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119 「懐石料理」と「会席料理」
2011年2月5日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。


「懐石料理」と「会席料理」


タイトルの2つの料理は、和風おもてなし料理として、よく見かけるものですが、両方とも「かいせきりょうり」と読みますよね。この2つは現実の料理屋さんでは、ほとんど区別されていない場合もあるようですが、どうも本来は異なる起源と内容を持っているようなのです。まあ、いずれの場合も、決して安いとは言えない場合が多いのですが、1人分ずつ、1品ずつ順番に出されますから、その手間を考えると仕方がないように思います。

今回は、あまり内容を気にせずに食べていた、この2つの料理の違いについて考えてみようと思います。食べ物にご興味がある方は、おつき合いいただけたらうれしく存じます。

そもそも和風料理の原形である京料理を見てみますと、その由来には次の4つの流れがあります。なお何故、奈良時代や飛鳥時代ではなくて平安京の京都料理なのかと申しますと、私見ですが、現代の我々から見て、おいしく思える料理が始まったのは、せいぜい安土桃山時代あたりからだと思うのです。それ以前の食事は、歴史的価値は別として、たいしておいしいものはなかったのでは、と勝手に思っております。

1)宮廷料理を源とする、有職(ゆうそく)料理
2)中世に禅宗と共に広まった、精進料理
3)茶道から生まれた、懐石料理
4)庶民に伝わる家庭料理の、おばんざい

ということで、懐石料理とは、茶道から始まったらしいのですが、会席料理という言葉は、その中にはありません。どうもこれは歴史がもっと新しいようなのです。そもそも「会席」とは、俳諧連歌の席を指すことから始まった呼称なのだそうです。ですから、その発生は俳諧連歌の会が盛んになった江戸時代のことです。

つまり、懐石料理は茶を楽しむために誕生したものですが、会席料理は俳諧連歌と共に、酒を楽しむためのものとしてスタートしたらしいのです。ですから会席料理は、懐石料理を元々の起源としてはいるのですが、冠婚葬祭に用いる儀式料理や武士が食した本膳料理などの影響を受けて、それをずっと酒席向きに工夫した料理と言ってよいと思います。

ところで「会席」の意味はわかりましたが、「懐石」とはいったい何から由来した名前なのでしょうか? 実はこれは禅宗から来ているのだそうです。空腹時や寒い時に、禅僧が懐(ふところ)に温めた石 = 温石(おんじゃく)を入れて、空腹や寒さを紛らわしたという故事に由来しているのだそうです。

つまり、「懐石料理」とは、茶道でお茶の魅力を充分に堪能できるようにと、茶を飲む前に食べる、あくまでも空腹を癒す一時しのぎの軽い食事(茶道らしく、謙遜の意味もあると思いますが)という趣旨の食事です。茶会の席上で空腹のまま刺激の強い茶を飲むことを避け、茶をおいしく味わう上で、差し支えのない程度に食べる最小限の料理ということです。

ということは、お酒を飲んでお腹いっぱい食べるのは、「懐石料理」ではなくて、「会席料理」だということになります。ですから、お店によっては、本来の「懐石料理」を「茶懐石料理」として区分している所もあるようです。

お茶を主に考えるのか、それともお酒をメインにするのかということは、当然料理の内容も大きく変えますが、出される順番も違ってきます。典型的な現代風「懐石料理」では、こんなのが一般的なメニューです。順番や名称は、時と場所で幾分差はありますが、それにしても豪勢なものです。これでは到底、空腹しのぎ、一時しのぎの膳とは言えませんし、本来的な「懐石料理」とは大きく異なります。

 1)先附 (さきづけ)
 2)向附 (むこうづけ)
 3)椀盛 (わんもり)
 4)焼物 (やきもの)
 5)強肴・預け鉢 (しいざかな・あずけばち)
 6)箸洗 (はしあらい)
 7)八寸 (はっすん)
 8)御飯 (ごはん)
 9)汁物 (しるもの)
10)香物 (こうのもの)
11)主菓子 (しゅがし)
12)薄茶 (うすちゃ)
13)水物 (みずもの)

