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老舗の店頭から
118 ナイト・ホークス
2011年1月1日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
新年おめでとうございます。

昨年も忙しい年でした。市況が厳しい時ほど、経営責任者は忙しくなるものです。昨年、当社に隣接して営業してきました、創業190年余になる酒造メーカーさんが、2600坪あまりの社有地の約3分の2を売って借入金を返済し、営業形態を大幅に縮小して再スタートしました。東京駅から50分ほどのJR駅から徒歩2〜3分という好立地ですので、売られた土地には、15階建てのマンション(130世帯)が建てられることになりました。時代の変化をひしひしと感じます。

当社は今年創業99年になりますが、さてこれからどんな変化があることでしょうか?愚息は遠回りして医師になりましたので(工学部を卒業後、医学部に入り直しました。つまり大学の学費を10年間も払いました!)、少なくとも現在の形態での継続はありませんが、まだまだ現役で仕事をしなければなりません。

そんな現状ですが、今年も1ヶ月に1本の投稿という目標を持って、ささやかですが参加させていただきます。皆様のエッセイも楽しみにしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。今年最初のおしゃべりのタイトルは、「ナイト・ホークス」です。

ナイト・ホークス (Night Hawks) とは、夜の鷹、つまり「夜鷹」のことです。日本語で「夜鷹」と言うと、何を連想しますか? どうも、あまりよい意味はなさそうですね。

実は鳥類にも「夜鷹」という鳥は実際に存在します。ヨタカ目(もく)ヨタカ科に属する灰褐色の鳥で、ちょうどカケスくらいの大きさなのだそうです。その名の通り、昼間は樹枝上や地上で眠り、夕刻から活動して、虫などを補食します。東アジアや南アジアに生息している種類だそうです。でもここでおしゃべりするのは、鳥の夜鷹ではなくて、それから派生した、「その他の意味」の方です。

広辞苑によれば、その他の意味は、次の通りです。

○ 夜歩きをする者
○ 江戸時代、夜間、路傍で客をひく下等の売笑婦 = 辻君(つじぎみ)
○ 夜更けまで街上を売り歩くそば屋

だいたいの方は、この中の2番目を連想されるのではないでしょうか。私もそうでした。
では、Night Hawk という英語では、どうかと言いますと、実は、かなり日本語と共通なのです。

○ 夜、悪事を働く者、夜盗
○ 夜の女
○ 夜更かしをする人

つまり、深夜に出歩く人は、洋の東西を問わず、あまり好ましい人物ではないという共通の認識があるのでしょうね、きっと。

上段の絵は、ナイト・ホークス (Night Hawks) という題名の、アメリカ人画家による絵です。かなり有名な作品ですので、もしかしたら、ご覧になった方もおられるかもしれません。もっとも、この絵の場合のナイト・ホークスは、深夜のカフェに居る、「夜更かしをする人々」という意味だと思います。

作者は、エドワード・ホッパー(Edward Hopper 1882 〜1967) というアメリカの画家です。20世紀に活躍した人物です。

私はこの絵がとても好きなのですが、絵画理論や絵画史が決して嫌いではない私としては、ちょっと変わった理由で好きなのです。つまり、この絵に関しては、絵画に関する理屈や歴史をまったく離れて、純粋な感覚で惹かれるのです。

それはちょうど下段の絵、「街角の神秘と憂鬱 (Mistero e Malinconia di una Strada) ジョルジオ・デ・キリコ(1888 〜 1978)」を見た時の感じに似ているのです。

キリコの絵に関しては、今から11年以上前に書いた短い記事がありますので、もしもご関心をお持ちになったら、以下のタイトルをクリックしていただけたら幸いです。ちなみに、ホッパーとキリコは、ほぼ同世代を生きた画家達です。今、これを書いていて気がつきました。

http://www.el-saito.co.jp/cgi-bin/el_cafe/cafe.cgi?mode=res&one=2&no=12

ところで上段の絵は、既にご紹介しましたように、ホッパーの代表作とされる 「ナイト・ホークス」(1942年) です。窓越しに描かれた深夜営業のカフェレストランには3人の客と店員が1人います。人の気配すら感じられない静かな夜更けの街路も手伝って、ひっそりとした都会の憂いと孤独を感じさせる作品と言われています。

場所はニューヨークのダウンタウン。グリーニッチ・アベニューに実際にあったダイナー(小さなレストラン)をモデルにしているのだそうです。それにしても、音がまったく聞こえてこない絵ですね。

いかがですか、じっとご覧いただけますか。人通りの絶えた、静かなニューヨークの夜更け。周囲の建物の電気は消え、このレストランだけが目立ちます。暗闇とぶつかり合った光が、この店を浮かび上がらせています。見事な光の効果ですが、ちょっと気になったことがあります。

