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僕の偏見紀行
189 カンボジア紀行(3)トンレサップ湖
2015年6月20日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ アンコールワット、炎天下の回廊から神殿へ登る人々。
▲ トンレサップ湖上に浮かぶハングル文字。
▲ トンレサップ湖の水上教会。かすかに見える十字架。
未だ午前中というのにアンコールワットは暑かった。5年前に比べて旅行者は一段と増加している。入り口から続く石畳の参道がお堀を越えて500mほど続く、その先にアンコールワットが見えている。壮大な宮殿のような造りの寺院だ。建立したアンコール朝の栄華が偲ばれる。

汗をかきかき磨り減った石畳を歩いて寺院前に着いた。木枠で補強された石段を登り寺院の中へ入る。入り口脇の石柱には銃弾の跡が残る。いつの戦いだろうか、この国で繰り返された様々な戦いを思う。

寺院内部は薄暗くひんやりとして心地いい。石造りの回廊や階段を多くの観光客が行きかい、様々な言語が飛び交う。階段をさらに上がると広いテラスへ出た。テラスは中央に聳える神殿を巡る回廊になっている。

回廊から神殿へ登る階段は手すりで補強されているが、その恐ろしいほどの急勾配は、まるで梯子か滑り台だ。

しかしあろうことか、この炎天下に観光客が列をなしてその階段を登っている。狭い階段には人が溢れ、行列は遅々として進まない。これは我々にはちょっと無理だ、やめとこう。僕らは回廊の日陰で一休みしながら、神殿へぼる人々を眺めた。

この暑い中ご苦労様なことだ。せっかく世界遺産に来たのだから、見るべきものは見る、という根性は天晴れだ。しかし登ったところで大したものは無いだろう、というのは僕の負け惜しみ、「酸っぱいブドウ」だ。

午後はシェリムアップ郊外のトンレサップ湖へ出かけた。車で30分程、のどかな田園風景を走って湖に到着した。この湖は乾期は3000平方キロの広さだが、雨季にはその3倍に広がるという。

雨季には大量の雨で河川が氾濫し湖が拡大する、乾期には縮小する。これが毎年繰り返されるという。まるで巨大なモンスターのような湖なのだ。しかしこのモンスターは周辺に住む人々にとって、肥沃な大地と豊かな漁場、という恵みをもたらす豊饒の神となっている。

しかしこの湖の周辺に広がる光景はひどく貧しい。ホコリが舞う土手を車で走ると、道端に小さな集落が現れる。粗末な小さな茅葺小屋が軒を連ねている。一坪足らずの広さしかない小屋に家族が身を寄せ合って住んでいる。家具らしいものは見当たらない、そこへ昼寝する親子が見えるのみ。

5年前はこの光景を見ただけでシェリムアップへ引き返した。ガイドは怪訝な顔をしたが、この集落を見た後で数十ドルも払ってボートクルーズを楽しむ気分になれなかった。だが今回は連れもあるし、ボートに乗って湖観光をしようと考えていた。

しかし、このトンレサップ観光は出だしからすっきりしなかった。車に乗り込むとすぐにドライバーが旅行社へ寄っていこうと言い出した。ボートその他のチケットをまとめて旅行社で購入すると安くなるという。

これはなんだか怪しい話、トンレサップ観光に必要なのはボートチケットだけのはず、他にチケットなんか必要ない。ピンと来た僕は、そんなとこに行く必要はない、チケットは現地で購入するから湖へ急げ、と大声でドライバーに指示した。ばれちゃったか、という顔つきのドライバーはしぶしぶ湖へ向かった。

トンレサップ湖観光に関しては、ネットに芳しくないうわさがいろいろ出ている。ボート料金が不明朗、チャリティの強要など、あまり愉快な話ではない。

桟橋には大小様々なボートがつながれ、大勢の観光客で混雑していた。僕は自分でチケットを買う、というのにドライバーはしつこく窓口までついて来た。どうやら、この客はオレが連れてきた、と窓口にアピールしたかったようだ。ボート屋となにか取り決めでもあるのだろう。

