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僕の偏見紀行
238 マカオ(3)大大大小小大小
2018年5月5日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ クッキーやさんで、山ほど味見をさせてくれた女将さんと一緒に。陳列してある商品の箱を破って味見させてくれたので驚いた。
▲ お茶屋さんの店頭で味見、創業者のおじいさんと一緒に。薫り高く結構な味わいでした。
▲ 聖ポール天主堂跡。マカオ観光の定番、時期が悪かったのかすごい数の観光客で溢れ、とても近くまで行けなかった。どうしてここがそんなに人気があるのだろうか。
カジノは思いのほか静かでひっそりとしたとしていた。ここホテル・リスボアのカジノは、マカオでも歴史と格式のあるところ、想像していた賭場のイメージとは異なる落ち着いた雰囲気だ。

とにかく広い、いくつものフロアに別れ、奥の階段を上がれば別のカジノが待っている。そしてフロアによって賭金の最低額が違っていた。広いカジノは見渡しても窓がなかった。24時間常に一定の温度と明るさが保たれ、まるで巨大なドームに広がるアリの巣のようだ。

この他にも入り口の異なる豪華カジノがあり、そこは専用エレベーターがついている。同じホテルでも、動くカネによる厳然たるヒエラルキーがカジノ間にあった。

リスボアに来て数日後、いよいよ僕らもカジノデビューを果すことにした。それまでホテル内で偶然カジノの前を通ったことはあったが、ゲートをくぐるのは初めてだ。

カジノへ入るのは簡単だ。いかつい警備員が立っているけど、検査装置を通るだけでいい。入るとすぐにチップとキャッシュの交換窓口が並んでいる。交換する金額はいくらでもいいが、香港ドルまたはマカオパタカに限られる。香港ドルとマカオパタカは為替レートが同じで、1パタカは約15円。

とりあえず日本円で3万円相当のパタカをチップと交換する。窓口のお姉さんのグッドラック!の声に送られれ、僕らは賭場へ向かった。入り口付近はカードゲームが多い。未だ宵の口のせいか意外に人影が少ない。

奥へ進むと人が群がるテーブルのある一角があった。かなり年配の老人が多く、女性が目立つ。白髪頭の老女がテーブルに陣取り、声高に周囲の仲間としゃべっている。ツキが回って来たのか興奮気味だ。テーブルに大小のマークが見える。ここはサイコロを3個使用する「大小・タイス」というゲームのようだ。

彼らは、お惣菜でも買い物に来たついでに一勝負している、そんな風に見えた。地元の老人達だろうか。

先ほどの老女がチップを使い果たのかし、慌ただしくサイフから折りたたんだパタカを取り出し、テーブルに投げた。この大小は現金で賭けてもいいらしい。

僕らは人垣の後ろから白熱した勝負を見物した。カジノでそうやって賭場の流れを見極めるのを「見・けん」という。それは立ったままでも、イスに座っていてももいい。僕らも暫く見を続けた。

テーブル上には、大と小の文字、そして3個のサイコロの様々な組み合わせを表すイラストが描いてある。賭ける客は自分の予想に従ってそこにチップを置く。

サイコロを振るのは自動化されている。ディーラーが、小型の自動装置、一見すると小さなミキサーのような、をプッシュして行う。するとサイコロが跳ねる音が聞こえるが、装置にはカバーが付いているのでサイコロは見えない。次にディーラーは、さあどうぞ、と両手を左右に開き、客にチップを張るよう促す。

チップが出揃うと、ディーラーが賭け方やめのブザーを鳴らし、装置のカバーを開けてサイコロの目を確認する。当たりのスペースには照明が点り、当たりが分かる。ディーラーは外れたチップを素早く回収し、当たったチップには配当を付けていく。

慣れれば何ということのない単純なゲームだが、手順を間違うとうるさい。僕が、うっかり配当が終了する前に、チップを張ると即座にディーラーから叱責された。カジノは客商売ではあるが、ルールにはとても厳しい。だから安心して遊べるともいえる。場内は禁煙が徹底され、警備員が常に巡回している。