それは、この絵が描かれた時代と、建築や照明技術のことです。ホッパーがこの絵を描いたのは、1942年(昭和17年、ホッパーが60歳の時)です。ということは、既に太平洋戦争が始まっていたのです。米国本土に戦火は及んではいませんでしたが、ヨーロッパでも、アジア・太平洋地域でも、アメリカを巻き込んで悲惨な戦いが繰り広げられていました。

日本では「欲しがりません、勝つまでは!」の号令下、個人の自由などまったく失われ、心身共に「皇国」への献身を強いられていました。ですから、こんな絵のような雰囲気は、国中どこに行っても見ることはできなかったはずです。その点から見ても、当時の日米には、軍事面からだけでなく、生活面、文化面においても大きな差があったことがわかります。

このレストランのガラスを見てみましょう。このお店は、大きくて厚いガラスで囲まれています。そして、店の左端部のガラスは丸く弧をえがいています。現在でもそうですが、丸いガラスは、平面ガラスに比べてはるかにコストがかかり、技術的にも高度なものが要求されます。どなたでもご存じの、銀座4丁目角にある、和光ビルは正面ウィンドウに丸いガラスが使われています。あれは、1932年(昭和7年)に服部時計店ビルとして建造されたものです。ですから、当時既に、厚くて、大きくて、しかも丸いガラスは、技術的には使用可能だったのです、余分なお金さえ払えば。

もうひとつあります。それは店内照明の色といいますか、種類のことです。この店内の照明は、明らかに白熱電球によるものではありません。この白っぽい色は、蛍光灯によるものです。

蛍光灯は、1942年当時、まだ新しい技術でした。つまり、当時のハイテクだったのです。蛍光灯が最初に発売されたのは、1938年(昭和13年)のことでした。アメリカのゼネラル・エレクトリック社(GE)が、生産・販売を開始したのです。それからほんの3〜4年ですから、蛍光灯はまだまだ一般的な照明ではなかったはずです。

そのハイテク照明の中に浮かび上がっているのは、店員と男女のカップル、それに後ろ姿の男性の合計4人です。でもその白っぽい光の中の人物達には、なんとなく孤独を感じるような気がします。

ホッパーの作品では、たいていの場合、人物そのものにはあまり感情の表現がありません。どちらかと言えば、表情は光でつけられているのです。白っぽい光のせいでしょうか、1人1人の存在には孤立感があるのです。

2人の男女はホッパーの絵としては珍しく、会話をしているようです。でもその会話は、あまり熱っぽいものとは思えません。2人はお互いに独立した存在であり、冷静な会話をしているようです。

後ろ姿の男性は1人で何をしているのでしょうか? 背広に帽子姿。少しうつむきかげんで、テーブルに両肘をついています。仕事の帰りなのかもしれません。人生の悩みに思いふけっているのでしょうか。それともかつての出来事を想い出しているのでしょうか。いずれにしても、彼はこの作品を鑑賞する人の問いかけをすべて拒否しているようです。

カウンター内で作業している店員もまた、客を意識に入れながらも、3人の時間にあえて入り込もうとはしていません。この大都会に生活する4人の人物のひとときは、不思議なほど張り詰めた空気の中、一切の音もなく、1人1人が孤立することで、微妙な均衡を保ちながら成立しているのです。

カウンターテーブルの上の飲物も、どうもお酒ではなくて、コーヒーのようです。この絵が多くの人に好かれている理由のひとつは、コーヒー1杯を前にして、夜更けのカフェに、少しうつむきながら座っている、後ろ姿の男性と自分が重なるような気がしてしまうことなのかもしれませんね、誰でもが。

アメリカは「自由と平等の国」のはずですが、その内側には、厳しい競争があり、常に自己責任が厳しく問われています。自分の正当性を主張するためには、法的な手段を取ることは、ごく当たり前の日常茶飯事です。

つまり、誰もが自分を守ることに必死なのです。その結果、自分が1人になってしまうこともあれば、自ら1人になりたいと思うこともあるはずです。大都会であれば、それはなおさらです。

でもこれは悲観を表しているわけでもないように思います。長い人生においては、誰もが孤独の一瞬を、多かれ少なかれ感じることがあるはずです。ホッパーは、それを極めてわかりやすく描いているのだと思います。絵描き職人として。

この絵は、アメリカの大都市のひとつ、シカゴ市内のシカゴ美術館(または、シカゴ美術研究所 = The Art Institute of Chicago とも呼ばれます)にあります。

ホッパーは元々、イラストレーターとして絵画の世界に入ったのだそうで、その職人気質と言いますか、絵画職人的な意識が、時にはたいへん心地よく感じられるのです。一般的に抽象絵画が苦手な私としては、この作品は20世紀の絵画としては大好きな1枚なのです。

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