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ボーダーを越えて
154 神の仕業
2009年11月3日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 2年経っても大火事の傷跡が生々しいパーム農園。
▲ 黒焦げになったパームを切り倒し、クレーンを使って積み上げるという作業は1年半もかかりました。何しろ数が多いことと、パームのほとんどが急な斜面に植えられていたからです。
▲ 今年になってから、アボカドの木を植え替える作業が始まりました。背の高さが1mにも満たない、小さなか細い木ですから、実を付けるようになるまで3年から5年もかかるとか…
1996年から連れ合いが2005年の交通事故で大怪我をするまで、私はしばしばボリビアのサンタクルスへ出かけました。戦後そこに渡った日系移住者(特に沖縄移住者)の調査をしていたからです。

まずラパス、そしてサンタクルスへ、とボリビアに向かうアメリカン航空の便がマイアミから夜中近くに出発します。それにはサンディエゴからダラス、ダラスからマイアミへと乗り継いで行くのですが、マイアミで乗り継ぎ便に乗り損ねたことがあります。ダラス付近の天候が悪く、一時空港が閉鎖されて、サンディエゴからの出発が遅れ、ダラスからの出発も遅れたためです。

それでもボリビア行き便の出発時刻頃にマイアミに到着しました。これなら待っててくれるかな?と思ったのですが… あいにく、マイアミ空港には他の大空港のようにターミナルを繋ぐモノレールがなく、南米行きターミナルに辿り着くには延々と歩かなければならず、ボリビア行き便のゲートに辿り着くにはかなりの時間がかかります。係員にボリビア行き便のことを聞くと、「あぁ、もう出てしまいましたよ」と、あっさり言われ、1枚の紙切れを渡されました。

その紙には、マイアミへの到着が遅れたのは神の為せる業(act of God)のためで、乗り継ぎ便に間に合わなかったのは当社の責任ではありません、ということが書いてあります。従って当社にはホテル代を負担する義務もありません。が、こういう場合の割引が有効だというホテルを紹介します、と、数軒のホテルの名前と電話番号と宿泊料が載っています。

私と同じようにサンディエゴから乗り込んでボリビアへ行こうという人が4人もいました。マイアミからラパスまでは6時間半ほどかかりますから、30分ぐらいの遅れは飛行中に調整できるはずですし、ラパスでもサンタクルスでも空港が混んで到着ゲートがないということなどありませんから、待っていてくれてもよさそうなものを…と、私は憤然としてしまいました。同じくダラス経由でロンドンへ行ったときは、乗り継ぎに遅れた乗客の搭乗を待ったことがあるくらいですから、ボリビア行き便が待てないというのは納得できません。マイアミで丸1日無駄にさせられる羽目になって、しかもそれに対する代償が全くないどころか、ホテル代も自腹を切らなくてはならないとは…と、私はもうプンプン。

その一方、「神の為せる業」とはこういうふうに使うのか、とヘンに感心してしまいました。以前、ある保険契約を結ぶときに、「神の為せる業」という言葉を見て、一体何のことだろうと首をかしげたことがあったのです。保険会社の代理人に聞いたことろ、人間の力では防ぎきれない出来事をさすのだと教えてもらいました。つまり、不可抗力によって起きた出来事のことなのですね。ダラス周辺は天候変化が激しくて、雷雲が発生したとか、強い突風が吹くとかいうことはしょっちゅうあって、それを計算に入れて乗り継ぎスケジュールを組むべきなのに、とは思いますが。

実際、「神の為せる業」はちゃんとした法律用語なのだそうです。それによって責任の範囲を示すのですが、「神の為せる業」などと、宗教とは全く関係ない分野に神様を持ち込んでくるとは、一神教が文化の根底にあることを改めて思い知らされますね。損害賠償問題では、起きた出来事が「神の為せる業」かどうかがたびたび争点になります。私たちもそのことを経験しました。連れ合いの事故の原因となったバスが路上で動かなくなったのは、「神の為せる業」だったかどうかが裁判で争われたのです。