本来の「懐石料理」の場合、まずは「御飯」と「汁物」が「向附」と一緒に供されるのですが、お酒を主に考える「会席料理」では、それらは上記のように後半に出されます。

ところで以上の名前の中には、字を見れば中身がおおよそ想像できるものもありますが、どうしてそう呼ぶのか、由来を知らないと、とまどうものもありそうです。ついでにそこらあたりを、ちょっと整理しておきましょう。

まず、1)の「先附」ですが、これはひとくちで食べられる肴のことです。フランス料理で言う、アミューズ・ブッシュ (Amuse-bouche) に相当します。またこれは「突き出し」とも言います。

なお、その業界の方にお聞きしたことがあるのですが、「先附」、「突き出し」は、あらかじめ献立の中に組み込まれている料理ですが、素人には同義に思える「お通し」は、注文をしなくても出てくる料理のことなのだそうです。

「お通し」は、店にやって来た客が料理を注文すると、その注文を了解したという意味で出されるものです。つまり、「お客さんの注文を了解しました。仲居さん、さあ、お客様を正式なお席にお通ししてください。」という料理人のメッセージを意味する小料理なのだそうです。

2)の「向附」は、本来の茶懐石料理の場合、最初に手前左に飯碗、手前右に汁碗が出されますが、その奥(向こう側)に置かれるもので、主に魚介を使った刺身や酢締めの肴のことです。向附の呼称も、「向こう側」から来ているようです。

5)の「強肴(しいざかな)」と「預け鉢」は、同じ意味で使われることが多いようですが、お勧めするので「強肴」と言われ、「進め肴」とも呼ばれます。焼物、煮物等の他に、お酒が進むように酢の物、おひたし、うに、塩辛の類のこともあります。

6)の「箸洗い」とは、食事の中間で、気分を新たにしてもらうため、それまでに使った箸や口中を洗い清めるという意味で出されるお吸物のことです。フランス料理でも、Granite(グラニテ)と言う、コースの間で、口直しのために供されるシャーベット状の氷菓がありますね。お寿司のガリに相当するものですが、それらに匹敵するもので、背が高めの小さなふたつきの椀です。「ひと口吸物」とも呼ばれます。

7)の「八寸」のことですが、これは八寸(約25cm)四方の、杉の木の角盆に、酒の肴となる珍味を、品よく盛り合わせたものです。2品の場合は、1つが海の幸なら、もう1品は山の幸というように、変化をつけるのがならわしです。

以上、簡単な整理でしたが、少しはおわかりいただけましたでしょうか、「懐石料理」と「会席料理」のあれこれにつきまして。

ところで、私は箸の使い方が下手でして、子供の頃から注意を受けることが多かったのですが、以下は自戒を込めた箸使いのマナーです。やってはいけない箸使いの代表だそうです。ご参考までに。

a) 迷い箸: 何を食べるか迷ってしまう時、やってしまいます。前菜なんかで珍しい料理が並んでいると、ついお皿の上で箸が迷うことがあります。

b) 刺し箸: ぬるぬるした芋を食べる時や、壊れやすい煮物などは、ついつい、箸を突き刺してしまいませんか? でも2本とも突き刺すのではなく、片方の先で刺して挟むのはマナー違反ではないそうです。

c) 渡し箸: 料理の器の上に箸を渡しておくことを言います。箸は箸置に置くべきものです。

d) 涙箸: 箸の先から汁を滴らすこと。取り皿で受けて料理をいただくことにすれば、涙箸は防げます。

e) さぐり箸: 鍋物やおでんなど、食卓に鍋や大皿をおいている場合、その器の中を箸でかき回して、好きなものを探すことを言います。これはたしかに見苦しいですね。

ついでにもうひとつ実践的な知恵ですが、箸置がない場合は、箸袋で箸置を作るのが最もスマートな方法のようです。見た目にも美しく箸先を預けられますし、いかにも清潔に見えますよね。

ところで上の写真は、「先八寸」という、上記のメニュー中の「八寸」のバリエーションです。しばらく前に、京都・東山・粟田口の「青蓮院」に隣接する、「粟田山荘」という料亭で出会ったものです。この「先八寸」は、「先附」を省略して、その代わりに最初の料理として供されました。もちろんコース中には、もう「八寸」はありませんでした。ですから、いろいろなバリエーションがあるのですね、あの世界も。
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