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葉山日記
82 孤独
2006年11月6日
中山 俊明 中山 俊明 [なかやま としあき]

1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。

ニックネームはTOSHI、またはiPhone-G(爺)
▲ 海好きは祖父譲りか。孫は海辺の岩に座らせると、いつまでもおとなしく海を見ている。
午前6時45分、エンジン始動。玄関のドアが開いて、息子、妻が出てくる。そして孫(2歳半)を抱いた娘(息子の嫁さん)が最後に飛び出してきてやっと出発。

10月から息子一家が同居するようになってから、我が家の朝はあわただしい。「どんぐりころころ」を大声で歌う孫をひざに置き、娘は走行中の車内で保育園の連絡帳書きに忙しい。前の晩に書いておけば良さそうなものだが、と注意しようと思うが、ぐっとがまん。10分で逗子駅到着。大人3人はJR横須賀線で都内の職場へ。

孫を助手席のチャイルドシートに結わえつけ、来た道をUターン(慣れたもので泣きもしない)。保育園の開園は7時半。少し間がある。途中のコンビニに立ち寄り、孫にヨーグルト、自分用に新聞と缶コーヒーを買う。車内で見出しだけを拾い読みする。そのまま保育園へ。ママやパパに連れられた園児が続々と到着するが、祖父や祖母の姿は見えない。保母さんや保父さんに「あ、おじいちゃん、靴下を脱がせてここに置くようにしてくださいね」と注意され、面映い。「おれもオジイチャンと言われるようになったか・・・」。

当面の大きな仕事がなくなったのを期に、東京のオフィスをたたみ、しばし葉山の自宅で内勤?作業に集中することにした。正直、あせる気持ちはあるものの、長い人生にはこういう時期もあるだろう、ここはあせらず次の波が来るのを待とう、という心境になった。そこで少なくとも来春まで、主夫業に専念することにしたのだ。家族と約束した僕の任務は、送迎運転手、夕食準備、洗濯物の取り込み、部屋の掃除もろもろ。

孫を送り届けて僕の朝の仕事は終わり、長い1日が始まる。何をしてもいい。庭仕事だろうと、大工仕事だろうと、海へ散歩にでかけようが、何をやっても文句を言う人間はいない。いや極楽、極楽、と言いたいところだが、いやこういう生活がひと月も過ぎるとけっこうしんどい。改めて、趣味も忙しい日々があってこそのつかの間だからこそ楽しいのだ、ということが分かってくる。

穏やかな秋の日が続く。トンビが空を舞い、洗濯物が微風に揺れる。周囲の家からは物音ひとつ聞こえて来ない。コンピュータがある2階の仕事場から、お隣りのテラスを見下ろすと、コータ(10歳の犬)が、木枠にあごをのせ、ぼんやりと海をみている。あいつも暇そうだなあ。

日本の自殺者はこのところやや減ったが、それでも3万人をやっと切ったところだ。県別では秋田がトップだという。特に老齢の男性の死が多いという。時期はてっきり陰鬱な冬だと思ったが、春先に集中するんだそうだ。冬は家族の団欒があるが、春になると家族がいっせいに仕事に出かけ、ひとり家に取り残される時間が増える。そういう季節に衝動的に死を選んでしまう老人が多いのだという。うーむ分かるような気がするなあ。

東京新聞をさいきんはよく読む、と以前書いたが、特に現在連載中の「孤独死を追う」シリーズはすぐれた調査報道だと思う。6月28日付けの切抜きがここにあるが、大災害のあとには、実は自殺にカウントされない、死者が多いのだそうだ。震災から10年の間に仮設住宅と復興住宅生活者を合わせ560名以上が孤独死と見られる亡くなり方をしているという。堀田力さんが以下のようなレポートを書いている。

■震災後の孤独死は自殺と同じだ。酒ばかり飲んで食事を取らない。ほとんどが会社や家族、財産を失った五十.六十代の男性。女性はそんなことでは死なないが、男は死ぬ。社会で一番活躍している年代が一番弱かった。

■ペンダント型の緊急通報装置は心筋梗塞や脳内出血で倒れた人には役立つが、「もうどうでもいい」「人が煩わしい」と思っている人はボタンを押す気もない。

なるほどなあ、家族がいてこそ、人間はがんばれる。一瞬のうちに仕事、家だけでなく、家族を失った人には、他人が投げかけるどんな言葉も無意味だろう。緊急通報装置を押す気力もない、という状況は、自分も孤独の心理の一端をかいまみて初めて理解できる。つらかっただろうなあ。「女性はそんなことでは死なないが、男は死ぬ」―さもありなん。

午後5時。夕飯の準備開始。6時30分、保育園へ迎え。僕の姿を見つけた孫が「じいじー」と叫びながら飛びついてくる。しっかりと抱き止め、しばらくきつく抱きしめてやる。いや、この場合、孫に抱きしめてもらっている、というのが正確だろう。人肌の温もりと、幼児のにおいが、一日話し相手もいなかった僕のこころをほかほかと緩めてくれる。そのまま駅へ。6時48分の電車で妻と娘が帰ってくる。孫の手をひいた「じいじ」が改札口で2人を迎える。

にぎやかな夕餉。孫を風呂に入れるのも僕の役割だ。風呂からあがる頃、息子から「迎え要請」の電話。夜の国道をこの日3度目の駅へ向かう。

助手席にはチャイルドシートがあるので、息子が後部座席に乗り込んでくる。「サンキュ」と小さい声で僕に言い、僕も「うん」と小さい声で返す。男同士にほとんど会話はない。

「運転手さん、景気はどうかね」
珍しく、息子が後ろから声をかけてきた。少々ビールがはいっているようだ。

「いやあ、だめでんな。最近はチップをはずんでくれるお客も少なくって」
「そりゃ大変だね。あ、そこの自動販売機のわきで止めて」

息子はいそいそと車をおり、温かい缶コーヒーを買ってくると、僕に手渡す。
「ほい、チップ」

「あのなあ、お母さんが言ってるぞ。バスがある時間の迎えはタクシー代相当額はとうぜんもらうべきだって」
「一緒に住んでやってるのにぜいたく言うんじゃない」

「どっちのメリットが多いと思ってるんだ」と言いたいところだが、秋田の老人や神戸の被災者のことを思って、「じいじ」は反論をぐっと飲み込む。

自宅駐車場でエンジンを切ると、宵っぱりの孫を追いかけまわす女たちのにぎやかな声が響いてきた。それから、「パパー、お帰りー」と孫の声。車のわきに立ったまま、全部屋に灯りがともった我が家を眺めつつ、僕は缶コーヒーをぐびりぐびりと飲み干した。
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