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ボーダーを越えて
150 ジプシーとの知恵競争は続く
2009年7月30日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ さすがのジプシーも、この頑丈な蓋は手(歯?)に余る。
▲ ジプシー ((この戸棚の中に食べ物がいっぱいあるんだけどなぁ…))
人間は動物と比べて、自分たちで思っているほど利口じゃない。動物たちといっしょに生活していると、そう痛感させられることがしばしばです。

もちろん動物たちにも個性や能力の差があって、利口なのもいれば、性格がいいだけで知能の方はどうもちょっと足りないみたいだというのもいます。我が家の2匹の犬たちはその代表のようなもので、10歳のメス犬ジプシーは頭脳、8歳半のオス犬マフィーは愛嬌が売り物です。うちにはアフリカングレイという種類のオウムもいて、14歳半なのですが、これまた大変な頭脳の持ち主。でも、何せやることは全部口でなので、こちらが防備しなければならない範囲はまあそう広くなくて済みます。ところがジプシーとなると、「またやられた!」と何度思わされてきたことか… 

きょうは出かける用事がある、と思いながら私が起き出す朝などは、ジプシーは 私の考えていることがわかるらしく、「また留守番かぁ」という思いに沈んだ顔で、私が歯を磨いたり顔を洗ったりしているのをじぃっと見つめています。私が身支度を済ませて階下に下りて行っても、いつもだったら喜び勇んで付いてくるのに、ジプシーは下りて来ません。

そのころにはマフィーにもジプシーの観察が伝わるらしく、しょぼんとしていて、起き上がりもしません。ジプシーがいなかったら、マフィーはきっとしょぼんとしたまま留守番をすることでしょう。

ところが、です。ジプシーは沈んだ気分のままおとなしく留守番を、なんていうことはしません。私が家を出た途端、仕返しを始めるのです。そしてマフィーはそれに便乗する。私が忘れ物に気が付いて、車を出す前にまた家の中に舞い戻ったりとき、報復行動を開始したばかりのジプシーを現行犯で捕まえたことがあるので、ジプシーの犯行はちゃんとわかっているのです。

ジプシーの仕返しとは食べ物荒らし。ジプシーは小犬のときに捨てられたようで、生後7ヶ月で動物管理局(つまりは犬狩り)に捕まって保護されるまで食べ物探しに彷徨い歩いたという辛い経験が身に沁み付いて離れないらしく、食べ物に対する執念は人一倍、いや、犬一倍なのです。忠実さという点でも犬一倍なので、私たちが家の中にいる間はやたらと食べることはなんとか我慢していますが、誰もいないときやみんなが寝ている間、食べられるものはなんでも食べてしまう。

私たちだけではなく、留守中に動物たちの世話をしてくれる人たち全員がジプシーの被害を被っています。大きなテーブルの真ん中にはジプシーは届かないだろうと思って、ちょっと食べただけのケーキを置いておいたら、翌朝、それはきれいに消えていました。トーマスが怪我で入院中のときに、私が食事を支度をしなくてもいいようにと私のために友人が持って来てそのテーブルの真ん中に置いておいてくれた豆スープも、私が帰宅したときにはきれいになくなっていました。留守番をしてくれていた友人夫婦は、ローストチキンをすっかり平らげられてしまったり、先月まで同居して動物たちの世話をしてくれていたダスティン君は買って来たばかりのパン全部を一瞬のうちにジプシーにむさぼり食われてしまったり… 例を挙げたらきりがありません。つまり人間の敷く防衛措置は完璧ではなく、ジプシーの完璧な嗅覚と執念にやられてしまうのです。

一番悔しかったのは、日本に里帰りした友人に神戸からわざわざ買って来てもらったアンリ・シャルパンティエのプティ・タ・プティの一件。正方形の缶にきれいに詰められた小さなクッキーは大事に大事に端っこのいくつか食べただけで、あしたまた少し食べようとしっかり蓋をしておいたのですが… ああ、何と私の浅はかなこと… 翌朝階下に下りてみたら、蓋が空いていて缶の中身は空っぽ! 蓋の端には歯の痕があります。でも、指が使えるはずがないし、歯だけでどうやって開けたのでしょう。情けないやら、感心するやら… 何よりも自分の愚かさに腹が立ちました。

