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僕の偏見紀行
186 メコンクルーズ(10)メコンのほとり、ノラと人間のパラダイス
2015年3月17日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 南国の花の下、ルアンパバンの路地への入り口。
▲ メコン川を渡るフェリー、裸足の船長。ウエストポーチには札束。
▲ ルアンパバンの対岸の村の入り口。魚を焼く煙が漂う中、自転車で学校帰りの子供達。
恩人との再会を果たし、気楽になった僕らはのんびりと町歩きを楽しんだ。サッカリン通りを中心に東西に延びる旧市街散策は、大通りだけなら1時間もあれば十分だ。

しかし通りから細い路地に入ると、緑豊かな昔ながらの木造家屋が入り組んだ路地に軒を連ねている。家々からは、南国の色鮮やかな花をつけた樹木が塀を越え、歩行者の頭上まで枝を伸ばしている。

この様な路地は大通りの両側に何本もある。きままに入り込んで歩き回るのが面白い。通りから北へ延びる路地はメコン川へ、南はナムコーン川へぶつかっている。さらに路地と路地をつなぐ細い通路が網の目のように広がっている。この路地は歩き回って飽きることが無かった。迷子になっても、それはそれで楽しいことだ。

気の向くままに歩いていると、いきなり道端に炊事場や洗濯場が出現することもある。夕時の路地では、仕事を終えた男達が車座になり一杯やり始める。そんな時そばを通りかかると、顔を赤くしたオッチャンから、一緒に飲まないか、と声がかかる。

この路地の一角に、バックパッカーが集るゲストハウス街があった。ゲストハウスとその周辺のレストラン・ランドリー・レンタルバイク屋等々は、じわじわと旧市街の住宅街に勢力を拡大している。旅行者にはパラダイスだが、昔からの住民には迷惑なことだろう。

路地の先の川沿いはレストランやカフェが多い。メコンやナムコーンを眺めながら、川風に吹かれるランチやディナーはなかなかいいものだ。メコン川沿いのほうが先に開けたようで古くからのレストランが多い。ボウさんのカフェもこの一角にある。場所がいいだけに競争も激しい。

ナムコーン川沿いは新興地区で、小奇麗なレストランが目立つ。川沿いの木陰のオープンキッチンでは真っ白なコック帽のシェフの姿が路上からも見える。僕の好きなレストラン「タマリンド」もこちら側に引っ越した。新しい洒落たミニホテルも多く外国からの客が多い。

取り壊し中の古い建物の前に、新ホテル建設計画の掲示板が立っている。この町はこの3年で随分変わった、これからもっと変わっていくだろう。今のうちに歩いておかないとありふれたリゾート地になってしまうかもしれない。

メコン川沿いをぶらついていたら、向こう岸へ渡るフェリーが見えた。遠目にも人や車がぎっしり乗っているのが見える。向こう側はどうなっているのだろう。ひとつ川を越えるとまた違う光景に出会えるかもしれない。

坂道を岸辺まで下ると、道路はそのまま接岸中のフェリーの乗降板へつながっている。すでに沢山の人や車がフェリーに乗り込んでいた。小型のフェリーは、生活物資を満載した車、自転車、バイクで満杯だ。その隙間に人間が乗りこみ、その足元をイヌやニワトリが走り回る。

やがて満員になると、助手の少年がガラガラと鎖を巻き上げて乗降板を持ち上げ、フェリーはゆっくりと動き出した。持ち上げた乗降板はそのまま収納されず、フェリーは両舷に鳥の翼のように乗降板を広げたまま川を渡って行く。

数分おきに発着するフェリーは2隻が交互に行き来し、対岸まで10分とかからない。乗組員は、中年男の船長兼そう舵手、そして助手の少年の二人だけ。少年は乗り込む人の手助け、さらには車の誘導、とよく働く。

客の乗船が一段落すると少年は運賃を集めて回った。カネはとったがキップはくれない。集めたカネはそのまま操縦席の船長に渡す。船長はお札でギュウ詰めのウエストポーチにさらにカネを押し込んだ。

フェリーといっても、運転席周辺に屋根の付いただけの、大半は吹きさらしの小型ボート、客席と荷物置き場の区別も判然としない。日当たりのいい船首になぜか生活感あふれる植木鉢が置いてある。

客席の中の操縦席には、丸ハンドルとイスが一つ、ギアレバー、アクセル、そしてクラッチペダルが見えている。この操縦席、どう見ても中古トラックの使いまわしだ。船長がハンドルを回すとガラガラと鎖が巻き上げられ、それで舵とりをしている。クラッチペダルやギアレバーは木製の手造り、裸足で操縦する船長の足元にはゴムのサンダルが転がる、こいつは面白い。

