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寄り道まわり道
38 100年の生涯
2007年4月19日
吉田 美智枝 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]

福岡県生まれ、横浜市在住。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在に至る。自作のアクセサリーをBeads Duoというブランドで販売しながら、韓国の主に女性たちについてエッセーを執筆中。『朝鮮王朝の衣装と装身具』(共著)、韓国近代文学選などの翻訳がある。
▲ さざれアメジストのネックレス。
  トルコ石、チェコビーズも使用。
▲ 夫の伯母(右)は101歳で亡くなる前日まで料理をしていたという。義弟の結婚披露宴で。
「年齢(とし)に不足はありません」
一郎さんはいった。一郎さんの母親で、夫の伯母にあたるその人は、この春、100歳と9か月でこの世を去った。桜が終わりを告げようとしていた。

伯母…夫の伯父の妻である…に初めて会ったのは、私が21歳のときであった。学生時代最後の秋、就職活動のため上京した私は、伯父たち家族が住む古い家に1度といわず泊めてもらったことがあった。その家では、ことばも、着物を着た伯母が出してくれる料理も郷里のにおいがして、生まれて初めての東京に緊張していた私には、なにかほっとするものがあり、有難かった。伯父夫婦は、私と同じ郷里の出身で、父の知人であった。

就職難で、思う仕事が見つからなかった私は、伯父が役員を務める会社にしばらく置いてもらうことになった。縁とはこういうことをいうのだろうか、数年後、私はその甥である夫と結婚した。

伯母は風邪で入院しそのまま亡くなったのだが、入院の前夜まで、自分で食事の支度をしていたそうだ。歩行器のお世話になっていたとはいえ、あの穏やかな伯母のどこにそんな強さと骨太さがあったのか…と意外であった。100歳という年齢まで生きた人の気持ちも、その親を看取る子どもの気持ちも、私にはわからないが、一郎さんのことばには悲しみが滲んでいた。

身近な人の死は、残された者に、人が生きることの意味と、亡くなることの意味を考えさせる。血はつながっていてもほとんど会うことのない親族たちを引き合わせてくれる。伯母は1男5女をもうけたが、その長女といとこであるわが夫は40年ぶりの再会であった。血縁という意味ではよそ者の私は、夫のいとこやその子どもたちの少しずつ似た多くの顔を見ながら、これが血縁というものなのだと知らされた。

人の一生は長くて100年である。100年の生涯は、宇宙的時間からみれば、光が瞬く間のようなものであろう。人が生きている間に経験する出来事を、伯母も同様にくぐりぬけてきたであろう。自分なりのやり方で。幸福感や喜び、胸を張りたかったことの合間には、あきらめたこと、打ち捨てたいと思ったこと、悲しみ、悔しさ、惨めさがあったろう。それらすべては、終わってみればどうということではないものかもしれない。それでも、一瞬一瞬をもがきながら生きていくしかないのが人の一生というものなのだろう。

身近な人が亡くなって、初めてその人の人生や人となりを知った気がする。いや、わかったと思うのは、思い上がりであろう。だが、少なくともその人が自分たちにしてくれたこと、残してくれたものに確かに気づくのだ。

私は、伯母が若い頃ソウルで会社勤めをしていたことを、葬儀の日に知った。101歳近くまで生きた伯母は、1905年か1906年の生まれということになる。私たちが新婚時代をそこですごすずっと以前、植民地時代のソウルに、成人した若き日の伯母の姿があったのだ、と思うと不思議な気がした。そしてそれは、私が昨年秋から本づくりのために追い求めた“朝鮮王朝”の名残を残すソウルでもあった。

子どもがない私は、思い知らされる。生きるということは、人の子や親として時間の縦軸に連なっていくことなのだ…と。そして最期のとき、夫の伯母のように自分に連なる多くの似た顔に囲まれることは、自分にはないのだという現実を…。だが、逆説的だが、それもいい。それに代わるなにかを作っていけばいいのだ、それもまた時間に連なる別の方法なのだから…。
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