それ以後、出かける前や就寝前に食べ物は戸棚の中にしまい込むことにしています。そのつもりであっても、つい忘れて、「あぁっ、やられた!」と思うことはまだまだあるのですが。

こちらが防御態勢をとると、ジプシーはその挑戦に応じて活動分野を広げて来ました。それまで見向きもしなかったコーヒー豆とか乾燥したままの豆とか、とにかくパッケージを食いちぎって味見する。そして「なんだ、こんなまずい物」とばかりに豆を散りまく。ゴミ箱をひっくり返して、食べ物の味が残っている紙袋を探り出す。いやはや… でも、この程度なら、ジプシーは卑しいとはいえ、犬らしいと思えませんか。

ところが、ジプシーは普通の犬ではなかったのです。

1ヶ月あまり前のことです。外出から帰って来たダスティン君が、大きな缶が床に転がっているのを発見しました。中は空っぽ。その缶は直径25cm、高さ30cmで、ドッグフードを入れてきちんと蓋をし、キッチン脇の戸棚にしまってあったのです。案の定、蓋には歯の痕が付いています。家人が皆留守で、食べ物もどこにも見つからない、という状況で、それなら!とジプシーは戸棚を開け、缶の蓋を歯ではずし、缶を引っ張り出したのでしょう。それまでは傍観していたマフィーもジプシーに同乗して中身をむさぼったに違いありません。

扉を鼻で押して開けるのは簡単ですが、引っ張って開けるのは頭を使って考えないとできないことだろうと思います。ジプシーのIQは私たちの想像を超えて高かったのです。犬の頭脳オリンピックがあったら、金メダルは無理かもしれないけれど、銅メダルぐらいは獲得できそうです。

それから間もなくやって来た私のお誕生日に、ダスティン君が大変に頑丈で蓋はひねらなければ開かないドッグフード容器をプレゼントしてくれました。これは大成功! その後留守にしたとき、ジプシーはまた戸棚を開けてその容器にチャレンジしたようで歯の痕が蓋に残っていますが、蓋はきちっと閉まったまま。やっぱり人間の知恵の勝ちだ、と私は得々と勝利感を味わいましたよ。

ところが、です。今度はジプシーは戸棚の中の小麦粉に目を、いや鼻を付けました。粉の入った袋を引っ張り出し、リビングルームまで引っ張って行って、テーブルの下で袋を食いちぎり、中身の粉をペロペロなめたのです。これにもマフィーは同乗したようで、私が帰宅したときには、2匹ともいたって満足という表情で満腹の身体を横たえていました。テーブルの下の絨毯は粉と犬の唾液で作られた白い糊がべったり。トホホホ…

以後、出かけるときは重い椅子を2脚、戸棚の前に置いて簡単には開けられないようにしています。いずれジプシーはその椅子を動かして戸棚を開けるかもしれない、という思いを抱えながら。目下のところ、ジプシーは苦労して戸棚を開けることは考えていないようです。

これで目下のところ、私の知恵の方が優勢。と、思いきや…

去る日曜日はトーマスのお誕生日でした。夕方、ピアノ・コンサートへ行き、その後は友人一家を呼んで、我が家で手巻き寿司パーティーをして、お誕生日祝いをする予定でした。お寿司には大根サラダが合うでしょう。それで細切りにした大根を大きなボウルに氷水を入れてさらしておき、キッチンのカウンターに置いておきました。そうして帰って来たら… キッチンの床は水だらけ。細切り大根も床に広がっています。大根はジプシーの好みではなかったようです。

ふと脇を見たら、お寿司用にと買っておいたアボカドが見当たりません。(山火事でアボカドの木が燃えてしまったので、いつもだったら有り余るほどあるアボカドが、今年は1個1ドル99セントも出して買わなければならなかったのです。)よく見ると、きれいになめられたアボカドの種が床に転がっていました。

結局、知恵競争は目下のところジプシーが優勢なのでした。
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