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縁の下のバイオリン弾き
146 書くということ
2018年2月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ アメリカ合衆国独立宣言
▲ 始めて買ったタイプライター。捨てられずに今でも持っている。
去年の暮れ、ニューヨーク・タイムスの電子版に日本のことを書いた記事がのっていた。日本の高齢化と孤独死を報じたもので、伊藤さんという91歳のおばあさんがとりあげられている。夫も子供もみんな死んでしまい、ただひとりになって誰との交流もなく団地で生活している。

胸を突かれたのは記事につけられた動画だった。なくなった娘の追善のために写経をしているところを見せている。もちろん毛筆で書くのだが、それが見事な筆跡なのだ。

彼女は少女時代、書道に打ち込んだにちがいない。そしてその教養は疑いなく彼女の人生を豊かにしたはずだ。でも今になってみると、そのせっかくの達筆を意味あるものにする場面が彼女にはほとんどないのだ。コンピューターの普及によって手でものを書くことが必要ではなくなった現在、人もうらやむ能書の使い道がないとは悲しいことだ。


筆跡に関しては私にも同じような経験がある。いや、書道はまったくだめだが、それをうめあわせようと思ってか、単なる西洋かぶれだったのか、中学時代に英語のペンマンシップ、つまり筆記体の書き方をけっこう練習した。当時私の通っていた名古屋の中学では英語の先生が特別にペンマンシップを練習させたのだった。

その結果、私はかなり流麗な筆跡で英語を書けるようになった。ところが高校のときに転校した東京の中高一貫校ではクラスメートのだれもが活字体で英語を書いているのだった。活字体というのは教科書にのっている活字をそのまままねして書くものだ。

彼らは中学で英語の先生から「文字は読めなければ意味がない。字体の違う筆記体で書いても読めなければ役に立たない。それぐらいならはじめから活字体で書け」といわれて、そう書くように練習したのだという。その考え方には一理ある。たしかに文字はコミュニケーションのためにあるのだから、読めないような書き方では目的を達することができない。

しかし私はそういう考え方に不満だった。それは散文的な能率主義だと思われた。文字は読めればいいってもんじゃない。印刷機が発明される前の、いや発明されたあとでもながらく使われてきた筆記体の美しさに私は魅了されていた。

大昔から毛筆という筆記具があった中国や日本と違い、西洋では19世紀になるまで鵞(が)ペンが使われていた。これはガチョウの羽根をそのままペンに使ったものだ。先端をナイフでけずってとがらせ、真ん中に縦線をいれればすぐにペンができる。それを作るためにはナイフが必要だから人々は小さなナイフをいつもポケットに入れていた。今でもポケットナイフをペンナイフと呼ぶのはそのためだ。

このペンで書くと文字の線に太いところと細いところができる。メリハリのある線で一方に傾いた筆跡はすべての文字がつながっており、上にのびたり下にさがったりしてさらなる変化をつける。ていねいに書かれた文章はもちろん、走り書きのような奔放な字体でも私には美しく思われた。特にサインなんかは全然読めないところにかえってしびれた。

この私の考え方には東洋の書道が影響しているだろう。でも西洋にだってそれに通じる感じ方がなかったはずはない。

19世紀になって金属のいわゆる「つけペン」ができた。その後、万年筆というものができて人々ははじめてペンを持ち歩くことができるようになった。それらのペン先は鵞ペンを忠実にまねしていた。鵞ペンにあらわれるとおり、太くなったり細くなったりする線を書くことが可能だった。人々はそれらを使って美しく見える書き方を練習したのだ。

その西洋の書道的な考えに打撃を与えたのがタイプライターの発明だった。人々は文字を一字一字手で書くことから解放された。でもそれはもっぱらビジネスで使われるのにとどまり、金属のペン先に頼って書いている限り、手書きに根本的な影響を与えることがなかった。

私の考えではペンマンシップを壊滅させたのはタイプライターではない。ボールペンの発明である。これは万年筆とちがってインクもれなどなく、しかも安上がりに製造できるので大量に生産された。ボールペンは線のはばが一定しているので、それまでのペンのような魅力のある線を書くことができなかった。ボールペンで筆記体を書いても美しいとは言いがたく、特段魅力があるわけでもない。日本にもペン習字というものがあるが、あれを思い出していただければ私の言っていることに納得されると思う。

これがアメリカ流の合理主義とあいまって、文字は書ければいいんだ、読めればいいんだという風潮をおしすすめた。その後の筆記具も、すべてが同サイズの線を書く道具で、活字体を書くのに適しており、筆記体の復活にはいたらなかった。

日本でのボールペンの普及は1960年代だ。そのころ入った東京の高校で活字体が主流となっていたのも偶然ではない。

点と線が書けさえすればいいということで、一見合理的に見える手書きの活字体だけど、実はこれには落とし穴があった。日本に住んでいる人には関係のない話だが、アメリカでは現在手書きの場合活字体で書く人がほとんどだ。それでいて、活字体ではあっても読めない悪筆が驚くほど多い。考えてみれば文字を書くのに練習など必要ないという前提が根本にあるのだから、活字体だって、どこに何がどうつながっているのかぜんぜんわからないひどい書き方がはばをきかせているのだ。

