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ボーダーを越えて
155 ピッチピッチチャップチャップ
2009年12月8日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ キッチンの窓についた雨粒も懐かしいような、うれしいような…
週末、トーマスと私が何をせっせとやったと思います? 6つある我が家のパティオ全部の大掃除なんです。植木鉢や野菜鉢を整理し、泥を取り除き、角に積もっていた落ち葉を取り払い、埃を掃き出し、戸外の食事用に張っていたキャノピーを取り外してしまい込み、最後に排水溝が詰まっていないか確認する。整理整頓とかお掃除とかが苦手な私たちなのですが、いそいそとやったのです。並々ならぬ理由がありそうでしょ?

もうおわかりですか? いよいよ本格的な雨がもうすぐ降るという予報があったからなのです。その予報が出た途端、トーマスは冷蔵庫のドアに付けてあるカレンダーに、(月)雨、(水)(木)(金)雨、なんて早速書き込みました。まるで確実に雨がやって来るかのように。ほんとかなぁ…と私は懐疑的。これまで何度も、予報通りに南下して来た雨雲が、急にサンディエゴ郡のすぐ北で直角に東に曲がって行ってしまって、こちらには1滴もなし、ガッカリ… ということを何度も経験して来たからです。

確実に来るという保証はなくても、雨の準備はしておかないといけません。普段カラカラお天気で埃が溜まり、落ち葉がいっぱいのパティオは、ちょっとでも雨が降ると排水溝が急に詰まってしまって、パティオ洪水を引き起こし、2階と3階から雨漏りが起きてしまうのです。

昨年と一昨年の山火事で木がなくなってしまった地域では、山の斜面や舗装されていない道路に土砂崩れが起きやすくなっていますから、消防署から砂袋が支給されました。トーマスは100袋ももらって来て、農園内の道路が流されないようにと、雨に備える態勢を整えました。

カリフォルニアの雨期は12月に始まって、3月までにどっと降るというのが「普通」のパターンです。私がカリフォルニアに上陸したのは1973年2月末で雨期の真っただ中でしたが、シトシト雨が毎日続く日本の梅雨とは違って、大変な集中豪雨がやって来て、それが過ぎると快晴。そしてまた豪雨になる、ということの繰り返しでした。お天気の両極端が交互にやって来るのがカリフォルニアなのだという印象を持ったものです。

こちらの気象年度は7月1日から6月30日までで、サンディエゴでは平均11インチ弱(252ミリほど)の雨が降ります。が、この3年、旱魃が続いているのです。今年の6月30日に終わった気象年度の総雨量はたったの3インチちょっと(80ミリ以下)でした。ちなみに東京の平均年間総雨量は1500ミリを越えるのですから、どんなに雨が降らないかがおわかりになるでしょう?

カリフォルニアに雨をもたらす湿った空気には2つあります。1つはアラスカから冷たい空気がアメリカ西海岸沿いに急速に流れ下りて来るもの。アラスカ地方の名を借りて「ユコン・エクスプレス」(Yukon Express)のニックネームで呼ばれています。ロッキー山脈の東側を冷たい空気が流れ込むこともあり、そんなときはフロリダのオレンジが凍ったり、メキシコ以南の中米が異常に寒くなって凍死者が出るほどになったり、ときとしてコロンビアまで冷害が広がったこともありました。

もう1つはハワイの方から太平洋の東半分を超えてやって来る「パイナップル・エクスプレス」(Pineapple Express)です。雨がどっさり降っても寒くならないので、私は大好き。エルニーニョ現象のときは、このパイナップル・エクスプレスが主として南カリフォルニアに雨を運んで来るのです。

先週の木曜日ごろからぐっと気温が下がり、夜はかなり冷え込むようになって来ました。いよいよアラスカからの冷たい空気が到来して来たのです。土曜の夜に映画に行くとき、私は羊毛のセーターとカーデガンを着込んだ上にジャッケトを羽織って出かけました。映画館の中は既に暖房がたっぷり入っていて、ポカポカ気持よかったのですが、外に出たら寒いだろうなぁと思っていました。ところが、豈図らんや、外の空気はさっきより暖かいのです。日曜日には上空が雲で覆われました。が、雨の気配はあまりありません。本当に雨は降るのかしら…

お天気情報ばかりを24時間流しているチャンネルで雨雲の動きを追っているトーマスは、「大丈夫。夜から降り始めるよ」なんて言っていますが、また急に東に曲がって行ってしまうということになってしまうかもしれない…と、私はまたまた懐疑的になってしまいました。案の定、夜中を過ぎても、雨の気配は全くありません。やっぱりだめだったんだ… そんな思いで私は寝てしまいました。

そして月曜日の朝。静かな雨の音が聞こえて来ます。理想的な降り方です。2週間近く前に164日ぶりに雨が降ってたとはいえ、ほんの0.1インチちょっと(2.6ミリ)程度でしたから、土壌は乾き切っています。そんなところにいっぺんにどっと雨が降ると、雨水は土に吸収されずに表面を滑り流れて行ってしまいますから、最初はやさしくシトシト降ってほしいのです。

やっと願いが叶った… 私は満足感でいっぱいになりました。空気がひんやりしているので、私はヌクヌク暖かいベッドの中でしばらく本を読みました。こんなに平穏で充足した気分に浸れるのは本当に久しぶりです。

雨は次第に激しくなって来ました。月曜日はゴミ回収日ですので、これまた本当に久しぶりにゴム長靴を履き、フッド付きのレンコートを来て、道路に出したゴミ箱とリサイクリング用箱を取り入れました。家の前の道路は緩やかな傾斜になっているので、雨水がどんどん海の方に向かって流れて行きます。そんな水を長靴の底でピチャピチャ叩くように、私は目的もなく歩いてみました。

 あめあめ ふれふれ かあさんが
 蛇の目でお迎え うれしいな
 ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン

それこそ何十年も歌ったことのない歌が、自然に私の中から湧き出て来ました。雨がこんなに楽しいなんて… 家の中に入ってからも、何度もこの歌が、つい口を突いて出て来ます。

午後になると、風も出て来ました。
「アボカドの木にいっぱい実がなっていたら、きっと随分落っこちただろうなぁ」と、トーマスが呟きました。

この日はとうとう、12月7日としては記録破りの1.56インチ(約40ミリ)の雨が降りました。前気象年の半分ほどがこの日だけで降ってくれたわけです。こんな雨があと3回ほど降ってくれたら、農園の土壌の中にたまった塩分が洗い流され、木の成長は良くなり、元気に実を付けるようになるでしょう。水曜日からまた雨という予報は、週末に雨で、しかも雨量は大したことないという予報に変わってきました。でも、来年1月2月にはエルニーニョ現象でもっと降るだろうという予報ですから、希望が持てます。

 ピッチピッチチャップチャップ ランランラン!
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