窓口で聞くと、料金は1時間半コースで1人25ドルだった。本当は個人営業のボートと値段交渉して決めたかったが、ここまで連れて来られては仕方ない。遠くにもうひとつ建物が見えていたから、こんな窓口がいくつかあるのかもしれない。町で流しのトゥクトゥクをつかまえてここに来れば、個人のボートに乗れたかもしれない。

桟橋で我々を待っていたのは5人乗り程の小さなボート、客は我々3人だけらしい。75ドルでボートをチャーターしたと思えばまあいいか。

案内してくれるのは未だ若い青年二人、ガイドとドライバーだ。ガイドは達者な英語を喋った。僕が多少英語を理解すると分かると、彼の話に一段と熱がこもった。

今は乾期だから水位が低いが、雨季にはもっと高くなる。雨季と乾期では水面の高さは最大9mの差がある。そういいつつ彼は、岸辺の木の天辺にかかるビニール袋を指差した。やがてボートは狭い水路を走り抜け、広々とした湖面へ出た。

見渡す限り薄茶色の湖面が広がり、あちこちに人の住む水上ハウスや小船が浮いている。日差しは強いが湖面を渡る風が心地いい。湖上を生活の場とする人々の大半は貧しい。ベトナム難民も多く、さらに数年前のハリケーンで湖上の住まいと家族を失った人が増加している、とガイドは語った。

水上集落には、ガソリンスタンド、教会、学校、雑貨屋などがあり、生活に必要なものは手に入るようだ。それらの全てがイカダに載って水上を漂っているのだ。増水期には集落が押し流されて行かないように、家々を繋ぎ止めるための丸太が輪になって湖面に突き出ている。なんとも不思議な光景だ。

周辺には養魚場を兼ねた土産物屋・食堂などが浮かんでいる。我々もその中の一軒に寄って休憩した。その床下の檻には湖に棲息する大型の鰐が飼われていた。かつてここで食物連鎖の頂点に君臨したであろう彼らは、狭い檻に押し込められてイラついていた。

遠くに見える大型客船はオーストラリア資本のレストラン、さらにマングローブ林を巡るボートクルーズは韓国資本の運営という。シェリムアップの町同様、ここも外国資本の進出が激しい。

休憩後はベトナム難民が通う小学校の見学ということだったが、我々が乗り込んだ後もボートは湖上に留まったままだ。不審に思っていたら、一艘の小船が近寄ってくるのが見えた。よく見るとあかちゃんを抱いた中年女が一人で船を操っている。

小船が近づくと、女は赤ちゃんを片手に抱きながら、もう一方の手をこちらへ差し出して、しきりに何かを訴えた。ガイドによれば、漁師だった彼女の夫は先年のハリケーンで亡くなった。他に身寄りのいない彼女は人々の情けを頼りに生きている、という。

泣き叫ぶ赤子を抱いた女の差し出す手、それを無視することは僕には出来なかった。ついポケットのドル札に手が伸びる。何度も頭を下げながら女は去って行った。

かと思ったら、すぐに新手の親子が現れた。さらにその後方には、必死にこちらに向かう何艘もの小船が見えるではないか。なんだこれは、僕は思わずガイドを振り返った。しかし彼は知らん振りのままだ。

際限なく現れる哀れな親子、さらにバナナを押し売りする子供達、そんな小船がしつこくつきまとうのを、ついに僕は無視することにした。するとようやくガイドはボートを小学校へと向けた。

小学校へ行く前に何か手土産を買いましょう、ガイドがそういいながら倉庫船へ案内した。薄暗い倉庫には、コメ・缶詰・飲料水等の食料品そして文具等がぎっしり積まれていた。これが土産なのか。ノートや鉛筆の類を想像していた僕は驚いた。

50キロのコメの大袋が50ドル、栄養食品が12ドル等々。選択肢は多いのに店の女はしきりに一番高価な50ドルのコメを買えと迫る。いきなり薄暗い倉庫に連れ込まれ、可哀そうな子供達を救え、と予想外の買い物を強いられた僕は焦った。