そして、再び「神の為せる業」議論に私たちは立ち向かいそうです。私たちの農園をほぼ壊滅状態に落し込んだ2007年の山火事の原因は、高圧電線が大風で接触し、飛び散った火花が地上の枯れ草に点火して強風に煽られたことです。そこまでは電力会社も認めています。が、毎年この時期に吹く大風は、あの日は特に強くて「神の為せる業」だったと主張することでしょう。

あの大火事からちょうど2年が過ぎました。いまでもその後片付けと修復に追われています。いえ、その後遺症にアップアップしていると言った方がピッタリでしょう。なにしろ売る商品は燃えてなくなってしまったのに、農園維持に相も変わらず毎月4〜5万ドルのお金が流れて行くのですから。

「農園を売る気はないの?」とよく聞かれます。が、ただの焼け野原のままにしておいたらいつまで経っても買い手はないでしょう。だから修復させないといけないのです。といっても、パームが大きく育つには20年以上かかりますから、「それまで生きていないよ」と言って、連れ合いはパームは諦めることにしました。でもアボカドは植え直した若い木はすべて接ぎ木してあるので3年から5年で実がなり始めます。しかも、アボカドは適切な世話をすると、それに応じて実も多くつけるようになるのです。あの山火事が起きたときは、ちょうどアボカド収穫シーズンが始まろうとしていた矢先で、連れ合いは150万ポンドという農園開始以来の大収穫を予想していました。それがアッという間にだめになってしまったのですから、全力を尽くしてもう1度150万ポンドの収穫を期待できるほどの農園に立て直したい、と連れ合いは言うのです。

それはギャンブルだ、とも彼は言います。たしかに、そこまで農園を再建できるかどうか、彼がそのときまで元気でいられるかどうか、そして資金がそのときまで続くかどうか、何の保証もありません。雀の涙ほどの保険金はあっという間に消えていってしまいましたし、現金化できる物はすべてそうして、農園再建に注ぎ込んできました。使っていない土地は売りたいのですが、不況のいま、開発されていない土地を買う人なんていません。

私たちにとって、2005年の連れ合いの大怪我は「9・11」のようなものです。大ショックで心理的には揺さぶられ、パームの出荷には困りましたが、農園はほぼ平常に運営できたからです。それと比べ、山火事は去年からの財政経済危機にそっくりです。農園の基盤が大打撃を受け、ここからいつ抜け出せるのか、はっきりした見通しもないからです。火事を引き起こした電力会社に賠償させるつもりですが、向こうは「神の為せる業」を持ち出して私たちの要求を拒否するでしょう。それが決着するまでには最低3年はかかると言われていますから、なんとかそれまで頑張らなくてはなりません。それでも連れ合いは落ち込みもせず、淡々と働いています。彼は本当に農園仕事が好きなんですね。

私も被害状況把握に、何度も農園に出かけました。1人で(2匹の犬のお供がいましたが)丸6時間、坂の多い農園を歩き続けたこともあります。不思議なもので、農園を歩いていると、心配とか懸念とか不安とかいうものは全部どこかへ飛んで行ってしまうのです。火事の前までは大きなパームの林だった所がいまは焼け焦げた地肌が広がっていても、火から逃げられなくて燃えてしまった木のことを考えると、私の心配など取るに足らないような気がして来ます。そして、連れ合いが農園再建に注ぎ込んでいる労力も資金も、私がこうしてクタクタになって協力していることも、望むようないい結果を生まないかもしれない。でも、それでもいいじゃない、とも思えて来ました。意味があるのは、いま、元気にやっていること自体であって、結果ではない、と。

私は神様というものは信じないので、どんな出来事でも「神の為せる業」などとは呼ぶ気になれません。でも、古代ギリシャのように、長所も短所もある人間臭い神々がいて、その中のおっちょこちょいの神が、うっかり火を地上に落としてしまい、青々とした農園をあっという間に燃してしまったと考えるのも悪くないな。それなら、「神の為せる業」ではなくて、「神の仕業」です。

その仕業の償いとして、今年の冬はどっさり雨を降らしてください。そうすると私たちの農園維持費も随分と助かるし、なんとか生き残った木は元気になるし、新しく植え替えた若い木たちがぐんぐん育ってくれますから。
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