コンピューターができて手書きは必要なくなったように見える。でも現在でも手書きを挿入しなければならない文書は、役所や会社でいまだに健在だ。それらに記入された文字が活字体であっても読めないのではコミュニケーションの意味をなさない。


1969年に梅棹忠夫の「知的生産の技術」という本が出版された。その翌年、1970年に私は日本を離れたのだけど、出版元のPR誌に連載されたものをもう読んでいた。これは画期的な名著だった。その後に日本で起こったビジネス/学術システムの改良はすべてこの本によって引き起こされたといっていい。私ももろに影響された組で、まだ大学生だったけれどポータブルの英文タイプライターを買い、タイプを独習した。英語の勉強のためだったが、大学では実地に使うことはなかった。それでもいちおう打てるようにはなった。そしてそれを持って香港に渡ったのである。その時にはわれながら「かっこいい」と思ったものだ。

でも香港で就職して、高慢の鼻をへし折られた。ビジネスで活用するにはただ打てるだけではだめなのだ。まずまちがえないように早く正確にタイプできなければならない。当時はコピーを取るのがふつうだったから、2枚の白紙の間にカーボン紙(コピーをとるための紙)をはさんでタイプする。ところがこれではまちがいを訂正するのがたいへんやっかいだ。

私はそのころ変なプライドがあって、なんでも自分でタイプをした。英語で書かなければならないので緊張の連続だった。手紙や報告書の書体もよく知らなかったので、それらを学びながらタイプした。そのうちタイプライターをのろわしく思うようになった。

もし肉筆で文章を書ければどんなにらくになるだろう、と思った。タイプライターは肉筆で書く苦労を減らすために発明されたはずだが、私にとっては苦役以外のなにものでもなかった。紙を所定の位置にはさもうとするだけで指が震えた。

他の人に先んじてタイプを練習したのに、その練習はむだであっただけでなく、積極的に私の立場を悪くする方向に働いた。はじめからできないのであれば、自分でタイプしようなどとは思わなかっただろう。会社にはタイピストがいたのだから、彼女たちに頼めばよかったのだ。

タイプライターに対するコンプレックスはなかなか克服できなかった。のちにアメリカで学校の教師になった私は論文やレポートでタイプライターがなくてはならないものになったけれど、苦手意識はぬぐえなかった。

私の美しい(と思う)英語の筆記体は一生を通じてまったく役に立たなかった。そう認めなければならないとはなんとつらいことだろう。


梅棹忠夫の本は日本の社会を論理的・機能的なそれに変換することを理想として書かれたものだ。そして現在それは実現している。当時の私には想像もできないことだった。

字がきれいだということは以前の日本でなら高い価値をもっていた。いまでも書道に励む人の数はたいへんなものだ。でもそれがなんらかの現実的な利益をもたらすということはもはやない。冒頭の老女のように、娘への追善の技術としてしか役にたたなくなったのだ。

むかし日本では字によってその人の性格まで判断される、という字のへたな人間から見たらまったく理不尽としか言いようのない風潮があった。

字がへただからって人間のよしあしに関係があるはずがないじゃないか。そのころには就職のとき履歴書を自筆で書かなければならなかった。毛筆で書けなければ万年筆で書いた。会社や役所はその筆跡をみて「こいつは使える」とか決めたのだろう。

日本を離れたことで、私はそのようなばかげた風潮から逃げ出した気でいた。ところが今度はタイプライターが打てなければどうにもならない、という現実に直面して、私はアリ地獄のような苦労を味わった。

もしそれが現在の生活に多少とも貢献しているのなら、苦労のしがいもあったというものだ。コンピューターにとってかわられた今となってみればしかし、あれはまったくしなくてもよい苦労だったという結論におちつく。

なにが苦労だといって、タイプの打ちまちがいほどやっかいなものはなかった。まちがいを直すのがいやさに長い文書をはじめから打ち直す、なんていうむだなことをやっていた。

ようやく打つ技術に慣れたときには、タイプライターそのものが消滅していた。コンピューターはそれまで考えられなかったような利便を書き手に与えた。



それは英語でも大変革だったが、日本語の場合には英語にもまして驚天動地の大革命だった。なにしろ日本語の漢字かな混じり文がそのまま書けるようになったのだ。それも一瞬でまちがいを訂正できる。

そんなばかな、と私は今つくづく思う。日本にずっと住んでいれば、あんなつらい思いをすることはなかったのだ。日本の人は肉筆からワープロ、それからコンピューターと時勢が変わるに従って乗り換えさえすればよかった。タイプライターという、恐竜のように消滅してしまった不便極まる道具に支配されなくてもすんだのだ。

このあいだ「カリフォルニア・タイプライター」(2017)というドキュメンタリー映画を見た。映画俳優のトム・ハンクス、去年なくなった劇作家のサム・シェパード、ギタリストのジョン・マイヤーなどがこの機械に対する愛を語っている。トム・ハンクスは250台のアンティーク・タイプライターをコレクションしていて、いつでも使えるように整備しているということだ。

信じられない。私はいまでも肉筆に対する信仰を持ち続けている。

結局のところ、タイプライターのような機械にたよって、上下左右、定規をあてたようにきちっと書かれた文章に美を感じる感性が私にはなかったのだ。写経なんかできないけれど、自分の手で書くというその行為自体が美しいものだと感じている。








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