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124 京都名刹めぐり その28 金戒光明寺
2012年2月5日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
京都名刹めぐり その28 金戒光明寺


ちょっとご無沙汰をしておりました。でも管理人さんはもちろん、雨宮さんや西村さんはじめ、投稿しておられる皆様の書き込みは、必ず拝読し、大いに刺激を受けておりました。

今回は、また京都のお寺さん巡りです。今年は行けなかったのですが、京都の花街には、節分の時期に「お化け」という、お祭り的な行事があります。それにつきましては、このエッセイ欄に5年ほど前に書いたことがあります。「祇園のお座敷便り その1」というタイトルでした。よろしければご参照ください。私のエッセイ番号、60番です。

「お化け」とは、寒さで冬枯れしそうな京都の花街に元気をつけるための知恵なのですが、どうしてなかなかのものです。来年はまた行きたいなあ、と思っています。ただし、お断りしておきますが、私が1人で行くのではありません。必ず妻と2人で参ります。京都の花街は男だけで行くものではない、というのがこれまでの経験から学んだ私の知恵です。

ところで、今回ご紹介する、通称、黒谷(くろたに)さんで通っている、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)は、浄土宗の大本山です。浄土宗と言えば、法然が平安時代末期(12世紀)念仏道場を開いたことから始まった宗派ですが、当初は比叡山延暦寺や奈良・興福寺等の既成教団から危険思想視され、権力者、後鳥羽上皇まで加わって、度々弾圧を受けました。それが今は、総本山・知恩院を中心して、全国に多数の末寺を持つ巨大仏教教団になっています。

ちなみに、総本山・知恩院の下には、以下の通り大本山が7つあります。いずれもどこかでお聞きになったことがあるお寺さんだと思います。

東京・増上寺
京都・金戒光明寺(黒谷)
京都・知恩寺(百万遍)
京都・清浄華院(しょうじょうけいん)
久留米・善導寺
鎌倉・光明寺
長野・善光寺大本願

つまり、金戒光明寺は、浄土宗の大本山のひとつなのです。通称の「黒谷」の謂われは、比叡山の黒谷で修行した宗祖・法然が、この地に念仏道場を開いた時、この場所を新黒谷と称したのが始まりなのだそうです。

隣接する真如堂(真正極楽寺)は天台宗のお寺ですので、かつては敵対していた宗派同士が、今はお隣同士なわけです。ちょっとした丘になっており、行ってみて気がついたのですが、京都の街が実によく見渡せます。上段の写真がそうです。

場所は、左京区の京都大学や吉田神社にも近い、小高い丘の上です。ただしこの丘は、そのまま東山につながっているわけではありません。東に行くと、白川通沿いに、いったん下ります。

ところで、この金戒光明寺は、幕末の歴史でちょっと重要な役割を果たしました。実はここには、1862年(明治維新の5年前)に、当時の京都の治安悪化に対応するために急遽、徳川幕府が新設した京都守護職(会津藩・松平容保)の本陣が置かれたのです。会津藩主は、藩兵約1千人と共に戊辰戦争まで、ここを中心に京都に居住することになりました。

元々、京都には行政、治安組織として、京都町奉行所、京都所司代という2つの組織があったのですが、幕末にはその2つでは、とうてい間に合わなくなるくらい、暗殺や強奪が極端に増えてしまったのです。

そこでいくつかの新組織が急遽作られたのですが、ちょっとそこいらを整理してみました。

○ 京都所司代
京都所司代は鎌倉幕府時代に置かれた六波羅探題や、室町幕府時代に置かれた所司代にならって設置された組織です。京都における幕府の役所の総元締めの立場にありました。京都の行政全般を預かる京都町奉行所や、宮中・御所の監督にあたる禁裏付などの役職は、日常的には所司代の指揮に従うものの、基本的には幕府老中の管轄でした。

○ 京都町奉行所
京都の行政・裁判の他、周辺4ヶ国の裁判・天領の行政及び寺社領の支配(ただし、門跡寺院は除く)を行いました。まあ、現在の京都市役所・京都府警・京都地方裁判所を併せたような行政・司法組織ですね。