大小はルールが単純で勝負が早いので初心者向きといわれる。見を暫く続けた後、僕らも大小に参戦した。人垣の後ろから隙間をぬって100パタカのチップを1枚張った。

大小は3個のサイコロを使い、出た数字を当てるゲームだ。3個のサイコロが示す数字の合計は、最大18最小3となるが、そこから両端の18と3を除く。さらに残りの4から17までの数字を二つのグループに分け、4から10までを小、11から17までを大とする。

勝負はサイコロの数字の合計が10より小さい、つまり小なのか、11より大きい、つまり大なのかを当てる。大か小どちらかを当てる丁半博打だ。大小の配当率は1倍、当たれば1枚のチップが2枚になる。チップ1枚約1500円にあたる。それを思うとチップ1枚でも賭ける時ちょっと緊張する。

その他に、サイコロの数字の合計数、あるいは3個のうちの1個の数を当てる、といった様々な賭け方がある。当然、配当率はその数が出る確率によって変わってくる。3個の数がそろうゾロ目は特に高く24倍、ゾロ目でかつその数字まで当てれば150倍となる。

僕らはもっぱら大小をやった。慣れないうちは気持ちにゆとりもなく、あまり考えることもなく賭けていた。するとあっという間に負けがこみ、たちまちチップが残り少なくなった。

あわや初戦にしてオケラか、と思ったが、そうなる前に一息入れることにした。一休みしてのんびり見をしていると、周囲の老人達は相変わらず意気軒昂、サービスのコーヒーを飲みパンをかじりつつ勝負する猛者もいる。巡回しているサービス係にいえば、いつでもパンやコーヒーを持ってきてくれる。

テーブルには「大大大小小大」などと今までの出た目の履歴が掲示してある。それを見ると、テーブル毎にその日の傾向が異なるようだ。その後それを参考にして賭けると数回に1回は当たるようになった。そうなると俄然面白くなってきた。老人たちが熱くなり、沢木耕太郎がはまったのがよく分かる。

ルールが単純で勝負が早い、これが大小の面白さのポイントだ。考える、張る、すぐに結果が出る。運が良ければ配当がもらえる。これがほんの数分の内に繰り返されるのだ。いつの間にか知らず知らずに勝負にのめりこんでいく。

当たった時の快感は何とも言えない。ディーラーが僕のチップに配当を乗せ、返してくれる瞬間、どんなもんだ、とつい周りに胸を張りたくなる。

沢木は大小の面白さに取りつかれ、その必勝法を考えているという。彼の目的はカネではなく、ゲームに勝つことそれだけらしい。必勝法は未完のようだが、負けない方法は分かったというがどんな方法だろう。

要領が分かって面白くなったものの勝負は一進一退、あまり大きく張ることが無かったので、その日の勝負が終わった時、若干の負けで済んでいた。なんとなくこれはいけるぞ、そんな気がした。

それからちょいちょい気軽にカジノへ出かけた。何しろエレベーターでちょっと降ればすぐカジノがあるのだ。僕らも大小の回を重ねる毎にちょっと大胆なやり方も試みた。

例えば大に賭ける時、3つの数字の合計を当てる賭け方も併せてやってみた。大に賭けるのだから合計数も大きくなるだろう、と考えて合計数の大きいものに賭けた。これでうまくいけば大と合計数字の2つで配当が付く。さらに賭けるチップの数も増やしてみた。ハイリスクハイリターンを狙ったのだ。

こうやってリスボア滞在中、何回もカジノに通った。その間、当初の3万円が無くなることはなかった。これはあまりハイリスクな賭け方をしなかったこと、ギャンブルは勝った時にやめるのが負けないコツ、ということを守ったことによる。

特に終盤には時に大きく賭けて 連勝することもあったが、さらにそこから大きな勝負に出ることはなかった。これが良かったのか分からないが、沢木耕太郎のように旅費まで危うくするようなリスクはとれなかった。最終的には3万円のチップは3万5千円になっていた。

せっかくマカオのカジノに来たのに、稼いだのはたったの5千円、なんでとことんやらなかったか、と悔いも残った。しかしカジノで丁半博打を充分楽しんだ上、損もしなかったからいいじゃないか、そうもいえる。どうであれ、いかにも僕らしいやり方だ。

