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縁の下のバイオリン弾き
95 本場もの
2014年6月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ スコットランドのミートパイ
▲ ウクライナのヴァレニキ
▲ フードフェアの情景

先日バルボア公園であった「エスニック・フード・フェア」に行ってきた。

バルボア公園はサンディエゴの中心にある公園だ。その一画にインターナショナル・ハウス・オブ・パシフィック・リレーションズといって一群の小屋がたっている。一つ一つの小屋が一国、あるいは一地域をあらわしている。パシフィックというとわれわれ日本人は「太平洋」を思い浮かべるけれど、この場合はもとの意味の「平和」をさしているのだろう。「国際親善の家」とでも訳せばいいだろうか。ほんとに小屋というほかない小さなコテージなんだけど、一応その国らしいしつらいになっている。ここには日本家屋もあったのだが、何年も前に横浜市が寄贈した日本庭園の方に立派なものをたててもらったので現在はない。

この中のハウス・オブ・アイルランドが私にはもっとも縁が深い小屋だ。ここで毎日曜日に音楽のセッションがあり、フィドルをひいている。

エスニック・フード・フェアはその名がしめすようにこれら各国の小屋がその国の料理を供する年に一回のお祭りで、安い料金で世界の食べ物が食べられる、というので市民に人気がある。中央の野外舞台ではいろいろな民族舞踊がおどられるからその国へ行ったような気にもなれる。

今年も大変なにぎわいだった。ちょうどジャカランダの花のさかりであちこちに美しい紫の雲が見られた。

私が食べるものは決まっていて、まずなにはともあれスコットランドのミートパイを食べる。これは円形のパイの中にひき肉の具が詰まっていて上からグレーヴィーをかける、というだけの単純な食べ物なんだけど、私は年来のファンで、スコットランド館がこれを出せばかならず食べる(スコットランドは国ではないけれど、アメリカには誇り高いスコットランド人が多いのでイギリスの向こうを張って自分たちだけの家を持っている)。以前はマッシュポテトとかんづめのグリンピースがつけあわせについてきたものだけれど、このごろはそれがないのが残念だ。

11時からというのでその時間に行ったのに、料理はまだできていなくて「10分待ってください」と言われた。それで我々はハンガリー館に行った。というのはリンダのお目当てはデザートのクレープで、あんずのジャムかチョコレートの具をつつんだクレープがハンガリーの特産なのだ。

クレープなんてものはどこの国にもあるのではないかと思う。日本ではクレープといえばまずフランスを連想するだろう。ハンガリーがクレープで有名だなんてこの祭りに参加してはじめて知ったことだ。

スコットランド館にもどってみるとミートパイはもうできていた。いつも思うことなんだけど、これは西洋の餃子だなという考えが頭をよぎる。その連想でつぎにとなりにある中国館で餃子を食べた。

中国では餃子はなんといっても水餃子だけれど、あれは不特定多数の人数に対応するのがむずかしいから焼き餃子が売られていた。アメリカでも日本と同じように焼き餃子のほうが人気がある。

英語で焼き餃子をポット・スティッカーという。これは中国名「鍋貼」(グオティエ)からきている。焼き餃子はご存知のとおり鍋で焼いて焦げ目をつける。鍋はだに貼(は)りつくからこの名がある。それを鍋(ポット)に貼りつくもの(スティッカー)と直訳したわけだ。このごろはしかし英語でも「ギョーザ」という人がふえた。

リンダが食べたのはデザートのクレープだったけれど、クレープにも肉を入れる料理としての食べ物がある。あれもおかずを主食で包む、というコンセプトは餃子やミートパイと同じだ。

急にそういった食べ物に興味が出てきて、つぎはウクライナ館でヴァレニキを食べた。これは中にはいっているものがマッシュポテトとチーズだけれど、外観はもうまったく水餃子だ。これにたまねぎをいためたグレーヴィーとサワークリームをかける。けっこうな味だったけどさすがにこの時にはもうおなかがいっぱいで2つしか食べられなかった。

だからこの日はいわば餃子づくしだったわけだ。


餃子といえば最初に香港に行った時のできごとを思い出す。ある日上海料理屋で食事をしていると(広東料理には北方風の餃子はない)2、3人の日本の若者がツアー・ガイドにつれられて入ってきた。みんなで餃子を食べだしたのだが、若者のひとりが自分のうちは中華料理屋で餃子もつくるというとガイドはコックをわざわざ呼んできた。「日本の餃子ってどういうものなの」と日本語で聞いている。「そうねえ、こんなに分厚くなくて皮ももっと薄いんだ」と若者は答えた。ガイドはそれをすぐに中国語にしてコックに聞かせている。そして日本人にはわからないのをいいことに「聞いただけでもうまくなさそうだな」とつけくわえた。あいにく北京語だったので私にはその意味がわかってしまった。

私は頭にきた。なんとか言ってやりたいと思ったがその頃はまだことばに自信がなかった。それに気後れしてしまってなんと言っていいのかわからなかった。それで憤然として、しかしだまってそのレストランをあとにした。

これが忘れられないのは私が矛盾した感情におそわれたからだ。当時は香港に魅せられていたから何によらず香港のものは好ましかった。それに私には「本場もの」信仰とでもいうものがあって、「本場」のものは「まねしたもの」にまさるとがんこに信じ込んでいた。

