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チャイ・ローン |
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2007年5月1日 |
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 | 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]
福岡県生まれ、横浜市に住む。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在は気ままな主婦生活を楽しんでいる。著書に『朝鮮王朝の衣装と装身具』(淡交社、共著)『韓国の近代文学』(柏書房、翻訳)などがある。現在、文化交流を目的とした十長生の会を友人たちと運営、活動している。 |
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▲ 天然石のシトリンを中心に。ベネチアンビーズ、ガーネット、煙水晶、貝殻ボタンなどをシルクの糸で結んだネックレス。一重で使っても、二重でも…。 |
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チャイ(こころ)のつくタイ語は他にも多い。チャイ・オンは、「穏やかな心」という意味である。チャイ・ケンといえば「きつい、厳しい」、チャイ・ジェン(またはイェン)は「冷静な、落ち着いた」になり、チャイ・ローン(熱い)は「短気、怒りっぽい」になる。
私は、タイ語をそれほど文法的に学んだわけではないので想像の域をでないが、チャイ・オンのオンは“温”の音から、そして、チャイ・ジェンのジェン(イェン)は“冷”から来ているのではないかと思う。(タイ語には、中国語の影響が多くみられる)ジェンは冷たいという意味だが、チャイ・ジェンの意味は、「冷たい心」ではなく「冷静な心」である。
このチャイ・ジェンこそ、タイでは尊ばれる。自分を雇用し守ってくれる存在は、チャイ・ジェンな人であってほしいと、人々は願う。これはタイ人に限らずとも同じであろう。これに対し、もっとも嫌がられるのがチャイ・ローンである。怒りっぽく、短気な人間は、目上の人にはなってほしくないという願いと、少しの軽蔑の気持ちさえ含まれている。
「チャイ・イェンイェン」 とタイ人にいわれれば、「気を落ち着けて」とか「冷静に!」とたしなめられていると受け取るべきである。
チャイ・ローン…なにが怖いといって、こう非難されることが私は一番怖い。祖父、両親、弟妹…短気で気性の激しい家系に生まれた私は、例にもれずショートテンパーな人間である。そして経験から「短気は損気」を身に沁みて知っているため、自分自身の短気を隠すのに私は長い間四苦八苦してきた。
始末に終えないのは、私の家族全員が短気(タイ風にいえばチャイ・ローン)なくせに、家族の誰かを「ダレソレは短気だから…」と、さも自分は例外のようにいうのも我が家の特徴だった。そとづらだけでも自分を穏やかな人間に見せたい、そう思って、長い間反応の鈍ささえ装ってきたので、私はそのうち自分の本当の性格が分からなくなったぐらいだ。(夫の家族のように、怒って当然だと思われることでも、決して腹を立てない人たちに会ったときは、かなりびっくりした。)
だが、私からみればタイ人こそチャイ・ローンな人間が多い。ローン・ローンな(とても暑い)国にいると、気持ちもローン(熱く、短気)になる。たしかにタイ人は、日常、穏やかで我慢強いが、自分たちの短気さに実は気づいており、チャイ・ローンを忌み嫌うことで、自らの短気さ、怒りっぽさを戒めているのではないか…そう思ったことがある。実際、タイでは新聞の社会欄を賑わせる血生臭い痴話げんかが後を絶たない。
チャイ・オン(穏やかさ)とチャイ・ローン(短気、怒りっぽさ)が共存している人々。チャイ・オンを心がけることで、本来の性質より第2の性質がその人のパーソナリティーになることだってある。タイで暮らしている間に、人間とは、国民性とは…単純に決めつけられるものではないのだと思うようになった。
そして、“チャイ(こころ)”は、コミュニケーションにおいてなにより重要なものなのだと…。
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