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かくてありけり
61 富士山頂の星条旗−古写真探偵が行く
2016年1月1日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
▲ 星条旗新聞1945年10月10日号掲載「富士山頂に星条旗」の写真と記事
▲ 敗戦後初めて東京の中心に掲げられた星条旗
定年後、通信社の資料写真部門で、古い報道写真の掘り起こしと点検に従事して7年余りが経った。業務の実質は写真説明の裏付けを取ること。いわばリサーチャーの日々である。友人は“古写真探偵”とのニックネームを呉れた。
 
昔の報道写真は、今ほどキャプションに力を入れていなかった。確かに、記事に併用なら詳しい説明はいらないわけだ。しかしそれが写真単体となった時、説明不足では資料写真として自立できない。どんなに見た目が面白くても使えない。使えるようにするには可能な限り5W1Hを補うことが必要だ。関連資料にあたり、掘り起こす。基本的には新聞の掲載紙面が一番のよりどころとなる。

戦中から昭和20年代の写真には怪しげなものが少なくない。戦後70年記念の写真集「ザ・クロニクル」刊行のお手伝いをしていた2014年春、編集部が選んできた中に、富士山頂に星条旗を掲げる米兵の写真があった。米軍が星条旗を掲げる象徴的な写真は、私の知る限り硫黄島のそれに次ぐものだ。
日付は1945(昭和20)年10月11日で、「米軍将兵の富士登山 山頂にて第百五歩兵連隊第二大隊の星条旗」と一応の説明はついていたが、何か引っかかる。一通り裏付け調査をしたが一向に手がかりがない。日付の断定を避けることで、ひとまず通したが、発行後も気になっていた。

点検は当時の朝日・毎日・読売の三紙を調べた。しかし終戦直後の用紙不足で裏表2ページ建ての紙面では、よほど重要なニュースでない限り写真が掲載されることはない。見つからぬまま、半ばあきらめていた。
その後しばらくして「英字紙はどうだろうか」と考えた。たとえば軍関係のTHE STARS AND STRIPES(星条旗新聞)はどうか?友人に日本外国特派員協会(FCCJ)の幹事がいる。そこの資料室の利用を思い立ち、紹介してもらったが、同紙を所蔵していないとのことだった。でも現在もある星条旗新聞の資料室の存在を教えてくれた。

2015年春、すこし余裕ができたところで星条旗新聞の資料室へ電話した。M室長は「日にちがピンポイントで分かれば、すぐ調べます」と応じてくれた。30分後、「見つかりました」と電話があった。追っかけてメールで紙面コピーが届いた。トリミングは異なるが、同一の写真であった。これこそ私が探し求めていたものだ。
記事の見出しは二段で、Dramatic Climb by 27th Division  Men Plants Old Glory Atop Mt. Fuji。写真のクレジットは27th Division Photoとなっていて、第27師団の写真班が撮ったものであることがわかる。記事中にSgt. Charles Zver , a photographerと軍曹のカメラマンの名があった。

掲載日は10月10日。それを見て同盟通信が写真を入手したのが10月11日だったのだろう。共同通信に残る日付は撮影日でなく入手日だった。

その記事によれば星条旗を掲げた本隊はthe 2nd battalion,105th Infantry Regiment(第27師団の第105連隊第2大隊)で、登頂は9月21日。その2日前に偵察の先遣隊が登っていたことも分かった。本隊の登頂は悪天候下の敢行であった。三紙の点検で、9月29日付で富士山が初冠雪したと報じられていたので、10月に入ってからの登山は疑わしいと思ったのは的を得ていた。

私が怪しげな写真と思った理由の一つに、富士山頂というには背景が一様に塗りつぶしたかのようにグレーで、下界の風景が写っていないことだった。しかし悪天候で視界が良くない中での登山であったと知り納得した。
F.Kajiという山守(keeper of the mountain)が案内人として同行したことも記されていた。ネットで調べると、「梶房吉」という伝説的な強力(ごうりき)の存在が浮かび上がった。

さらに、記事中のキーワードでネット検索を掛けたら、the Milwaukee Journalの10月8日付にAP電の記事が載っていた。こちらの見出しはOld Glory Flies From Fujiyama.
時差を考えると星条旗新聞より2〜3日早い。写真は無く、記事も短めだが、内容に変わりは無い。APが配信していたとは思いもよらなかった。