ローテク満載のフェリーだが、船長は川の流れを利用しつつ斜めに川を横切り、対岸の船着場にピタリとボートを着けた。乗降板は見事に道路につながり、そこを人やバイクがゾロゾロと降りていった。

集落へ向かう坂道はぬかるんで歩きにくかった。坂を登りきると両脇に数件の店が並んでいた。魚屋の店頭では、盛大に煙を上げながら炭火で魚を焼かれ、タライでは大きな魚が水しぶきをあげている。

青々とした新鮮な野菜を並べた八百屋、解体したブタや牛の肉を吊り下げた肉屋、衣類や生活用品の雑貨屋など、小さいながらも生活に必要なものが揃う市場だ。通り抜けながら焼き魚の香りに思わずツバをのむ。

軒先でイヌやネコがくつろぐ民家の先は、ちょっとした広場になっていた。片隅の石段で一休みしていると、目の前を幼子の手を引いた老女、買い物に行くらしい女達が通り過ぎる。

学校帰りの子供達が連れ立ってやって来た。先頭の男の子は堂々と胸を張り、正面を見据えながら歩いてくる。挨拶するとキチンと応えてくれる。幼いがもう立派な大人の振る舞いだ。

後ろに荷台を引っ張りながら、ゴトゴトと耕運機がやって来た。大きな荷物を抱えた数人の男女が乗っている。広場の中央で停まると彼らは降り、運転席の男にカネを払った。タクシー代わりの耕運機なんだ。

そこには、ルアンパバンという観光地と異なる、何の変哲も無い村人の日常生活があった。片隅でそれを眺める僕らに誰も無関心だ。ゆったりとした時間が過ぎて行く。

その日の夜、夕食のためメコン川沿いのレストランに行った。黄昏の薄暗い川面に日没の光が反射し、対岸の森は黒いシルエットになっている。涼しい川風が、歩き回って日焼けした顔に心地いい。

メインは川魚のグリルにした。スモールを頼んだのだが、運ばれてきたのは30cm以上の黒っぽい魚の丸焼き。かたちはタイに似ている。ほど良い焦げ目がつき、香ばしい匂いが漂う。ハシを入れると外見とは異なる真っ白な身が現れた。甘酸っぱいソースにつけて食べると淡白な旨みが口に広がった。

この焼き魚、いくら食べてもなかなか減らない。美味しいけど二人ではもてあましそう。その時、暗闇からひそやかなネコの鳴き声、近くにいるようだ。チッチッと舌を鳴らすと物陰からクロネコが近づいてきた。このあたりが縄張りのノラのようだ。警戒しつつも魚の匂いに負けたのだろう。

ネコ・命、のカミサンは早速魚をほぐし、テーブル下のネコに落としてやる。店の人に気付かれるとまずいだろうと気を使いつつも、次第に大胆になってくる。なにしろ二人ではもてあますほどの量だから、カミサンも太っ腹になってしまった。やがて満腹になったクロネコは、いつの間にか静かに消えていた。

このノラ達はあちこちのレストランに勝手に住み着いていた。なにしろ川沿いの木陰にテーブルを並べた、オープンキッチンのレストラン、どこでも出入り自由、うまそうな匂いのするところが彼らの食卓となる。観光客の集るメコンのレストランはノラにとっても、ネコ・命、の人間にとっても天国だ。

いつの間にか日が落ち、あたりは闇に包まれていた。わずかにテーブルの灯りが周囲を照らし出す。暗闇の中にメコンの川面がほの白く浮かんで見える。夜風がビールでほてった顔に心地いい。

片隅のテーブルに白人の老女が一人、時おり何事かブツブツ独り言をいっている。乱れた白髪に粗末な身なり、この町に住んでいるのか、一人旅の旅行者か、よく分からない。このレストランで何度か見かけたことがある。これほど年老いて尚、一体何を探して旅するのだろう。

最終日の午後、空港へ行くまで時間があったので、メコン川とナムカーン川の合流点を見下ろすカフェで過した。ランチとお茶をノンビリ楽しんみ、メコンの川風に吹かれていると時間を忘れてしまいそう。気付いたらもう3時間以上、そこにいた。もうすぐボウさんが彼の友人のトゥクトゥクを連れて、僕らを迎えにホテルに来る頃だ。(終わり)
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
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76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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