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縁の下のバイオリン弾き
159 まぼろしのオニオン・バーガー
2019年3月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 長ネギとタマネギがいっしょになったようなメキシコのネギ
香港にいた時、アメリカから香港に研究に来た日本人の友人から、「アメリカにはオニオン・バーガーというものがある。生のタマネギを分厚く横に切って、丸いパンに挟(はさ)む。それだけだ」という話を聞いた。

バーガーとはいえ、肉は入っていないのだ。その話を聞いたのは1970年代のはじめで、日本にはハンバーガーというものがまだなかった。どこかにはあったのかもしれないが私は知らなかった。私が知っていたのはデパートの食堂で食べるハンバーグ・サンドというもので、これはハンバーガーとは全く違ったものだった。

香港にマクドナルドができたのが75年ごろのことで、大方の予想通り、すぐに潰れてしまった。香港のようなグルメの街にファースト・フードなど入り込む余地はないと誰もが思っていた。のちにこれは誤りだとわかるのだけど。

私はこのオニオン・バーガーにあこがれた。タマネギを挟むだけ、という荒けずりなやり方が豪快だと思った。

ところがアメリカに来てみると、そういうオニオン・バーガーはなかった。もちろん「オニオン・バーガー」という名前があるぐらいだから、そう呼ばれるハンバーガーは存在していたけれど、それはありきたりの牛肉のハンバーグ・パティの上に炒めたり揚げたりした厚切りのタマネギを乗せてバンではさんだものだった。

オニオンだけというオニオン・バーガーを食べたい、と思い続けて私は40年をアメリカで過ごしたが、いまだにそういうバーガーを食べたことはない。

それなら自分で作ればいいじゃないか、と言われそうだ。まったくその通り。自分でタマネギとハンバーガー・バンを買ってきて挟めばそれですむことだ。ところが私はそうしなかった。なぜか。自分で作って自分でうまいと言っている分には単なる自己満足に過ぎない。私はアメリカのカルチャーとしてのオニオン・バーガーを(もしそういうものがあるとして)試してみたかったのだ。


でも、タマネギだけのバーガーを食べたいと思ったのには下地がある。子供の頃、デュマの「モンテ・クリスト伯」のダイジェストを読んだ。「巌窟王」という題名だった。

主人公のエドモン・ダンテスが仇敵の銀行家ダングラールを手下の山賊に誘拐させ、牢に閉じ込める場面がある。ダングラールは食物を与えられないので空腹に耐えかねて檻の外をみると、見張りの山賊がタマネギをパンにはさんでうまそうに食べている。「あんなもの食っていやがる」と心中軽蔑するのだが、その内にひもじさからその番人にパンを売ってくれ、と頼むのだ。

成人してから原作を翻訳で読んだけれど、やっぱり生の玉ねぎが出てくる。

私もダングラールにつられてうまそうだと思ったが、どうにもわからないのがタマネギを生で食べる、ということだ。タマネギといえば刺激の強い、からい野菜ではないか。切っただけで涙が出る代物をよく食べられるものだ。

それがタマネギを生で食べるサンドイッチを知った始めだ。のちに香港でジョゼフ・コンラッドの小説「ノストローモ」(1904)を読んだ時も、こういう食べ方にお目にかかった。この小説は南米のある国(架空の国だ)が舞台で、革命騒ぎの中、鉱山の銀塊を盗んで独り占めにしてしまう男の話だ。

コンラッドはもともとポーランド人で、ロシア語、ポーランド語を日常言語として話し、船乗りになって世界を旅した間に英語、フランス語を学んで、その英語を使って小説家になった、という異能の持ち主だ。私のヒーローなんだけど、外国人として英語を使うということにどこか無理があったのか、あるいは頭がよすぎたのか、彼の書く英語はものすごく、ものすごーく難しい。私はまだ英語を読み慣れなくて、息もたえだえになり、ギブアップしそうになりながら意地で読んだ。そのため、どんなコンテクストでこのオニオン・サンドイッチが出てきたのか覚えていないのだけど、「モンテ・クリスト伯」に続いてこれに出会うのは2回目だったので、強く印象に残った。


また香港に行く前、日本でジャン・ポール・ベルモンド主演のフランス映画「オー!」(1968)を見た。オーというのは主人公のちんぴらギャングのあだ名だ。彼の恋人を演じるのが当時人気のあったジョアンナ・シムカスだった。この女優はカナダ人で、フランス映画に出るくらいだから英仏2ヶ国語のバイリンガル。私はあこがれたものだった。

オーが微罪で刑務所に入る。そこに看守が「差し入れだ」と言って野菜を持ってくる。誰にも連絡していないのに差し入れがあるのは変だと私は思ったが、たぶん教会からの慈善事業としての差し入れだったのだろう。

オーはタマネギを取り上げてそのままがぶりとかぶりつく。これにはびっくりした。サンドイッチにもなっていない。別にからそうな顔もしていない。私にはミステリーだった。

この謎が解けたのは後年荻内勝之という人の「ドン・キホーテの食卓」という本を読んだ時だった。ヨーロッパにはからくないタマネギがあるのだという。

アメリカにもないわけではない。パープル・オニオンという紫色をしたタマネギは確かに黄色いタマネギに比べるとからみが少ない。だからアメリカのレストランでサラダを頼むとたいていこのタマネギが入っている。それでもそのタマネギだけをサンドイッチにしたり、丸かじりするのは見たことがない。


