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121 京都名刹めぐり その25  正伝寺と圓通寺の借景
2011年9月4日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
▲ 正伝寺の借景
▲ 圓通寺の借景
京都名刹めぐり その25  正伝寺と圓通寺の借景


前回この欄に投稿させていただいたのは、東日本大震災の10日前、3月1日のことでした。あれからもう6ヶ月余が経ってしまいました。私が半年間投稿を怠ったのは、この欄が開設されてから初めてのことでした。ここであらためて毎月1回投稿のお約束を守れなかったことをお詫びいたします。あの大震災の影響は、私のようなごく普通の日本人にもそのくらい深刻だったのだと、今思い返しています。

直接に被災された膨大な人数の方々の多くは、現在もどうやって立ち直っていったらよいのか、困難と思案の中で生きておられます。この6ヶ月ほど、いくつかの支援活動に加わりながら、自分の非力さと、自然の猛威のすさまじさ、それに今後の生き方等々に思いを巡らすことがしばしばありました。いろいろな意味で、この災害は私の今後の生き方を考え直す契機になったことはたしかです。

ところで、今から5年ほど前の2006年8月に「京都名刹めぐり その24 古知谷 阿弥陀寺 」というタイトルで、京都のお寺さんをご紹介する記事を書きましたが、今回の投稿再開は、「京都名刹めぐり その25」とすることにしました。ご関心のある方には、またおつき合いいただけたら幸いです。

禅宗の一派である臨済宗には、さらにその中に10以上の派があります。建仁寺派、東福寺派、天龍寺派、南禅寺派、妙心寺派、等々です。それぞれの派に大本山があり、それぞれの大本山がたくさんの末寺を持っていますので、実に壮大な体系の組織が存在しています。どちらかと言えば、物事を単純化して考えることを得意としているはずの禅宗の思想と、その複雑な宗派の在り方はどう相容れるのかなあ、と素人目には思ってしまいますが、まあそれなりの歴史的経過があったのでしょう。

ところで、洛北の西賀茂に正伝寺(しょうでんじ)という、臨済宗南禅寺派に属するお寺があります。ちょうど、舟形大文字の山の下にあるお寺です。観光バスが乗りつけるようなお寺ではありませんので、平日は訪れる人も少なく、まことにゆったりとした時間を過ごすことができるお寺です。

庭はシンプルな構成の枯山水庭園ですが、ちょうど白壁越しに比叡山が素晴らしくよく見えます。まさに借景として申し分のない位置と雄大さです。広縁に腰を下ろし、ゆっくりと庭園と比叡山を見ていると、京都の奥行きの深さを実感できます。比叡山は京都市内のほとんどの地域から見ることができますが、ここは最高のスポットのひとつだと思います。上段の写真は、正伝寺の庭から見た比叡山です。ひっそりとした境内からの比叡山は本当に見事です。

実は、比叡山を借景としているお寺で、隠れた人気を持っている寺院が、もうひとつ京都にあります。そこも同じ臨済宗なのですが、南禅寺派ではなくて、妙心寺派に属する圓通寺(えんつうじ)です。場所は洛北の幡枝(はたえだ)です。私見ですが、多分この2つのお寺の庭が、比叡山を借景とする庭園の双璧だと思います。

幡枝(はたえだ)と言っても、ほとんどの方はご存じない地名かと思いますが、上賀茂と岩倉の間あたりにある場所で、ちょうどあの「深泥池」の北側にあたります。

圓通寺は決して大きな寺院ではありませんが、寺格は高く、そもそもは、あの修学院離宮を造営した後水尾天皇の離宮跡だったとのことです。もちろん、彼が修学院離宮を作る前のことですが。

約400坪ほどの庭園には、ちょうど目線の高さに「混ぜ垣」があり、遠近感を感じにくくしています。そしてその先に、比叡山が見事な借景となって顔を出しているのです。下段の写真が圓通寺の庭園です。

混ぜ垣とは、いろいろな種類の植物を混合させて垣根を作ったもので、季節的な偏りを避けて、すべての季節を楽しむことができるのだそうです。

一面に苔むした庭園には、大小40個ほどの岩が置かれ、それらのほとんどは地中に埋まっており、苔で覆われた地上にはわずかな部分だけが顔を出しています。とても味わいのある庭園です。私が圓通寺を訪れたのは昨年の師走のことでしたが、なんと本堂の畳には、ホットカーペットが敷いてありました。寒い時期のお寺では、このサービスはうれしかったですよ。