その一方、「てやんでえ、日本人が日本でつくってうまいと思って食っているんだ、てめえっちのしったことか」と反発する気持ちもあった。それはまったくその通りでラーメンだろうがソースやきそばだろうが中国大陸に「本場もの」は存在しない。堂々とその存在を主張できる。そのでんでいくなら日本の餃子は日本のもので中国の餃子とは関係ないと言える。

今なら私は声高にそれを主張するだろう。宇都宮には餃子の像までできた。日本の餃子はあきらかに中国のものとはことなる発展を見せた。いまや日本の中華料理は中国に進出して「本場もの」を圧倒せんばかりのいきおいを見せている。

それが料理というものの宿命ではないだろうか。オリジナルがどこであれ、いったん根をおろした場所で育った料理がまったくことなった発展を見せるのは当然のことだ。

テキサスの畜牛業者に松坂肉のステーキを食べさせたところ、「これはやわらかすぎる。こんなのは牛肉ではない」といったということを読んだことがある。私にはその気持ちはよくわかる。やわらかければいいってもんじゃない。でも公平に見てそんなことを言っても負け惜しみにしか聞こえないだろう。

しかし当時の私には日本の餃子を手放しで賞賛することができなかった。日本の餃子文化はその当時緒についたばかりで今のような大発展はしていなかった。

香港の餃子は実際大きく、皮も厚く、中の具も盛りだくさんだった。そういうのに「どーだっ」と言われて皮の薄い、身の細い日本餃子が反論できただろうか。

それに日本では餃子をおかずにしてご飯を食べる。これがみみっちい(と私には思われた)。餃子やワンタンというものは本質的には麺とおなじものだ。小麦粉をこねてうすくのばしてそれを細く切ってスープを入れて肉をのせる。それが麺だ。切るのがめんどうだからというので切るかわりに肉を包む。それが餃子だ。皮はそばと同じ機能をもっている。ご飯はいらない。

というのが中国の餃子だが、日本の餃子は皮が薄い。とても麺といっしょにはならない。

今から考えると日本人のツアーを案内しているガイドが日本の餃子を知らないわけがないと思う。まだ若い男だったから境遇によって日本語ができるようになったのではなく、学校で日本語を勉強したのだろう。かりにも日本語を使って生活している男がわざわざ日本の餃子の悪口をいうだろうか。そうではなく、彼は単に上海料理屋のコックにおもねって、おせじのつもりであんなことを言ったんじゃないかと思う。だからといって私の腹の虫がおさまるわけではないけれど。


餃子が中国から来たのはうたがいをいれない。呼び名にそれがあらわれている。餃子の北京語の発音は「ジャオズ」だが、そこの発音がもととなったといわれる山東省から来た人が「ギャウズ」と発音するのを私は確かに聞いた。「ぎょう」ではなく「ギャーギャー言う」というときの「ぎゃ・う」だった。でもそれを忠実に日本語で書いても、旧かなづかいでは「ぎゃう」と書いて「ぎょう」と読むことになっていたから(たとえば行事は「ぎゃうじ」と書いた)それで「ぎょう」ざ、と読むようになってしまったのだろう。

韓国料理には「マンドゥ」がある。日本の餃子が第2次世界大戦によってもたらされたのに比べるとこの韓国版餃子ははるかに歴史が古い。すくなくとも13世紀の中国の元朝までさかのぼる。マンドゥは饅頭(中国語で「マントウ」)ということだ。現在の中国の饅頭は中に何もはいっていないただの蒸しパンだし、日本のもの(まんじゅう)はごぞんじのようにお菓子である。それらにくらべるとマンドゥは古い形を残している。

中国の饅頭はもともとは具の入っているものだった。

2006年だったと思うが朝日新聞にアフガニスタンのマントゥの記事がのった。「いわばぎょうざだ」と書いてある。「レストランで食べるとひき肉が入っているが、屋台ではタマネギだけ」だそうだ。トマトソースとヨーグルトをかけて食べる。これを書いた記者はカブールの目抜き通りでそれを食べた。しかしカブールには北部のウズベク人が50年ほど前はじめて伝えたのだという。そのもとはいったいどこだったんだろう。

私は食べたことがないけれど、トルコとその支配下にあった国々ではマンティという名前の餃子に似た食べ物があるそうだ。これらの名前の語源が中国語の饅頭にあるならその大もとは中国にあったとみなさなければならないが、はたしてそうだろうか。餃子は古くから中国にあるが、そのさらに源流は中央アジアの遊牧民にあるのではないだろうか。

そもそも饅頭といわれてわかったような気になるのはその字がわれわれになじみがあるからにすぎない。なぜ饅頭と書くのか、饅とは何か、といわれたらその説明にだれでも困るだろう。発想を変えて、饅頭はマンティやマントゥ、あるいはそれに類するアジアのことばの中国における当て字だ、と考えたらずっとすっきりするのではないだろうか。

そう考えたら、イタリアのラヴィオリ、スペインのエンパナーダ、ロシアのピロシキ、インドのサモサなど、同じような食べ物が世界中に存在する理由も納得できる。

つまり、餃子は中央アジアに発して東西に広がった、と考えるわけだ。そうなれば悠久の歴史の中、中国の餃子だってその一形態にすぎず、本場ものなんぞどこにもないということになる。日本の餃子は中国のまねだなんて思う必要はこれっぱかしもないのだ…というのが今回の結論であります。


(追記)国際親善の家はその国から移民した人々とその子孫がボランティアで維持しているもので各国の政府と関係があるわけではありません。
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