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縁の下のバイオリン弾き
101 聖地
2014年9月30日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
モニュメント・バレーに行ってきた。モニュメント・バレーはアリゾナとユタの州境にある。

左目が黄斑円孔に侵されて以来いつなんどき失明するかわからないという気持ちになった。それならば見たいものはなるべく早く見ておくにかぎる。モニュメント・バレーは私がアメリカで第一に見たいものに数えながらその遠さのためにいままで行くことをおこたってきた場所だ。

もうこうなってはぐずぐずしてはいられない。アリゾナの州都フェニックスまで飛行機で飛び、そこで車をレンタルした。北に向かい、セドナという風光明媚な町で一泊し、次の日にモニュメント・バレーに向かった。

以前より精度は落ちているはずだが、遠くの景色は一応見える。困るのは道路標識がよく読めないことだ。行きは妻のリンダにまかせ、帰りは私がハンドルをにぎった。道は大平原にただ一本でそれをまっすぐ走ればいいのだから迷う心配はない。それでもセドナからモニュメント・バレーまで5時間かかった。

モニュメント・バレーはその名前を知らない人でも一度見れば忘れられない景観だ。映画の背景にもよく出てくるから見たことがある人も多いと思う。

大平原にふしぎな形の岩山がニョキニョキ立っている。どうしてこんなものができたのか。

この岩山の群れは砂岩の台地が何千万年もかかって風化・侵蝕されたあとなのだ。

有名な観光地だが、実はここはインディアンの居留地で、制度上彼ら独自の国家だ。インディアンには諸部族があるが、中で最大のナバホ族の土地だ。

そしてモニュメント・バレーは彼らの聖地だ。「聖地だ」なんていわれなくたって、茫漠とつづく大地に立ってモニュメント(彫像)のような岩山を見上げれば、だれだってここがふつうの場所ではないと感じるにちがいない。

私のような不信心者ですらそう思うのだ。まして自然との交感を重視するインディアンが大いなる霊の存在を感じるのは当然だろう。

この土地を外部に紹介したのは映画監督のジョン・フォードだ。大西部をあらわすのにぴったりだとして、1939年の「駅馬車」をはじめここを背景に何本も西部劇映画をとった。そのために西部といえばモニュメント・バレー、という公式ができあがった感がある。

映画で見る西部は褐色の岩山と砂漠だからモニュメント・バレーぐらいそれに適した土地はないのだが、行ってみてびっくりしたのはそこが緑の谷間だったことだ。9月のはじめで日中気温は40度近かったにもかかわらず、サボテン類やシダ類のような植物がけっこうあって、遠くの地表はうっすらと緑色をしている。まったくイメージをくつがえされてしまった。

「駅馬車」ではジェロニモひきいるアパッチの戦士たちが谷底を走る駅馬車を見下ろす場所に今では大きなホテルができている。そこに一泊した。部屋からはもっとも有名な岩山が目の前に見える。ここに掲げた絵はその部屋からのながめだ。

夜になって満月の光の中で見る岩山は神秘的な美しさだった。それにもまして早起きしてご来光を岩山の間からおがんだ時の感激はことばに尽くせない。

見渡す限りの地平線なんて景色は日本では北海道に行かなければまず見られないだろう。うるしのような夜空がだんだんにほの白くなり、光に満たされ、真っ赤に染まってゆく。

私はビアスタットの絵を連想した。アルバート・ビアスタット(1830−1902)というドイツ出身のアメリカ人画家がいた。この人が西部を旅してその景色を大画面の絵に描いて東部で発表した。西部なんて幌馬車でなければ行けない頃だからそれが人気を博した。その彼が得意としたのが日没や朝焼けの情景で、ドラマチックに誇張された光の表現はみごとなものだ。本物の朝日をおがんでいるというのに絵を思い出すのは矛盾しているけれど、俗に「絵に描いたよう」という通り、あまりに美しいものを見ると人間は人工のものを手がかりにしないと納得のしようもないのかもしれない。

トラックの荷台を座席にしたツアーバスにのってみどころをまわった。同乗したのは日本からの若い人たちの団体で、彼らはこのすばらしい景色に忙しくカメラのシャッターを切っていたけれど、モニュメント・バレーに関しては何の予備知識も持っていなかった。それでなぜここまできたのかというと、ラスベガスに観光に来て、プログラムに組み入れられているからやってきたまでなのだ。

私のように子供のころからこの光景を一目見たいと熱望してきた人間からすると「そんなお手軽なことでいいのか!」とどなりつけたい衝動にかられるんだけれど、それはやっかみというものだ。観光バスでやって来て気軽にこの絶景を見るほうが、40年もかかってやっとたどり着くよりずっといいに決まっている。

ツアーのガイドはインディアンの青年で英語が母語だ。でもナバホの言葉も話す。

ごぞんじのようにインディアンはベーリング海峡が地続きだった大昔にアジアからわたってきた。我々とは祖先を同じくしているのだ。

「日本語で鼻というでしょう。我々のことばでもハナというんですよ」とガイドは言った。日本人観光客が多いから自然にそんなことも覚えたのだろう。


1871年(明治4年)から1873年までアメリカとヨーロッパを視察した岩倉使節団はその旅行を「米欧回覧実記」(久米邦武編)という本にまとめて1878年(明治11年)に出版している。漢文崩しの文章で読みにくいけれどとてもおもしろい本だ。サンフランシスコについてからシカゴに行く汽車の旅の途中でインディアンを目にして記事にしている。