根気よく調べたら10紙以上の米地方紙が掲載していた。70年前の掲載状況が自宅で調べられるのはインターネットのおかげだと痛感するし、それができるのは米国の各地方紙が、自社の過去記事をデジタル化して公開していればこそである。日本の新聞界はまだここまで行っていないのではないか。

それにしても米軍は何で富士山に登り星条旗を立てたのだろうか?硫黄島の場合は日米の決戦場となり、双方が死体の山を築いた場所だから意味合いとして理解できる。富士山はどうか?昨秋、日本橋で開催された「地図展2015年」の講演会を聴いた。その中で、富士山はサイパンから日本空襲に向かうB29爆撃機の到達目標となっていたことが紹介されたし、富士山にペンキを投下し塗りたてる話もあったそうだ。米軍は日本の象徴である富士山を我がものにすることで、日本人のプライドをずたずたにしたかったのだろうという。ペンキの投下こそ実現しなかったが、山頂に星条旗を立て自分たちが勝者であることを示したのである。

The STARS AND STRIPESはハワイで編集した太平洋版Pacific ocean Areas Editionが全6巻に復刻され、都立中央図書館や、国会図書館に所蔵されている。だがそこには富士山頂の星条旗の記事・写真は見つからなかった。件の掲載は同じ星条旗新聞でもTokyo editionであった。その実紙が残っていたからこそ、たちどころに対応してもらえた。

喉に刺さったままだった小骨がとれたようなすっきりした気持ちに浸り、室長に「一献差し上げたい」と申し出た。3週間後、私の行き付けの新橋の蕎麦屋に足を運んでもらい、盃を傾けつつ資料管理の四方山について情報交換して、大変有意義であった。

その折、逆にお尋ねを受けたのは、同じ1945(昭和20)年9月8日付紙面に掲載された、進駐してきた米兵がいち早く都内の“News Building”に星条旗を掲げた写真であった。「これは本当に都内でしょうか?だとしたらどこでしょうか?」と。

 紙面のコピーを見て古写真探偵の虫が騒いだ。翌日、画像を送ってもらい、パソコン上で階調を整えてから、拡大して細部を点検した。画面左後方の尖塔のあるビルが目についた。なんとなく見覚えがある。丸の内の八重洲ビルか、あるいはひょっとして新橋の老舗錠前店の堀商店か。その右奥はるか後方に中国風寺院のような建物があるのに気づいた。尖塔のビルの手前右手には鉄道の高架が確認できる。高架が新橋駅近くで、ビルを堀商店とすると、寺院の方角はアメリカ大使館の方向だ。大使館の近くには大倉集古館があるはずだ!そこまで分かったら後は一瀉千里、方角が確定し、高架の向こう側は新橋界隈で、白いビルは第一ホテルと判明。手前は銀座のはずれであろう。それから当時の住宅地図(通称「火保図」)に物差しを当て銀座8丁目の“ニューズビルディング”を探したら、ありました「日本映画社(日映)」が!

もともと新聞聯合社のビルだったものが、同盟通信に発展した後、その映画部門が日映となりここに入っていた。「通信社史」に掲載の資料写真と比較したところ、違和感はない。Gooの昭和22年空撮地図で今一度位置関係を確認した。結果をすぐにM室長に伝え、喜んでいただけた。

後日、日映の歩みをまとめた「ニュースカメラの見た激動の昭和」を開いたら、「敗戦前後」の章の215ページに次の記述があった。
「占領軍の先遣部隊の厚木到着の前日だったか、中村正は内務省からの帰り道、日映本社の細長い社屋の六階屋上に星条旗がひるがえっているのを見てびっくりした。一部始終を見ていた企画の稲垣長三郎の話によると、アメリカのニュース・カメラマンが来て、ビルの屋上に星条旗を立て、それを前景に戦災で焼け野原になった中に国会議事堂が見えるのを撮影していたという」。
国会議事堂と方角は少しずれるが、パンすればこの写真が撮れる。日映のビルに間違いはない。場所と時期、撮影の経緯など、裏付けが取れて安心して使えるものになった。リサーチャー冥利に尽きる成果だ。

ちなみに星条旗を掲げたのは米軍通信隊のバッド・ステープルトン中尉(Lt. Bud Stapleton 23歳、ニューヨーク出身)。撮影者は Sontheimer大尉。写真は戦艦アイオワ内で現像され、フィリピンに送られ、そこから電送され、豪州経由で配信されたという。
英文でネット検索すると記事や写真が幾つかヒットする。ただし撮影日付は8月30日と9月5日の二説あるが、撮影が8月30日で、リリースが9月5日と思われる。
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