむずかしいということだ。

さらにその上に現在の日本人は過去の日本人に違和感を覚えているとしか思えない。

たしか溝口健二監督の「元禄忠臣蔵」だったと思う。それなら前編が1941年、後編が1942年に公開された映画だ。私は30年以上前にアメリカで見たのだが、役者たちがさかやきを広く剃(そ)ったかつらをかぶっていることに驚かされた。

さかやきというのはちょんまげを結うときに頭を半月形に剃ることをいう。この映画では見たこともないほどひろびろと剃っている。だれもかれもがそうなのだ。

これを見て当時の観客が違和感を持たなかったのは、そのころまでちょんまげというのはどういうものかという認識が皆に共有されていたからだろう、と私は考えた。明治の散髪脱刀令からこの映画ができるまでにおよそ70年がたっている。80歳代の老人なら実際のちょんまげがどういうものか、その目で見ているはずだ。したがって映画にあらわれるちょんまげにうそはゆるされない。それがこのような広いさかやきになってあらわれたのではないだろうか。

森鴎外の「渋江抽斎(しぶえちゅうさいー幕末の学者)」には抽斎の親戚、比良野助太郎が「武張った男で、髪を糸鬢(いとびん)に結い、黒紬(くろつむぎ)の紋付を着ていた」と書いてある。鬢というのは両耳の上あたりのことだが、そこの髪の毛が糸のように細く見えるほどひろびろとさかやきを剃った、ほとんど坊主頭に近い髪型が「糸鬢」だ。

そんなに極端ではないにしても、さかやきを広く剃ることは一般的だったのだろう。

ところが現在の時代劇の主人公はさかやきを剃っていないことが昔にくらべて断然多い。そういう髪型を総髪(そうはつ)というが、役者は総髪で出てくるか、あるいはさかやきを剃ったとしても頭の中央部を細く剃るだけにしている。まげが太くてそれをかくすようになるからちょっと見には総髪とほとんどかわらない髪型になっている。

総髪にしただけでは足りなくて前髪を長く垂らしたような現実にはあり得ない髪型もある。こういうのは映画よりも漫画のほうが先だった。

たぶんこれは現代の日本人にちょんまげが異様に見えるからだろうと思う。自分たちがああいう髪型をしていたことが信じられない、できることならなかったことにしたい、という気持ちがあるのではないだろうか。でもちょんまげをなかったことにはできないからできるだけ現在の髪型に近い外見にするのだろう。

いやそんなことはない、日本人がちょんまげを嫌っているなんてうそだ、という声があがるかもしれない。映画に出てくるちょんまげの見てくれだけではそこまでいう証拠にはならないだろう、と。

しかし過去の自分たちの姿、なかでも髪型をひそかに恥じている、というのは日本人だけのことではないのだ。

私が香港に行った当時の中国時代劇映画はすべて宋や明の時代に背景をとっていた(まれに唐もあった)。この両王朝は漢民族の王朝で男の髪型は髪を長く伸ばして頭の上でまげとして結う、というもので、頭はそっていない。日本の総髪に似ている。

なぜ宋や明かというと、明の次の王朝である清は異民族の満州人の王朝で自分たちの習慣を中国人に押し付けた。中でも「弁髪(べんぱつ)」という髪型は中国人が死んでも嫌だと行って抵抗したものだけれど、圧倒的な武力によってついに強制されたという歴史がある。

これは後頭部をのこして頭を剃る。その後頭部に残した髪の毛を長く伸ばして三つ編みに編んで後ろに垂らす。それまでの中国人から見たら自分たちの文化には受け入れられない野蛮人のかっこうだ。しかしその野蛮人の髪型は清朝260年を通じて全中国人男性の髪型となった。

その記憶が残っているから香港の映画人は清朝に題材をとった映画を作らなかった。ところが私が香港にいる間に映画の人気は剣をふるう武侠映画から素手で戦う功夫(カンフー)映画に移った。カンフーということになるとだいたいその源流は清朝に求められる。少林寺拳法など古いものもあるけれども、そういう流派でも記憶に残る偉大な拳法の達人はみな清朝人だ。だから彼らを主人公にするならばいやでも弁髪にしなければならない。

しかし1970年代は長髪が一世をフービした時代だ。そんな時代に丸坊主に近い髪型はかっこわるい。それではじめのうちは「頭を剃らない弁髪」というものが登場した。要するに総髪にした髪を後ろで編んである、というものだ。

これはもちろんうそだ。そんな髪型は存在したことがなかった。でもうそでもなんでもそうしなければ観客が納得しない。明らかに彼らは弁髪を恥じていた。

西欧では今でも弁髪は異様に思われているのだろう。ジャッキー・チェンはハリウッドでとった「シャンハイ・ムーン」(2000年)にそういう総髪の弁髪という髪型で出てくる。

香港の映画で本物の弁髪がはじめて現れたのは李翰祥監督の「傾国傾城」(けいこくけいせい、1975年)だった。これは清朝末期に国政を牛耳った西太后を描いたもので、清朝を正面から描いたものだから髪型の一件を避けて通るわけにはいかない。李監督は男優陣に弁髪を強制した。彼らは頭をくりくりに剃り、後頭部に弁髪のヘアピースをつけた。撮影が終わって町に出るときには坊主頭に長髪のかつらをかぶらなければならなかった。



弁髪は西洋では「ピッグテール」(ぶたのしっぽ)とよばれてあざけりの対象だった。19世紀に苦力(クーリー)として世界に散った中国人はこの髪型を守るためにことばには尽くせない苦労を味わった。中国人への迫害はまず例外なく彼らの弁髪を切ってしまうことから始まる。それにまさる屈辱はなかった。

しかし皮肉なことには17、8世紀の西欧でも男は弁髪に近い髪型をしていた。頭こそ剃らないものの、髪を長く伸ばして後頭部でリボンで結んでいた。中国人の「ピッグテール」をさげすんだ彼らは自分たちの弁髪は「ポニーテール」(子馬のしっぽ)と呼んで誇りにしていた。

つまり西洋でも中国でも日本でも髪を長くしてそれを結わえるか編むかまげにしていたのだ。やることはあまり変わりがない。

でも問題は現代の我々がそれをどう感じるか、ということだ。

今の中国映画では弁髪はあたりまえになった。中国が発展したのにともなって弁髪を恥じる意識は薄くなったように見える。あるいはどうやっても弁髪はなかったことにはできないから開き直った、のかもしれない。

日本でちょんまげが恥じられているとしてもそれは西欧との関係で、ということはあり得ないと思う。弁髪とちがってちょんまげは西洋人にさげすまれたことはない。というか1853年にペリーがはじめてちょんまげを目にしてからわずか15年で開国したのだから西洋人にはほとんどなじみがなかった。

恥じているとしたら現在の自分たちにくらべて恥ずかしいと思っているのだ。それは美意識が変わってしまったからだ。

もしそうだとしたら私はそれを不幸なことだと思う。過去にはちょんまげはりっぱな風采(ふうさい)として誇りを持って結われていたのだ。日本が生み出したすべての美しいものを誇りに思うならば、その同じ美意識がちょんまげを作り出したのだということを現代の我々は受け入れなければならないだろう。
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