こどものころ、雑誌の付録に「なんでも大辞典」みたいな小さな本がついてきた。「世界で一番人口の多い町は?」とか「世界で一番長い橋は?」とかの問いと答えが書いてあって、私は知識欲に燃えていたからその内容をほとんど覚えてしまった。でも今でも覚えていることはひとつしかない。それは「世界で一番食べられている野菜は?」という問いだった。さあ、どう思いますか。

現在では世界で一番食べられている野菜はトマトだ、ということになっているらしい。しかしトマトが野菜であるかどうかには論議がある。あれは果物だ、という主張があるからだ。まあしかしトマトが一番食べられている、というのは実感として受け入れられると思う。

でもその付録の答えは「タマネギ」だった。なるほど。たしかにタマネギはほとんどあらゆる西洋料理に使われる。世界で一番食べられているというのもうなずける、とその時は思った。けれど、本当にそうだろうか。

この辞典を作った人は多分欧米の情報を鵜呑みにしてこれをつくったんだろうと思う。その原文に「オニオン」とあれば「タマネギ」と訳してしまうのもしょうがない。日本ではオニオンといえばタマネギだからだ。

私はいつのころからか、ここの「タマネギ」は誤訳だと思うようになった。日本語でそう書けば必然的に青ネギを除いてしまうことになる。しかし、アジアで食べられている青ネギを無視するわけにはいかないだろう。 現在では、例えば世界中で年間1000億食以上食べられているというインスタントラーメン中のフリーズドライの青ネギを考えたってその膨大な量がわかるだろう。

英語ではオニオンというのはネギ類の総称だ。タマネギだろうが青ネギだろうが、全てのネギをひっくるめないことには「世界一食べられている野菜」とはいえないだろう。


高校生だった時に当時人気があったカントリー・ウェスタンの歌手バック・オーエンスが来日した。テレビにでてきて、ギタリストと二人で二人羽織よろしく一丁のギターをひくという芸当をやった。これは実は簡単なことなのだが、そんなことは知らない私は感心して見た。その時彼らがひいた曲は今でも覚えている。題名は「グリーン・オニオン」というのだった。

そのグリーン・オニオンはまだ若い、うっすらと黄緑色が残っている、穫(と)れたばかりのタマネギだろうと私は想像した。都会育ちの悲しさ、ネギもタマネギも生えたところなんぞ見たこともなかったから、かってな想像をたくましくしていた。

それがアメリカにきて、グリーン・オニオンというのは日本の万能ネギのような小さい長ネギのことだとわかった時は幻滅した。グリーン・オニオンというからなにか特別のタマネギだと信じていたのに(いや、確かにアメリカでは長ネギの方が特殊だった)、日本で日常目にするネギだったんだ。それが悪いわけではもちろんない。でも目になじんだものは尊重する気になれないのもしかたがない。


30年以上も昔、ウィスコンシンの大学でサマー・スクールを教えた時に、同僚の日本人女性教師がこんな話をしてくれた。彼女は以前学生だった時、中国人女子学生たちとルーム・シェアをしていた。食料はおたがいにわけあっていたが、この万能ネギの青い部分を捨てたためにルーム・メートたちから総スカンをくった。「私たちはねぎの青いところも白いところも大事にみんな食べる。どうしてそういうもったいないことをするのか」と詰問されてこの日本女性は「だって青いところはおいしくないから」と答えたのだそうだ。

私はそれを聞いてあきれてしまった。アメリカでは日本の根深のような大型の青ネギはない(リークというのがあるが、あれは味が違う)。だいたいネギといったらタマネギばかりだ。小型の青ネギはあるにはあるけれど、昔はどこでも手に入るようなものではなかった。中国人学生が怒ったのも無理はない。この細いネギは白いところがほんの少ししかなく、まず大部分は青いのである。その青いところをきざんで青みとしてポテトサラダなどにかけたりする。それがまずいなんてとんでもない。

この日本人女性は日本でやるとおりに白いところだけ使って後はすてていた。 青いところは「おいしくない」と 本当に思っていたのかどうかも疑問だ。きっと裕福なうちに生まれてネギはこうやって使うもの、と頭から信じこんでいたのだろう。「郷に入ったら郷に従え」ということわざも思い出さなかった。「その事件からあとは決してそんなことはしないわよ。もう最後の最後まで使い切るわ」というのが彼女の述懐だった。

その頃中国はまだ貧しかった。留学生たちはそれこそ爪に火をともすような耐乏生活をしていたに違いないから、景気よく青いところをすててしまうようなお嬢さんは許せなかっただろう。金持ちの今の中国人留学生に聞かせたいような話だ。

江戸時代には白菜がなく、鍋に入れる野菜といえばほとんどネギだけだったらしい。さてこそ「カモネギ」(鴨鍋を食べたい時に鴨がネギをしょってやって来た、ということ)という言葉ができた。だますのにおあつらえ向きのターゲットのことだ。それぐらい「おいしい」ということだったんだろう。


「手鍋さげても」という言葉がある。好きな男と一緒になれるなら、どんな貧苦もいとわないという意味だ。これをスペイン語では「あなたとならばパンにネギ」という。まさにオニオン・バーガーですね。
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