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僕の偏見紀行
261 パイ・カジに吹かれて(2)何もない贅沢
2020年2月5日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ホテルの裏手に広がる森、島中央の山岳地帯へ続いている。部屋のベランダからの眺め
▲ ホテルの休憩コーナー、奥に見える橋を渡って森へ行けるが、ハブが怖い。
▲ ホテルと森の間を流れる渓流。いつも小魚が泳いでいた。
「ここは島を一周する道路が無いんですよ。開発が進まないのもこれが一因だと思います。しかしこれは島のためには良かったですね。」

港まで迎えに来てくれたホテルのドライバー氏は僕にこう言った。長身でがっしりした体格の彼はちょっと強面にも見えたが、話してみると穏やかで思慮深い人だった。

島唯一の県道215号線は、西岸の白浜から南岸の豊原まで時計回りで全長53キロ、バスで1時間45分かかる。しかし島のほぼ三分の一は道路がない。白浜から先の舟浮集落までは船便しかない。

しかし森と海に囲まれたこの道はただ走るだけでも楽しい。道路の両脇には紺碧の大海原、河口に群生するマングローブ林、深い森や草原等が次々に見えてくる。ホテルまでの30分などあっという間に過ぎてしまう。

島は前回訪れた10数年前と殆ど変わっていなかった。そのことに驚いた僕がそう言うと、ドライバー氏は冒頭の言葉を僕に返してくれた。

石垣島や宮古島ではここ数年開発が進み、土地バブルが起きている。離れ小島に橋が架けられ、高級リゾートホテルが次々に建設された。今更この美しい八重山諸島にそんなものが必要だろうか。独特の色をした碧い海、深い緑の森、爽やかな空気、それで十分だと思う。

そんな思いを抱えて僕は西表島へやって来た。海と森を眺め、パイ・カジ(南風)に吹かれたい。それで十分だ。

到着したホテルは以前のままの姿を見せていたが、よく見ると建物のあちこちが色あせ、10数年の歳月を感じさせた。

よくこんな場所にホテルを建設する許可がでたものだ、そう思わせる程のところにこのホテルは建っている。道路から150mくらい入り込んだ、小さな渓流沿いに深い森を背にしてホテルは建っている。

部屋のベランダへ出ると渓流を挟んですぐ目の前に森の木々が迫って来る。そこからは昼も夜も虫の音や鳥のさえずりが絶え間なく聞こえ、木々を揺らす風や渓流の水の音も聞こえる。

このホテルには6泊する予定だから、一日をフルに使える日が5日ある。さてそれでは何をしようか。決まった予定は何もない。その日の風次第、気分次第というところだ。レンタカーなんかでバタバタするのはやめよう。時間はたっぷりある。

ホテル滞在初日、朝食のため食堂へ行くと、簡単なビュッフェが用意してあった。和洋とりまぜた料理が並んでいる。以前と比較するとなんとなく淋しい品ぞろえだ。シーズンオフなのか宿泊客は少ない。このホテル数年前に経営者が変わったという。

自然環境がいいということは辺鄙な場所にあるということだ。港から30分、周りには何もない。もともと島にはコンビニなんかもない。だからこんな場所でホテルを通年営業することの難しさはよく分かる。

新しい経営者は合理化を進め、たとえ少ない顧客でもやっていけるような体制を組んだのだろう。ホテルのスタッフの数も以前より少ない。料理の数が少なくても仕方ない。

ご飯に味噌汁、卵焼き、サラダ、焼き魚など和とも洋とも言い難い朝食となった。味は可もなく不可もなくといったところだ。しかし困ったのは最後に飲むお茶が無いことだ。僕はパンにはミルク入り紅茶、ご飯にはお茶と決めている。しかもそれを大量に飲む。

僕は一人でバタバタと食堂内を動き回っていた係の若者に、お茶は無いかと尋ねた。するとお茶は用意していない、という。僕はこの若者が、お客にろくに挨拶もしないのが気に入らなかったので、余計に腹が立った。

僕は若者に、ご飯を出すならお茶は不可欠だろうと文句を言った。すると彼は少々すねたような態度で、ここではお茶は出さないことになっている、今までそれで客に理解してもらっていた、というのだ。

そこでよせばいいのに、せっかく素晴らしい環境にあるいいホテルなのに、ちょっとしたことで客を失望させてはいけない、なんとか工夫をして客に喜んでもらうのが君の仕事じゃないかと余計なことを言ってしまった。

僕の話を聞いた彼は仏頂面のまま奥へ引っ込んでいった。暫くすると彼は、お湯の入った湯飲みと沖縄独特のさんぴん茶のティーバッグを持ってきた。そして緑茶が無いのでこれで我慢してくれと言った。

意外な彼の対応に驚いた僕は彼の好意が嬉しかった。お礼を言って有難くさんぴん茶を頂いた。そのさんぴん茶は殊の外美味しかった。僕は食堂を出る際にも彼に、美味しいお茶だった、ありがとう、と重ねて礼を言った。

その朝以降、毎朝食堂へ行くと僕の席には、湯飲みとさんぴん茶のティーバッグが用意してあった。彼の担当ではない朝もちゃんとそれは置いてあった。彼が他の係にも申し送りをしたのだろう。それ以降、彼をはじめ他のスタッフとも挨拶を交わすようになった。

これでホテルの居心地もよくなった。ここでゆっくり過ごすのが楽しみだ。たまにはバスに乗って海や川を眺めに行くのもいいが、他の日はホテルの周辺を散歩したり、本を読んだり、洗濯などをして過ごそう。(続く)
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109 アイルランド紀行(11)聖人と文豪
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93 ベトナム紀行(3)メコンデルタの森へ
92 ベトナム紀行(2)暑い!ホーチミン町歩き
91 ベトナム紀行(1)「僕の1号線」はどこに?
90 マイ・センチメンタル・ジャーニー
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87 シルクロードの旅(10)ちいさなリンゴ
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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