旅の終わりに、旧市街へお土産を買いに出かけた。まず名物のクッキー、ポルトガルと中国の味覚が融合したような素朴な味わいのクッキーだ。クッキーだけど売っている店の看板には餅屋の文字がある。初めてクッキーを見た中国人には餅の一種に見えたのだろうか。

そして有名な茶荘(お茶屋さん)で中国茶を買った。歴史を感じさせる古い店頭で、そこの女将さんからお茶を頂いた。僕らはほんの味見のつもりだったのに、高価な茶葉を惜しみなく使って淹れてくれた。お茶の支度が整うと、先ほどから店の奥にいた、創業者のおじいさんも同席してくれた。

本式の茶道具で丁寧に入れたお茶はしみじみと美味しかった。大した買い物をした訳でもないのに、マカオの人の親切さが身に染みた。そういえばクッキー屋の女将さんも、僕らに味見をしろといろんなクッキーを山ほどを持ってきてくれた。

最終日、ほぼ毎日通ったホテルのレストランに行った時、明日は日本に帰る、と顔見知りになったスタッフの娘さんたちに話した。すると彼女たちはみんな一様に、明日から淋しくなる、といってくれた。また来るよ、と僕はそれに答えた(終わり)
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240 ベトナム、あれから8年(2)トゥボン川のほとりで
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230 またもやベトナム(10)ホーチミンの気ままな日々
229 またもやベトナム(9)ホイアンの日々
228 またもやベトナム(8)旧市街の娘たち
227 またもやベトナム(7)ホイアン到着!
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225 またもやベトナム(5)ダラットの食堂
224 またもやベトナム(4)ダラット高原列車
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222 またもやベトナム(2)はかない夢、ダラット
221 またもやベトナム(1)6度目のホーチミン
220 バンコクの12日間(7)折りたたみ市場
219 バンコクの12日間(6)DEATH RAILWAY
218 バンコクの12日間(5)「戦場にかける橋」
217 バンコクの12日間(4)アユタヤ遺跡
216 バンコクの12日間(3)ジム・トンプソン
215 バンコクの12日間(2)バンコク徒然
214 バンコクの12日間(1)哀しみの街へ
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211 なぜかベトナム(9)市場食堂
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201 ネパール出会い旅(10)旅の終わりのカトマンズ(上)
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192 ネパール出会い旅(1)カトマンズ到着
191 カンボジア紀行(5)ランドリーとバインミー
190 カンボジア紀行(4)ホーチミン
189 カンボジア紀行(3)トンレサップ湖
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139 韓のくに迷走記(2)ソウル町歩き
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137 ベトナムの風の中で(9)旅の終わりのホーチミン
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135 ベトナムの風の中で(7)フエのアヤしいふたり連れ
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131 ベトナムの風の中で(3)ホイアン町歩き
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110 老いぬれば
109 アイルランド紀行(11)聖人と文豪
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101 アイルランド紀行(3)タラの丘へ
100 アイルランド紀行(2)ダブリンの街歩き
99 アイルランド紀行(1)百敗して、なお・・
98 ベトナム紀行(8)駆け足バンコクそしてハノイ
97 ベトナム紀行(7)サヨナラ!「サイゴン」
96 ベトナム紀行(6)再びのホーチミン
95 ベトナム紀行(5)アンコール・ワットの空の下
94 ベトナム紀行(4)タイを追い出した町
93 ベトナム紀行(3)メコンデルタの森へ
92 ベトナム紀行(2)暑い!ホーチミン町歩き
91 ベトナム紀行(1)「僕の1号線」はどこに?
90 マイ・センチメンタル・ジャーニー
89 シルクロードの旅(12)風の城、アヤズ・カラ
88 シルクロードの旅(11)「博物館都市」イチャン・カラ、ヒワ
87 シルクロードの旅(10)ちいさなリンゴ
86 シルクロードの旅(9)「愛の町」アシュハバード
85 シルクロードの旅(8)中央アジア最大の世界遺産メルブ遺跡
84 シルクロードの旅(7)未知の国へ
83 シルクロードの旅(6)国境越え
82 シルクロードの旅(5)ブハラ、深夜のトイレ
81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
80 シルクロードの旅(3)アレキサンダー大王が来た街
79 シルクロードの旅(2)青の都サマルカンド
78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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