この2つの寺院は地図で見ますと、ちょうど比叡山山頂から見て西に向かって、ほとんど一直線上にあります。山頂からの地図上の直線距離は、圓通寺までが約6キロメートル、正伝寺までが約9キロメートルです。つまり、圓通寺の方が、比叡山頂により近いのです。

ところで、2〜3年前に宇治の平等院へ出かけた折に気がついたのですが、池からあの有名な鳳凰堂(阿弥陀堂)を眺めますと、右手後方に建築中のマンションが見えるようになっていました。平等院からは、かなり離れた場所にできるマンションのようですが、旅行者にとっては少し気になる風景でした。

それと同様に、もしも正伝寺や圓通寺の場合も、庭から見える比叡山の借景をフイにするような、高層建築物が両寺と比叡山との間にできてしまったら、このような景観は失われてしまうなあ、と少しばかり気になりました。たしかに景観保護は、土地の所有者がその土地をどう使うかという権利との関係がある問題ですので、単純ではない話です。その利害調整はなかなか難しいものがありそうですね。

と思ってちょっと調べてみましたら、さすがに京都市には、2007年に制定された、「京都市眺望景観創生条例」という法律があって、まさに圓通寺のような借景保護のためにも役に立ちそうな法的な規制が既に成立していました。その条例をざっと見たのですが、第1条の総則はこんな内容でした。

○ この条例は,特定の視点場から特定の視対象を眺めるときに視界に入る建築物等の高さ、形態及び意匠について必要な事項を定めることにより、京都の優れた眺望景観を創生するとともに,これらを将来の世代に継承することを目的とする。

ここで言う「眺望景観」とは、特定の視点場から眺めることができる特定の視対象と眺望空間から構成される景観のことで、これを8つのカテゴリーに分け、具体的な場所を指定して景観を保護しようというのです。ですから、それに該当する地域では、建築物の高さはもちろん、外壁や屋根の形状や色までもが規制の対象になります。これはすごいことですね!

(1)境内の眺め: 神社、寺院等の境内地及びその背景にある空間によって一体的に構成される景観。具体的には、上賀茂神社、下鴨神社、東寺などの境内の眺め。

(2)通りの眺め: 通りの先にある山並み又は歴史的な建造物及び沿道の建築物等によって一体的に構成される景観。具体的には、御池通、四条通などからの通りの眺め。

(3)水辺の眺め: 河川、水路等及びその周辺の樹木,建築物等によって一体的に構成される景観。具体的には、琵琶湖疏水などの水辺の眺め。

(4)庭園からの眺め: 神社、寺院等の庭園において,その背景にある自然を当該庭園の一部として一体的に取り込んだ景観。具体的には、圓通寺などからの庭園の眺め。

(5)山並みへの眺め: 河川及び河川から山並みを見通す空間によって一体的に構成される景観。具体的には、東山・北山などの山並の眺め。

(6)「しるし」への眺め: 日常の市民生活の中で目印となる歴史的な建造物又は自然と一体となった伝統文化を象徴する目印及びこれらを見通す空間によって一体的に構成される景観。具体的には、大文字などの「しるし」への眺め。

(7)見晴らしの眺め: 山並み、河川その他の自然が一体となって一定の広がりをもって構成される景観。具体的には、鴨川にかかる橋からの見晴らしの眺め。

(8)見下ろしの眺め: 山頂、山ろく又は展望所から見下ろす一定の広がりをもった市街地の景観。具体的には、大文字からの見下ろしの眺め。

ということで、圓通寺の場合は、ご住職を先頭にした熱心な景観保護運動のおかげもあり、とりあえずは、(4)の景観保護地域に指定されました。まずはよかったですね。

西賀茂の正伝寺は、残念ながら現在はその対象にはなっていないのですが、幸い、圓通寺よりも、はるかに高い山腹にありますので、いま見る限りでは、当面は心配なさそうに思えます。

景観と私的土地所有権の関係は、なかなか難しい問題ですが、一度失われてしまうと、復活はもう不可能になることがほとんどです。また私的所有権の側の主張は、放っておいてもエスカレートするばかりですので、こうした京都市のような規制は適切なのだと思います。こんなことを知って、ちょっとうれしくなりました。

道路事情もありまして、この2つの臨済宗のお寺さんは、ほとんどの時期、たいへんひっそりとした中で拝観できます。静かな時間を楽しむにはまことにふさわしい場所です。まだお出かけになったことのない方には是非お勧めいたします。
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