しかし気を取り直した僕はこれは怪しい、とピンと来た。僕はまんまと彼らのシステムに乗せられたのかもしれない。改めて見てみれば倉庫の女は慈善事業に携わる雰囲気ではない。ガイドはといえば、客が困っているのに知らん振りだ。

難民の小学生にお土産、といううたい文句でこんな薄暗い倉庫に連れ込んでチャリティを迫られる。気の弱い人間なら断りきれないだろう。ここで拒否すれば、自分がとんでもない非人間に思える状況になっている。

しつこく迫る女に僕は言った。ここでは買わない、小学校の先生に直接現金で寄付したい。しかしガイドも女もそんなことは出来ない、の一点張りだ。根負けして面倒になった僕は12ドルの補助食品を買うことにした。しかし女はそれでも不満なのか最後まで仏頂面だった。

小学校へ着くと、僕はガイドに代わりに届けてくれ、といって食品を渡した。寄付する相手に会うのが僕はどうにも苦手だ。寄付は出きるだけ相手に分からないようにやりたい、と僕は普段から思っている。

船着場へ戻りながらボートの中はなんとなく気まずい雰囲気だった。赤ちゃん連れの女達、難民小学校への手土産屋、そしてタクシードライバーとボート屋、みんな繋がっているのだろう。

小学校へ行く前に湖上で待機したのは、女達の小船を待っていたのだ。女達が1ドル札を受け取るのを、ガイドは暗い目をして見つめていた。自分たちが何をしているか、よく分かっていたのだ。

クルーズの終わりにガイドは僕にこう言った。日本は物価が高いらしいが、給料も高いそうだ。だからあんた達は海外旅行に来れるんだ。自分たちはいくら働いても給料が安く、海外なんてとんでもない。

たった5日のシェリムアップ滞在で、分かったようなことを言うようだが、やはり何かがおかしいと思う。観光客が落とす膨大なカネと、地元の人々の暮らしとの落差が大きすぎると思う。進出している多数の外国資本が吸い上げるのか、あるいはこの国のどこかへ流れているのだろうか。

定番土産のクッキー屋さんのサクセスストーリーによると、同社は地元貢献の一環として、食料事情のよくない小学校等に、毎月何十トンの単位でコメを寄付しているという。

僕は、そのコメの配布先に、地元警察署が含まれているのを見て驚いた。どんな事情があるのか分からないが、民間からのチャリティに食糧を依存する警察とは、いったいどんな存在だろう。

ただ、くどいようだが、以上の事柄はわずかな5日間の見聞による僕の個人的な感想に過ぎない。あるいは僕の勝手な思い込みによる誤解もあるだろう

トンレサップで観光客からカネを稼ぐ人々にとって、チャリティを看板にして多くの人間がそれに依存する、これも生活の知恵といえるかもしれない。皆で助け合って生きていくやむを得ない手段かもしれない。

よく考えてみればこんなケースは世界中いたるところで見られる。地元産業育成、雇用創出、病いで苦しむ人々の救済。こんな看板を掲げ沢山の慈善団体が活動している。

果たしてそれがどの程度適切に正しく機能しているか、よく分からない。時々送られてくる、病いに苦しむ子供達への救済を訴えるパンフレットが、あまりに豪華なことに疑問を感じることがある。

そうはいっても、いろいろ分かった上で、それに乗せられるのもまたチャリティといえよう。どんな形であれ、困っている人々にいくらかでもカネが届けばいいではないか。だまされまいと、協力を拒めばわずかなカネも困っている当事者に届かない。

ボートから降りる際に、僕は多めのチップを渡しながら、ガイドとボートドライバーにこう言った。頑張って勉強しろ、もっと実力をつけて外国に負けるな。

彼等は今も毎晩二人で英語の勉強を続けているといっていた。一介の外国人観光客に過ぎない、しかも英語がヘタクソな、僕の思いを彼らがどの程度理解してくれたか、甚だ心許ない。しかし僕は今も心からそう思っている。(続く)
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90 マイ・センチメンタル・ジャーニー
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
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76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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