以上の2つは、江戸時代初期から存在していたものですが、1850年代になると、混乱がひどくて、これではどうにも治まりがつかなくなってしまいましたので、以下の組織が急遽、誕生したわけです。

○ 京都守護職
1862年に新設された組織です。会津藩主・松平容保(かたもり)が江戸城に登城し、14代将軍・徳川家茂から京都守護職に任ぜられ、役料5万石・金3万両を与えられました。実は会津藩は、この任命を何度か固辞したのですが、断り切れずに、藩祖・保科正之(3代将軍家光の異母弟)の家訓に順じて容保が決意しました。損な役回りで、火中の栗を拾うようになることは覚悟の上であったようです。京都守護職設置以後、京都所司代、京都町奉行所は、すべて京都守護職の管轄下に入りました。幕府が京都に設置した、当時の最高権力機関でした。

○ 京都見廻組
京都守護職設置の2年後、1864年に新設されました。京都守護職の配下として、旗本・御家人等の幕府直参の武士達で組織されました。合計400名ほどで、詰所は二条城近くに置かれました。目的は、ただひとつ、反幕府勢力の取り締まりと殺害でした。主に御所や二条城周辺の官庁街を管轄とし、新撰組は、祇園や三条などの町人街、歓楽街を管轄としました。新選組とは対抗意識があり、共同行動をとることはあまりなかったようです。彼ら直参の武士にとっては、新選組とは身分が違うと言いたかったのでしょう。ちなみに、坂本龍馬を暗殺したのは、この組織に属する人物であったという説を私は信じています。

○ 新選組(新撰組、字はどちらでもよいようです)
京都守護職の配下にあった浪士を中心に組織された治安部隊です。京都守護職と同じく、1862年の誕生。隊員数は最盛期で200名くらいでした。ご存じのように、身分のある武士達ではやりにくい荒っぽい仕事をこなすことがこの組織の存在意義でしたが、京都守護職とは極めて密接な連絡を取り合っていたようです。身分上は「会津藩預り」という、非正規テロ部隊でした。

幕末には、以上の5組織が、入り混じって活動していたのですが、一昨年のNHKの大河ドラマでも度々ご紹介されましたように、それでも京都はどうにもならなくなっていたわけです。

結局、この5つの組織の頂点にいた京都守護職の本陣に選ばれたのが、金戒光明寺でした。いったいなぜこのお寺だったのでしょうか? その分野の資料によりますと、理由は次の3つが挙げられそうです。

1)小高い丘になっていて、寺院ながら城構えの配置になっています。自然の要塞とも言えるつくりで、京都の町並みがよく見えます。上端の写真は境内からの眺めです。実は、金戒光明寺ともう少し南にある知恩院は、軍勢が配置できるように作られているようです。しかし、金戒光明寺の方が、守りにも都合がよいことがこのお寺が選ばれた理由だと思われます。

2)要所に近いこと。
京都御所まで約2キロ。粟田口(三条大橋東)の東海道の発着点までは1.5キロの下り道です。馬で走れば5分、人でも急げば15分で到着できる、軍事的には要衝の地です。

3)1000名もの軍勢が駐屯できること。
約4万坪の大きな寺域があるため、1000人もの軍隊が駐屯できました。さすがに戦国時代の野戦とは違い、この時代は野宿ではなく、きちんとした宿舎が必要でした。黒谷には当時、大小52の宿坊があり、この駐屯のために、大方丈および宿坊25ヶ寺を明け渡したという文書が残されているのだそうです。

ということで、金戒光明寺そのもののご紹介はさっぱりでしたが、下段の写真は本堂にあたる、御影堂です。1944年(昭和19年)、つまり太平洋戦争末期に再建されたものだそうで、当時の日本全体の状況を考えると、信じられないようなことです。

一昨年、師走も押し詰まった頃、ここを訪れたのですが、さすがになかなかの味わいでした。会津藩主松平容保は、戊辰戦争後、一時蟄居しましたが、1880年(明治13年)には日光東照宮の宮司となりました。正三位まで叙任し、1893年(明治26年)に59歳で亡くなりました。直接の部下達をはじめ、多くの人々の命を犠牲にした、京都守護職、会津戦争について、後年一切語ることはなかったそうですが、本人の胸の内はどうだったのでしょうか?
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