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寄り道まわり道
32 伝説のホテル
2005年8月3日
吉田 美智枝 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]

福岡県生まれ、横浜市在住。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在に至る。自作のアクセサリーをBeads Duoというブランドで販売しながら、韓国の主に女性たちについてエッセーを執筆中。『朝鮮王朝の衣装と装身具』(共著)、韓国近代文学選などの翻訳がある。
▲ モザイク状のシェルビーズを使ったチョーカ。シルバーはカレンビーズ。
▲ リング。シェルビーズを黒の丸小ビーズで編みこんだ。
「面白いじゃない! それに1晩だけなのだし…」
部屋に入るなり、笑い出しそうな顔でM夫人はこういった。

私が日本出発前にメールで宿泊予約をしたプラハのホテルでのことだった。

『中欧の伝統と格式に浸る』
『アール・ヌーヴォーに触れる』

ガイドブックの片隅に、私がこの魅惑的な見出しを見つけたのは、日本出発前。

宿泊料金、立地条件、雰囲気…どれをとっても申し分ないこのホテル、不思議なことにどのホテル予約サイトにも出ていない。そこで私は、ガイドブックに記されたホテルのサイトにアクセスする。

おお、ホテルのサイトのしつらえといい、写真で紹介されている客室といい…。すべてが“特別”の雰囲気ではないか。ここにしよう、ここしかない! 私たちが初めて訪れるプラハのホテルは、こうして決まったのだった。

Oh! Are you Ms. Yoshida?

ホテルに到着した私たちを出迎えたのは、くつろいだ様子のかなり年配の3人の男たちだった。

「このうちの1人に違いない」
埃っぽく薄暗い小さなフロントで床に荷物を下ろしながら、私はあの電話でのチグハグなやりとりを思い出していた。

What time are you coming?
行き違いとなったS夫妻を探してこのホテルに電話したとき、相手はこう繰り返すだけで、そのうち電話は切れてしまったのだ。

行き違いの連絡役を買って出るより、日本からメール1本で宿泊予約をしてきた東洋の(それもPrahaをPlahaと書いてくるような)女などほんとうに現れるのか知りたかった…男たちのビミョーな笑みはこういっているようだ。

セピア色の現実なんて!セピア色が歓迎されるのは思い出の中だけの話だ。真っ暗なホール、古びたエレベーター、客室のヨレたカーテン、形の歪んだランプシェード、だだっ広く薄暗い浴室…日本出発前に夢に描いた“伝説のホテル”の現実に、私はめまいがしそうだった。

伝説のホテル。しかし、このフレーズ、どこに書かれていたんだっけ? 

確かガイドブックには「アール・ヌーヴォー」「伝統と格式」というフレーズがあった。ただし「設備面での古さは否めないが…」「時間が止まったような…」というマクラコトバ付きで…。ああ、確かにこのホテルは時間が止まっていた。またもや…憎むべきはガイドブックなんかではなく、好きなフレーズしか読まない私のクセ、思い込みだった。

M夫人と私はイスタンブールで泊まったホテルを思い出していた。アガサ・クリスティーが「オリエント急行殺人事件」を書いたといわれるあのホテル。大きなバスタブにお湯を満たし、抜くのにどれほど苦労したことか。それに従業員は共和国公務員というホテルのサービスは、自由主義国のそれとは一線を画していた。

イスタンブールとプラハという違いはあるが、どちらも1905年に建てられたアール・ヌーヴォー様式、なんという符合。

それにしても、このホテルE、奥が深かった。私たちは、アキラさんが泊まるシングルルームを探して探険に出かけた。殺風景な長い廊下に人の気配のない部屋や浴室が続き、なんだか自分たちがオカルト映画の主人公にでもなった気分だ。

そうかと思えば、階段の踊り場には美しい窓があったり、最上階には宿泊客のいるペントハウスらしき部屋がいくつかあった。ホール天井の明かりとりの窓から差す光が、アール・ヌーヴォー様式の階段やホールのソファを美しく照らしていた。

「知らない国(とくに共産圏の名残を残す国)に行くときは、それがたとえ味気ないビジネスホテルであろうと、外資系のホテルに泊まるべき」
わが夫はこういう。(それにしてもプラハで1泊3〜4万円とは、アメリカ系ホテルの宿泊料金のなんと高いこと!)

プラハの街に立ち並ぶ一見美しい建物も、よくみるとどこかすさんだような影をもつ。中欧、東欧は、ここ数年外資が入って来て経済が活性化してきたのものの、70年近くの間メンテナンスらしきものは施されてこなかったに違いない。

陰影に富んだプラハの街と人びとの表情。S夫妻が連れて行ってくれた地下のビアホールで私たちは、大勢でビールと少しの料理を囲んで夜更けまで賑わうプラハっ子をみかけた。

美しさと影、過去の栄華と現実…プラハの街はホテルEと同様、私にはまだまだ謎めいて見える。

追記:このホテル内部の画像を「なんでも掲示板」のスレッド5538〜5540に掲載しています。
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