「土人」と書いているから野蛮人だと思っていたのだろうが、自分たちと同じアジア人であることをはっきり書いている。「塩湖地(ソールトレイキ)の近傍(きんぼう)にすむ『インヂヤン』は軍人(取締役)を『ヤキン』と称し、『カミヤキン』と称す。上(かみ)といい役人という転語(なまった言葉)に似たり」「またニューメキシコ部に住する『インヂヤン』人は、別一種にて勇猛なり。これは日本人の流裔(りゅうえい)ならん(日本人の子孫だろう)」と書いている。インディアンに「イマシー」ということばがあるが、たぶん日本語の「えみし」がなまったものだろう、とも言っている。

そんなむかしに日本人がインディアンを自分たちの仲間だとみなしているだけでなく、モニュメント・バレーのガイドと同じように言語的つながりがあると思っているのがおもしろい。何語に限らずこんなふうに1語や2語の類似で「日本語と関係がある」と思いたがる日本人は多い。 140年も前にすでにそう書いている久米邦武は日本人観光客の原型だ。

「日本人の子孫」かもしれない「ニューメキシコの勇猛なインディアン」こそジェロニモひきいるアパッチ族だ。

19世紀をつうじてアメリカは「モンロー主義」をとっていた。これは地球を西半球と東半球にわけ、ヨーロッパとアメリカはたがいに干渉しないことを求めたものだ。ヨーロッパでどんな紛争が起きてもアメリカは干渉しないかわり、南北アメリカ大陸は合衆国のなわばりと認めよ、というものだ。

その主義のため19世紀中は、メキシコと戦争し、キューバ、フィリピンなどでスペインと戦ったほか外国と戦争していない。

だからといってアメリカが平和な国だったわけではない。それどころか世紀半ばにはそれまでの戦争とはけた違いに悲惨な南北戦争という内戦を戦った。また自国の「なわばり」の中南米には有形無形の干渉をした。

南北戦争以外にもアメリカは自国内での戦争に忙しかった。休むひまなくインディアンと戦争していたのだ。

合衆国政府はインディアンと結んだ和平条約を一方的に破棄して土地を奪った。だけでなく真剣にインディアンの絶滅をはかった。ジェノサイド(みな殺し)だ。

アメリカの軍隊は武器と物量にものをいわせて全土でインディアンと戦い、力つきて降参したインディアンを不毛な居留地に押し込んだ。

有名なスー族のシッティング・ブルやアパッチ族のジェロニモなどの指導者は果敢な抵抗をこころみたが、結局は投降せざるをえなかった。インディアンの絶滅作戦はほとんど成功しかけたのだ。

生き延びたインディアンはながらく差別の対象だった。黒人の公民権運動と連動して1960年代から地位回復の運動をはじめ、ある程度の成果をおさめたが、いったん破壊された文化は回復がむずかしく民族的自尊心はずたずたになっていた。

インディアンの運動はアメリカのインディアン観に変化をもたらした。そのひとつは「西部劇」という映画ジャンルの衰退だ。白人の開拓者が善で、彼らを「何の理由もなく」襲うインディアンは悪、という図式がさすがに後ろめたく感じられた。そのためにインディアンが全然出てこない映画がたくさんあるにもかかわらず、西部劇そのものが時代遅れだとみなされて消滅してしまった。

もうひとつの変化はインディアンという呼称だ。現在では「ネイティブ・アメリカン」つまり「アメリカ先住民」という呼び方が定着している。黒人を「アフリカ系アメリカ人」と呼ぶのにならったものだ。

ただこの呼び方には当のインディアンから異議が出されている。「アメリカ先住民」はインディアンに限らない。イヌイット(いわゆるエスキモー)やハワイ人も「アメリカ先住民」だ。この名では民族の独自性をあらわすことはできない。

第一、「アメリカ先住民」というその「アメリカ」という名前だって白人がかってにつけたもので自分たちの伝統とはなんの関係もない。インディアンは現在の国家を超えて存在していたのだから国境は意味をなさない。

たとえ誤解に基づく言葉であっても(インディアンはインド人という意味)、歴史的な言葉のほうが好ましい、という意見だ。

先年たずねたカナダでは「カナダ先住民」などといわず、「ファースト・ネーション」(最初の国家)と呼んでいた。

意識が変わったといってもインディアンに対する偏見はなかなかなくならない。アメリカがパキスタンでオサマ・ビン・ラディンを殺害したときはその作戦を「ジェロニモ」作戦と名づけたのでインディアンの憤激をかった。それはそうだろう。ジェロニモは民族の英雄である。その彼をオサマ・ビン・ラディンと同一視する、ということはアメリカ政府がインディアンをいまだに敵視している、ということだ。

独立国家だという合衆国の規定を逆手にとって州法で禁じられているカジノを開くインディアン居留地が多くなっている。差別され抑圧されてきたインディアンがついに白人から金をまきあげる手だてをもった、ということで私はそれに拍手を送ったのだが、じつはそのカジノの運営や管理はやはり白人の手に握られていて、もうけの大半を持って行かれてしまう、というのが実態らしい。

「聖地」をたずねて私は彼らがいまだに先祖伝来の土地で悪戦苦闘していることを思わずにはいられなかった。またインディアンと同じ「アジア人」であるにもかかわらず、我々日本人がアイヌの人々や沖縄県民を差別してきたことを思い起こさないわけにはいかなかった。



(注)「モニュメント・バレー」の「バレー」は「谷」という意味ですから「ヴァリー」と書く方が原音に近いかもしれませんが、ながらくそう呼びならわされているので、あえて変えませんでした。
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