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151 プティ・タ・プティの最後の1片
2009年9月8日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 前菜を準備するヘザー。
▲ マリクレア(ニコニコ)「どれもこれもおいしそうで、選ぶのに迷っちゃうけど、まずこれ!」
▲ ジプシー(ニコニコ)「最後の1個、おいしかったよ」
中学生のころだったと思います、「食べ物は何が好き?」と聞かれて、「おいしいもの」と答え、笑われたのは。たしかにおかしいですね。好きなものは?と聞かれたら、にぎり寿司とか、ステーキとか、沖縄ソーキそばとか、マンチェゴチーズとか、お汁粉とか、具体的な食べ物を言うのが普通ですものね。

でも、私はまじめに答えたのです。おいしいものを食べるのが好きというのは本当だったのですから。いまもそれは変わっていません。お寿司だってまずいお寿司が出されると私は機嫌が悪くなるし、最近はあまり食べたいと思わなくなったステーキでも、表面コンガリ、中は柔らかくてジューシーなフィレーミニョンを口にするとたまらなくしあわせな気分がからだ中に広がるし、あっても無くてもどっちでもいいと普段は思っている味噌汁だって、おいしいだしの効いた味噌汁を一口飲むとてきめんにうれしくなりますもの。

ここ数年は、おいしいものは自分の手で追求するのが楽しくなって来ました。先々回の「114 豊かな粗食」にも書いたように、自宅菜園でどんどん穫れる新鮮な野菜に触発されていることもありますが、レストランで「これはおいしい!」と舌鼓を打つことが少なくなって来たこともあります。たまに本当においしいものに出会うと、それを自分で作ってみたいと俄然張り切ってしまうようにもなりました。

でも、どうしても真似できないとものがありますね。たとえば、ずうっと前に知人が連れて行ってくれたオムレツ専門店のオムレツ。たしか有楽町辺りにあったと思うのですが、見かけは全然特別には見えない小さなレストランで、これまた一見なんでもないようなオムレツを専門にしている所でした。私は卵だけで中に何も入っていないオムレツを注文したのですが、パリで修行して来たというオーナー兼シェフが作ったオムレツは、外側はほんわりこんがりで、中側からは緩やかな液状の卵がゆったり流れ出して来ました。そしてその味と来たら… こんなにおいしい食べ物がこの世にあったのかと感動するような素晴らしさでした。一体秘訣は何なのでしょう。いまだに私にはああいうオムレツはできないでいます。

料理は好きでも、お菓子作りは苦手で、ケーキは日本式ケーキを買って来るか、ケーキ作りの名人の友人シャーリーに作ってもらっています。クッキーはクリスマス前にシャーリーたちと一緒に年に1度だけ焼くのが精一杯。市販のクッキーはおいしいのがなかなか無いので、ほとんど食べません。ただただ、ちょっとだけ食べてあとは憎き愛犬ジプシーに食べられてしまったアンリ・シャルパンティエのプティ・タ・プティを恨めしく思い出していました。

すると、ですねぇ、前回のエッセイ「ジプシーとの知恵競争は続く」を読まれたある会員から、「ジプシーが食べてしまってから、プティ・タ・プティを食されましたか?」というメールが来ました。そして、「今週、お店の前を通る用事がありますので、送りますよ」とおっしゃるではありませんか! その方は東京にお住まいで、私はアンリ・シャルパンティエのお店は神戸にしかないと思い込んでいましたし、そんなに気前よく送ってくださる方がいるなんて思ってもいませんでしたから、びっくりするやら感動するやら… (その方をご存知の会員なら、優しい心遣いに溢れている彼女がやりそうなことだ、と見当がつくでしょう。)

そんなことしてもらっては「安物じゃないので、あまりにも申し訳ない」と言いつつ、もともと食いしん坊で欲張りの私ですから、図々しくもお受けしてしまいました。そうしたら、賞味期限がたった2週間なので、と速達で送ってくださったのです。

そのときたまたま、姪のような関係にあるヘザーが、毎年のように家族4人全員で東部から2週間のバケーションで遊びに来ていました。ヘザーはエール大学の人気法学教授。同じくエール大学でアフリカ専門の政治学を教えている連れ合いのデイビッドと、今年7歳と3歳になる子どもの子育てをする一方、料理も得意でグルメ料理を振る舞うのが大好きというスーパーウーマンです。ヘザーたちとは年齢は離れている私たちですが、好みや価値観が似ていて、親しくしていて、毎夏の彼らのバケーションを私たちも楽しみにしているのです。

料理が好きという点でもヘザーと私とは共通点があり、また、親友のアルゼンチン人夫婦、アルフレードとマリクレアも料理が大好きで、3組全員が料理を振る舞い合うようになりました。アルフレードとマリクレアはアルゼンチン風イタリア料理、ヘザーはフランス料理を土台にしたグルメ料理、私は日本や中国やインドといったアジア料理、とそれぞれ作るものが違いますから、ますます楽しいものです。(アルフレードとマリクレアのことは管理人さんもトップページ2008年3月20日掲載の「画家夫妻のお宅訪問=管理人のアメリカ報告」で紹介されました。)

今年はヘザーが彼女独自のグルメ料理でフィナーレを飾ることになりました。そのデザートにはアンリ・シャルパンティエのプティ・タ・プティがぴったり。それまで箱は開けず、大事に大事に、ジプシーには絶対届かない戸棚の奥にしまっておくことにしました。そのことを送ってくださった方にお知らせしたら、
「皆さんでご賞味ください。あっジプシーちゃんにも1枚くらいは…」
なんて返事が来ましたが、とんでもない! ジプシーにはドッグビスケットで十分です!

その日、ヘザーは一日中キッチンで忙しく、でも楽しそうに料理に専念していました。彼女が心をこめて作ったフルコースの1つ1つを味わい、それはそれは心身ともにしあわせ感に満たされる思いで、素敵なディナーを共にしました。

その締めくくりはプティ・タ・プティ。1片が小さいのでいろいろと味見できます。1つ1つを口にしながら、思わず、唸り声とも溜め息ともつかない音がみんなの喉から出て来ました。完璧を追求して作り上げられたクッキーと、それを速達で送ってくださった方に感謝しながら、何度もみんなに回して、半分以上がたちまちのうちに消えていきました。そしてバベットの晩餐会の後のように、その夜は全員がしあわせ感いっぱいで終了したのです。

ヘザーたちは翌日も残りのプティ・タ・プティを楽しみ、そのまた翌日に帰って行きました。それでもまだ10個ぐらい残っていて、トーマスと私は毎日ちびちび食べては、貴重なプティ・タ・プティを味わい、とうとう1個だけ、となりました。その最後の1片は送ってくださった方のお心遣いに感謝しながらゆっくり味わおうと、わざわざ残して蓋をしました。

翌日起きてから居間に下りてみたら… アァァァーッ! またやられたぁ… 

1つだけだから、と気が緩んだのでしょう、プティ・タ・プティを戸棚にしまうのを忘れて寝てしまったのです。それをジプシーが見逃すはずがありません。蓋の角に歯を当てて上手に開け、紙を食いちぎり、大切な貴重な滅多に口にできないプティ・タ・プティの最後の1片を、ジプシーは悠々と自分のものにしてしまったのでした。

結局、プティ・タ・プティを送ってくださった方のおっしゃった通りになってしまったわけです。トホホ… でも、その方の優しい思い遣りをジプシーがキャッチした、と思うことにして、「おいしかった?」と言って、ジプシーの頭をなでてやりました。(と、やせ我慢した次第です。)
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