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ワイとチャイ |
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2007年4月26日 |
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 | 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]
福岡県生まれ、横浜市に住む。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在は気ままな主婦生活を楽しんでいる。著書に『朝鮮王朝の衣装と装身具』(淡交社、共著)『韓国の近代文学』(柏書房、翻訳)などがある。現在、文化交流を目的とした十長生の会を友人たちと運営、活動している。 |
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▲ 天然石のブレスレット |
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▲ ブルーレース、煙水晶、淡水パールをワイヤーで一つずつめがね留めにし、つないだ。 |
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最初のエッセーで “ワイ”のことを書いた。タイで女性の「サワディーカ!」または男性の「サワディーカップ!」という挨拶のことばとともに行われる、胸の前で手を合わせるしぐさのことである。では、チャイとはなんだろう。むろんインドのお茶のことではない。
チャイは、タイ語で「心」のことである。チャイ・ヤイ(寛大な心)、チャイ・チン(真心)といえば褒めことば、その反対のチャイ・レック(小心)、チャイ・ダム(意地悪)はタイでは相当の悪口、非難である。ナム(水)・チャイといえば、「魚心あれば水心」ではないが、同情心があること、情け深いことを表す。仏教の慈悲に通じることばともとれる。
このように、タイでは人格やパーソナリティーを表すチャイのつくことばが多い。ここには書ききれないくらいまだまだたくさんある。つまり人々の付き合いにおいてチャイ(心)はとても重要なのであり、「タイはチャイの国」といっても過言ではない。
その心を表現する行為のひとつが、「ワイ」なのではないか。独断だが、私はそう思っている。(とくに、目上の人に対し、膝を少し折って自分を低くして)ワイをするときの彼らのしぐさは、優雅で美しい、と私は思う。小柄ながらも、バランスのとれた、骨格の美しい人たちにとてもよく似合っている。
ワイは、傍からみていると、交わしている2人の人間の関係がひと目でわかるのだという。どちらが先に手を合わせたか、一瞬だが時差がある。また、ワイをする(胸の)位置も微妙に違うのだという。少しだけ先に、上部であわせるのが目下・年下の人で、それより少し遅く、下部で手を合わせるのが上の立場の人なのだそうだ。
そういわれてよく見ていると、ホテルやお店などの従業員たちは、胸というより顔に近いところで手を合わせ、反対に、地位の高い人などは、軽くちょっと低めの場所でワイを返している。それに、目上の人はいつも律儀に返すわけではないようだ。
だが、それはタイ人同士での話である。私たち外国人は、真似てやってみるがどうもぎこちない。ワイがいかに絶妙のタイミングで自然に出来るか…これは結構、タイ滞在の年季を表す指標なのかもしれない。
私の知人で、バンコクにある日系企業の代表をしていた男性のワイはおかしかった。いつでも、どこでも、真っ先に、手を合わせる。ほとんど額に近い高い位置で。誰もが今日こそは彼より先に…と意気込んでみるのだが、先に出せたためしがない。それに、あれ以上高い位置で手をあわせるなんて「ワイの域」を出ている。
風格ある体形で堂々としたこの人のワイに、現地の人たちは戸惑い、いごこち悪い思いをしたのではないかと想像する。
だが、この男性の気持ちもわからなくはない。むしろほほえましくも思う。相手が目上なのか目下なのか…タイ社会での自分の立場と相手との微妙な関係に頭を悩ますよりは、いっそのこと先に出してしまおう、力強く。そう思ったのではなかろうか。
会社の社員やメイドや運転手たちはみんな、納得することにしたのだそうだ。 「あれは…きっと…仏さまを拝んでいるのに違いない!???」
ああ、やはりタイは、仏教の国、そしてチャイ(心)の国だった。 この融通性、自由な発想!これこそ、タイ人の偉大なる長所である。
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